1赤竜との出会い
私は、教会の表で待っていた黒翼騎士隊の隊長であるリント隊長に声を掛けられた。
「アリーシアさんか?」
「はいそうですが…」
「俺は黒翼騎士隊の隊長。リント・マートルだ。君をキルベートまで連れて行くよう命令を受けた」
ガサツな態度で黒髪で髭面の男が言った。
「あの、黒翼騎士隊の隊長がわざわざ私を?」
まさかと思うのは当然だろう。
「ああ、ちょうどこっちに来ていたんだ。ったく。殿下ときたらあんたをキルベートに連れて行けなんて。命令だから仕方がない。いいか、ガロンは大人しい竜だからちょっかい出すな」
「あの、それはどういう?」
(ああ、アギルの事で警戒してるのね。それにもしかして竜で移動するとか言った?いや、ないない。ガロンがド素人の私なんかを乗せるわけがない)
リント隊長は40代のいかついた感じの男性で見るからに騎士隊の男とわかるが言っている意味がわからない。
「わからないのか。俺はガロンで帰るから、ついでにあんたも乗せて帰るって事だ。言っておくが、万が一ガロンに何かしたらどうなっても知らないからな」
冷たい言葉の裏にはきっと殿下がアギルに毒を盛ったとオーバーに話したに違いない。
「そんな事よりもガロンが何て言うかですよ。だって赤竜ですよね?彼らは自分の意に沿わない人は乗せたりしないのでは?」
私だって一応聖獣に関わって来たんだから、竜は特に警戒心が強いから誰でも尻尾を振ってはいどうぞと乗せてくれるはずがない事くらいは知っている。
「そうかもな。腹黒い奴だとわかったら空中から落とされるかもな…」
彼は琥珀色の目を糸のように細めそれを楽しみにしているとでも言いたげだ。
(何よ。やってもいない事でどうして私が…)
「あら、私は清廉潔白な純粋培養の聖女ですもの。きっとガロンに気に入られると思いますよ」
「チッ!どうだか…」
リント隊長は舌打ちするとお構いなしに私について来いと合図をした。
何か聞かれるかと思ったが聞かれなかった。どうせ殿下が言った事を信じているに決まている。
私はそれ以上何も言わず付いて行った。
騎士隊の広い獣舎の外にそのガロンはいた。
リント隊長はずかずかとガロンに近づく。私は少し離れたところでそれを見ている。
(すご~い。赤竜近くで見るのは初めて。うわぁ大きいなぁ。顔もっと怖いのかと思ってたけど以外。結構可愛い。それにあの瞳。金色で大きくてまつ毛なんかすごく長い。でも、あの鱗固そうだな)私は一目でガロンが気に入った。
「おーいガロン。そろそろ帰るぞ。今日は俺とこの人を乗せるんだぞ。いいか、彼女は竜に乗ったことがない。手加減しろよ。わかったか~?」
ガロンが可愛い目で私を見た。
「きゅる~」(君は誰?)
私の脳内にそう声がした。
(あれ?私ガロンの言ってることわかる。アギルの言葉は理解できてたけどもしかしてガロンの言葉も理解できるの?これってラッキーじゃない)
「ガロン。いきなりごめんね。私はアリーシアよ。よろしくね。うふっ、ガロンってすごく可愛いわね」
ガロンはまるで私が言ったことが分かったとばかりに首を縦に振り「きゅきゅっ」(照れるなぁ…)と声を上げた。
「うそだろ!」
リント隊長が驚く。
あっ、いけない。いつもはみんなに悟られないように返事とかしないんだけどガロンが可愛いからつい…
そう、私はアギルの言葉を理解できた。おまけにガロンもらしい。まぁ、どうせみんなにばかにされるから誰にも言った事はないけど…
ガロンの意外な態度に驚いたせいかリントさんは機嫌を悪くしたらしい。
「おい!荷物はそれだけか?」少しつっけんどんな態度で聞かれる。
(良かった。リント隊長は私が言葉を理解できるって思わなかったみたい)
「えっ?あっ、はい、そうです」
私は急いで返事をした。荷物は聖女服と私服が数枚ほどだ。
殿下と婚約が決まった時はほんとに驚いた。ロイド殿下は王命と言うことで仕方なく婚約を受け入れたのだろう。
素っ気ない態度で「お前のような平民と婚約なんて」と言ってはいたが、アギルの世話を通して殿下とは少し距離が縮まったと秘かに思っていたのは私だけだったらしい。
結局、私は婚約者とは名ばかり。平民はどこまで行ってもそれ以上にはなれないと言うことだ。
私はただの聖獣飼育員に過ぎなかったということだ。
(本当はそんな事とっくにわかっていたのに…ほんの少しでも期待していた自分がみじめに思えるが…これが当然の事だもの。それでも心残りはアギルに別れの挨拶もしないで行く事だけど、仕方ないじゃない。あきらめなきゃ…)
私はぎゅっと唇を噛んだ。
「そうか。じゃあ、すぐに出発だ」
「あっ、はい」
重い気持ちを引きずったままガロンを見上げた。金色の瞳が元気を出してと言ってるように思えた。
ふっと口元が緩んだ。
リント隊長は相変わらず返事も聞かずにいそいそと支度をしている。
「ええ、でもガロンは私を乗せても大丈夫なのでしょうか?」
「あんたも見てただろう?チッ!ガロンは了解しただろうが」何だかとっても気に食わない感じで言われる。
「きゅきゅる~」(アリーシア大丈夫だよ)
リント隊長から冷たい視線を感じる。
(ガロンうれしいけど、ここは少しは空気読んでよ~)
私はガロンを恨めしそうな顔で見上げる。
ガロンはうきうきな感じですごく機嫌がよさそうだ。
(はぁぁ~。ガロンはそう言ってくれるけど私、竜に乗るのは初めてなんだよ。きっとリント隊長と一緒なら大丈夫だろうけど。でも、こんな態度の人とじゃちょっと不安だな…でも、仕方ないわよね)
私は何とか自分に大丈夫と言い行かせて彼について行く。
ガロンは乗りやすいように頭を地面にぺたりとつけてくれた。
まずリント隊長が先にガロンに乗った。
目を凝らしてみると、ガロンの背には鞍のようなものが取り付けてあって馬が付けている手綱のように口にハミくわえさせ手元で指示が出せる状態にしてある。
「さあ、俺の手につかまれ!」
仕方ない「…はい」と返事をして手を差し出す。
私はまるで未知の世界に足を踏み入れた気分で手を掴まれた。
私はリント隊長の後ろに乗ると紐できつく縛られた。何と隊長ときっちり繋がってしまった。
「いいか、初めて竜に乗るんだ。恐がって立ち上がったりすると落ちる危険がある。だからこうして縛っておく。いいな。絶対に騒ぐなよ。ガロンが興奮したら危険だからな」
「はい、なるべく暴れたりしないよう努力します」
「ああ。そうしてくれ。頼むぞ」
横柄な態度だったリント隊長も少し心配になって来たのか最後は心成しか優しい声色の返事だった。
私は隊長のシャツを遠慮がちにそれでもぎゅっと掴んだ。