25キルヘン辺境伯の呼び出し
翌朝、私はシスターに呼ばれて起こされた。
「アリーシアさんすみません。起きて下さい」
どうやら慣れない魔獣退治とか、王女の話でかなり疲れたみたいだ。
「シスター一体どうしたんです?」
「はい、キルヘン辺境伯から使いが来てどうやらご令息がブリド病らしいと言われて、使いの方は馬車で起こしで一緒に来てほしいと」
起きがけの脳内が一気にざわつく。(ブリド病ってそれ大変じゃない!)
「わかりました。すぐに支度をします」
私は急いで聖女服を着て顔を洗い髪を梳かした。
「お待たせしました。それでご令息のご容態は?馬車の中で詳しく聞かせて下さい」
使いの男性は馬車の中で容体を教えてくれた。
アランと同じような高い熱が5日も続いているらしい。医者には見せたがブリド病に治療薬は亡く、熱を冷ます薬草を飲ませ体力が落ちないよう食事を取らせることくらいだ。
だが高い熱のせいで食事もほとんど取れたない状態らしい。これはまずい。アランは治癒が早かったのが良かったのかもしれない。
「出来る限りの事はします。ですが5日も高熱が続いているとなると後は体力が勝負ですので」
「はい、もっと早く聖女様の事を知っていたら…何しろ聖女様が魔獣を倒したという噂でやっとこちらにいらっしゃると分かったもので…」
「そうでしたか…」リント隊長がもっと早く返してくれていれば良かったかも知れないのに…
忌々しい思いとそれでも彼は自分の仕事を全うしようとしている気持ちはわかって、なんだか心の中がもやもやした。
キルヘン辺境伯邸に着くと私はすぐに令息の元に案内された。
令息の名前はマクル10歳の男子。
ベッドに横たわったマクルは青白い顔ですっかり弱々しい息でぐったりしていた。額に触ると高い熱だとわかる。
胸のあたりに障る。その肌はチリチリするほど熱く。汗もかいていない。
「お、お願いします聖女様。どうかマクルを助けて下さい」
疲れ切った顔をした中年の男が私の腕にすがるように言った。きっと父親だろう。
「はい、すぐに治癒を始めます。すぐに湯冷ましを。それから果実水もいいかも知れません」
私はマクルに手をかざす。父親らしき男はすぐ後ろでその様子を見守る。
(神様どうかお力をお貸しください。マクルの病の元を絶ち体力を回復させて下さい)
淡い光がマクルを包み込む。周りの空気が温かくなりふわりとその光がマクルを包み込んだ。
私はいつものように手を下ろそうとしたが不意にまだ足りない気がした。
そのまま手を大きく振って脳内で思いついた言葉を詠唱する。
「どうか弱ったマクルに回復の力を…」
いきなり金色の光の粒子がマクルの身体に注ぎ込まれて行くのが見えた。
「おぉぉぉぉ。なんてすばらしい。聖女様。こんな光景は初めてです。わたくしは何度か王都で聖女様の力を見させていただいたことがあるのですがこのような光の粒が身体に注がれるのを見たのは初めてです」
感動したように父親は言った。
「マクルは大変弱っていますので回復魔法も付与しました」
(これってやっぱり女神の加護なのかな…)
しばらくマクルを見守る。辛そうだった顔が穏やかになり顔色にも赤みが戻って行く。
「マクル?どうだ気分は…」父親は待っていられないとばかりにマクルに声をかけた。
「父上?」
その声にこたえるようにマクルが目を開けた。
「ああ。マクル。どうだ気分は?」
「うん、なんだか身体が軽くなったみたい。喉が渇いた」
「そうか、おい、湯冷ましを」父親は使用人に横柄な態度で命令した。
「はい、旦那様。さっき聖女様に言われてもう準備してございます」侍女がそう言ってカップを渡す。
「ああ、さすが聖女様ですな。破医者は5日も息子を治せなかったんです。それに比べて聖女様は素晴らしい。いや、すみませんついうれしくて…さあ、マクルこれを」
父親はマクルの身体を抱き上げてやり湯冷ましを飲ませる。
マクルはそれをごくごく飲み終わると「父上お腹が空いた」
「おお、マクル、そうかそうかお腹が空いたか、すぐに準備させる」
私は余計な事かもと思うがつい言葉を挟む。
「あの、先に着替えをなさった方が良いかと。一気に熱が下がって汗をたくさんかいているはずです。冷える前に着替えを、それから食事はスープや柔らかいものから差し上げて下さい。果物は案外冷えますのでたくさんはいけません。ブリド病はまだ油断できません。またお腹が痛くなったりするかもしれませんのでくれぐれも様子を見ながらの方が良いかと」
「わかりました。さあ、聞いただろうお前たち。すぐに準備をしろ。マクル着替えをしてもらおうな。ごはんはすぐに出来るからな」
私は父親をじろじろ見ながら(この人、子を見る目は可愛くて仕方がない様子だけど使用人への態度はものすごい変わりようだわ。嫌なタイプね。さあそろそろ帰りますか)
そう思っていると声を掛けられた。
「聖女様。朝早くからお呼びだてしまして申し訳ありませんでした。ですが息子の緊急事態でしたので…さっきまでの苦しみようが嘘のようにあんなに元気になって本当に感謝の申し上げようもございません。どうでしょう。私も朝食がまだでして是非ご一緒に」
確かにお腹は空いていた。朝食くらいならと。
「ああ…それでは」
ダイニングルームで向かい合わせに座る。彼はものすごく機嫌がいいらしい。まあ、それはそうだ。息子が回復したんだから。
彼は饒舌に自分の話を始めた。
彼の名前はギバン・キルヘン。この地を統治する辺境伯。年令は42歳。マクルの母親とは離縁した事。辺境に聖女が来て助かることなどなど嬉しそうに鼻の下をめちゃくちゃ伸ばして嬉しそうに話した。
私は朝食を終えるとすぐに帰ろうと立ち上がった。
「聖女様。何かお困りの事はございませんか?」
満面の笑みをたたえた仏のような顔。
そうね…せっかくこんな力が使えるようになったんだから診療所で貴族も平民も関係なく治療が出来ればいいんだけれど、リント騎士隊長の顔が浮かぶ。あの人また怒るかな?でも、辺境伯の方が力は上なんじゃ?
ダメもとで言ってみようか。
「実はキルベートに診療施設を開けないかと、貴族でも平民でも治療できる施設が欲しいんです。今の教会の診療所だけではとても間に合わないと思うんです」
「素晴らしい考えです。早速そのように手配しましょう。場所が決まれば聖女様にもお知らせします。後は聖女様の意見を聞きながらと言うことでいかがです?」
「えっ?いいんですか?ほんとに?診療所作って頂けるんですか?あの…法律に反するのでは?」
私は言ってしまった後で法律の事があった事を思い出し不安になった。
「ああ、心配ありません。帝国の魔法の使用制限も領地の特別法で誰でも聖女の治癒魔法を受けれるようにしましょう。ご心配には及びませんよ聖女様」
ギバンの脂ぎった手のひらが私の両手を包み込んだ。
私の頬の筋肉がひくひくと引きつる感じが…
(気持ちわるぃ…早く放せ。このおっさん!)




