28嫉妬する(リント)
ガロンはアリーシアが帰ってから食事を食べなくなった。
大好物の肉も、甘い果物さえもまったく口をつけようとしない。
飼育員が様子を見るがどこか痛い様子はないらしい。ただ元気がなくまるで恋の病のように「きゅるぅぅぅきゅるぅぅぅきゅるぅぅぅ」と切ない声で鳴くのだ。
俺がガロンの様子を見に行くと飼育員たちの話し声が聞こえた。
「まさかアリーシアさんの姿が見えないからじゃないですよね?」
「ガロンは聖獣ですよ。そんなはずはないでしょう」
「だけど…あれ見て下さいよ」
「あれは…」
ガロンの前足にはいつの間にかアリーシアが付けていた防護マスクがあった。
なぜアリーシアが使ったと分かるかと言えば、彼女のは女性用で色がピンク色なのだ。防護マスクはサイズが分かるように女用はピンク色、男用は黒色になっているからだ。
魔獣退治に言った女性はアリーシアだけで他に女用の防護マスクを使ったものはいない。
ガロンはまさにその防護マスクにくんくん鼻を突けては「きゅるぅぅぅきゅるぅぅぅ」と鳴いているのだった。
そして俺は飼育員にせっつかれてアリーシアを呼びに行った。そして辺境伯と一緒にいるところに出くわしたのだった。
*~*~*
「どうだろう?どこか悪いと思うか。君がいなくなってから食事を一切取らないんだ」
ガロンは相変わらずアリーシアにすり寄って縋るような声を出している。
「ガロンだめじゃない。食事しないなんていけない子。隊長私が食べさせてみますから飼育員の方にガロンの食事を用意するように言ってもらえますか?」
「ああ、すぐに」
俺は急いで食事を用意するように伝える。
飼育員がじきにガロンの食事を運んできた。
肉。トウモロコシのスープ。芋や野菜を練り込んだ団子。フルーツなど。
みんなその場で息を飲んでガロンの様子を見つめる。
ガロンはアリーシアにだけ目を向けてアリーシアが手にした団子に視線を注ぐ。
「さあ、ガロン食べて」
あんなに口を開く事さえしなかったガロンの口が大きく開かれた。
「はぐっ、むしゃ、むしゃ、むしゃ…」
「「「ガロンが食べた!良かった~」」」全員が感慨深い声を上げる。
「そんなに?ガロン食べてなかったんです?困ったわね。だめじゃない。うふっ」
アリーシアがガロンの顔をさすりながら笑みをこぼす。
「きゅるぅぅぅ~」(アリーシア会いたかったぁ~)
「「「アリーシアさん可愛すぎ!」」」
俺はガロンにも苛立ったし声を揃えてアリーシアが可愛いと言った飼育員たちにも腹が立った。
(なにが。俺がガロンの主人だろ!ったく。アリーシアお前俺のガロンをどうする気だ?)
むかむかしてガロンに近づく。
ガロンは何度目かの団子をもぐもぐしている。
目を細めそれはもうれしそうにアリーシアを見つめながら…
ふたりは会話するように言葉を交わす。
(クッソ何を話してるんだ。アリーシアにはガロンの言葉が分かるのか?)
俺はそんなほほえましい光景にムカッとなった。
「ガロン。お前の主人は俺だ。わかってるのかお前!くそ!」つい腹が立って俺はガロンの鼻ずらをげんこつで殴った。
「ゴッホ!げぇぇぇぇ」いきなりガロンが喉を詰まらせる。
「きゃあ、ガロン大丈夫?隊長いきなり何するんです!殴るなんて最低です」
俺は焦った。
「すまん。そんなつもりはなかったんだ…ガロンすまん」
ガロンはまだ咳き込んで食べたものを吐き出してしまった。
俺は気まずくてガロンから少し距離を取った。
目を閉じていると子供の頃の記憶が脳裏をよぎった。
俺の父オルクは暴力的で自分勝手な人間だった。幼いときから特に何か悪い事をしたわけでもなく父の機嫌次第で殴られたり叱られた。
兄のキグナスはそんな父の性格を知ってかいつの頃か俺を悪者にするようになった。機嫌の悪い日だと分かると俺が父の書斎に入ったとか書物を勝手に見ていたとかあることない事を言って俺はよく殴られた。
母はそんな父に愛想をつかしたのか俺が10歳の頃出入りする商人と駆け落ちした。
それ以来父はますます暴力的になって行った。そして俺は学園を卒業すると逃げるように騎士隊に入ったのだ。
まあ、そんな父も5年前に使用人をひどく怒って使用人が腹を立てて斧で父を切りつけて父は亡くなった。まあ自業自得だから悲しいとは思わなかった。
後は兄のキグナスが継いでいるので俺はマートン家と関わる気もなかった。
「…ふぅぅぅぅう~」
決して暴力で解決するような人間にはなるまいとそう思って来た。
なのに…アリーシアに嫉妬してガロンを殴るなんてばかだ。
アリーシアはガロンを可愛がってくれていると言うのに。
ふとガロンに目を向けた。
ガロンはアリーシアからスープを貰っていた。
ぐびぐび美味しそうに飲んでいる。とにかくガロンが食べてくれて良かった。
「アリーシアありがとう。俺は隊に戻る。もう少しガロンを頼めるか?」
「はい、もちろんです。隊長知らせて頂いてありがとうございます。私に出来る事なら何でも協力します。ガロンは大切な聖獣ですから」
アリーシアが零れんばかりの笑みを浮かべてそう言ってくれた。
俺の心はじんわり温かくなった。




