16闘い
「魔獣だ!全員戦闘態勢を取れ!」
いきなり大きな声がして全員が立ちあがる。
副隊長が山の方に向かって声を出す。
「村長!非難は?」
遠くで声が返って来る。
「全員山に登り始めてます」
「そうか。いいか、全員気を引き締めろ。聖女はここで待機。エクロートさん聖女を頼みます」
「俺、留守番ですか?」
「ここは魔樹海です。手慣れたものの方がいいはず」
エクロートさんは舌打ちしてキュッと唇を噛んだらしい。
副隊長は隊員を連れて声のした方に走って行く。上空にガロンに乗ったリント隊長の姿の見えた。
彼は急降下して魔獣が暴れているであろう場所にガロンで攻撃を仕掛ける。
ガロンが翼を羽ばたさせ暴風を起こし狙いをつけた樹海の中に放っているらしい。
(そうか、炎は無理なんだ…それにしてもガロンすごっ!)
すぐに遠くで叫び声や魔剣を繰り出す轟音がとどろく。
戦いが始まった事が感じられ私はいても経ってもいられなくなる。
「エクロートさん、もう少し近くに行きましょう。こんな所では怪我をした隊員を助けることも出来ませんよ」
「だがな…」
「もういいです。私一人でも行きますから」
「おいおい、行くよ。でも、無理はするなよ。ほら。防毒マスク。念のためだ」
私はほっと投げられた防毒マスクを顔に着けると及び腰とも思えるエクロートさんを後にして先に歩き始める。
魔樹海が近付くにつれ緊張して息が苦しい感じがする。そうでなくても防護マスクでいつもより息苦しいのだ。
でもそんな事今は言ってはいられない。
数十メートルも行くといきなり木々の間から真っ赤な口を開けた魔獣が現れた。
その姿は大きな四つ足動物の異形だろうか。目はらんらんと血走って口は耳の所まで裂けている。
大きな身体を揺すって私を見つけると一目散に走って来る。
私は完全に立ち止った。
「アリーシア!下がれ」
エクロートさんが前に躍り出るとすばやく魔剣を鞘から抜いた。
魔獣は身体中からこっちに向かって炎を飛ばして来る。
私は初めて見た魔獣に一瞬驚いたが、とにかく無我夢中で手を広げて防御魔法をかける。
光の粒が空中に舞い上がり炎が一瞬で消えて行く。
(あれ?私の魔法ってこんなに威力あったかしら?防御魔法なんてほとんど使った事もなかった気がするし何だか身体が勝手に動いているんだけど…)
エクロートさんがその隙に向かって来た魔獣に魔剣を振る。角を向けて突進して来る魔獣の額を一気に切り裂く。
魔剣が魔力を帯びてその刃先に信じられないほどの熱がこもり、魔獣の頭が真っ二つに裂けて行く。
断末魔の叫びをあげながら魔獣は私のすぐ手前でことりと息絶える。
「アリーシア大丈夫か!?」
放心しそうな私にエクロートさんの声が聞こえて「はいっ!」と声を上げる。
そこに騎士たちが走って来る。副隊長もいるらしい。
「隊長が魔獣をこっちに追い詰めている。油断するな!」
「おい、そっちへ行ったぞ!」
隊員は倒れた魔獣を見て「ぐっ!」と声を上げる。魔獣の血はヘドロのようなグロテスクな緑色だった。
「また来るぞ。油断するな!」
木々の間から大きな塊がふたつこちらに向かってくる。
そこで私たちに気づいた。
ひとりが叫ぶ。副隊長のドリクさんだ。
「広がれ。聖女を守れ」
(私、邪魔になってるの?もぉ、嫌だ。これでも防御魔法使えたんですから…きっと大丈夫…)
私の内心はびくびくだったがさっき使えたんだからと意気込む。
先ほどと同じような四つ足動物の異形が突進して来る。
今度は二頭。左右から。この魔獣も炎をこちらに向けて来た。
私はさっきと同じように天に大きく手を広げ大きく防御魔法を展開させる。もうほとんど無意識だ。
金色の光の粒が零れ落ちてくると炎はたちまち消えた。
「今だ!」
「おぉ!」
「そっちから切り込め!」
「お前は右だ!」
隊員たちの声が響き魔獣は隊員たちの魔剣で貫かれてどさりと倒れた。
リント隊長は次々に空から魔獣を追いやっているらしく、ほっと息をつく暇もなくまた魔獣が現れた。
(それにしてもリント隊長ってどうやって魔獣を見分けるのかしら?)と一瞬思うがそんなことを考えている暇もなく。
「来たぞ!」
「油断するな!」
「左だ!おい、下がれ!」
私は押しやられて転ぶ。エクロートさんがすぐに助け起こしてくれて私の前に出る。
「私やれます!」
「ばか、無理するな。アリーシアは充分やっている」
その時いきなり側面から魔獣が飛び出した。
隊員がひとり隙を突かれて魔獣が咆哮で火を吐いた。
「う、うわぁぁぁぁ…ぎゃぁぁぁぁぁ」驚きと炎に巻かれた衝撃や痛みなのか叫び声がこだまする。
すぐに別の隊員がマントでその隊員をくるみ火を消す。
うずくまったその隊員に私はすぐに治癒魔法をかける。
(ここまで来ていて良かった。こんな怪我すぐに治癒しないと間に合わなかった)内心ほっとしながら怪我をしている箇所を確認していく。
「クッソ!怯むな。たてなおせ!」
「落ち着け。俺達には魔剣がある」
「来るぞ!」
すぐそばで声が上がる。
魔獣はまた両サイドから突進して来た。今度は大きな牙を持っている。
イノシシの大型版のような、いやもしかしたら狼かもしれない。
何しろ魔獣化すると異様な状態になってしまうので元が何の動物かわからないほどになってしまうらしい。
私は向かってくる魔獣に向かってまた防御魔法をかける。光の粒子が辺りを包み込む。
これもほとんど無意識。ほんとに今日の私どうなってるんだろう?と思いながら…
炎を吐き出しながら向かってくる魔獣の炎が消える。
「今だ」エクロートさんが叫ぶ。
一気に隊員が魔獣に魔剣を切りつける。
頭が身体が切り裂かれ魔獣が断末魔を上げて倒れ込んだ。
隊員たちは肩で息をしている。中には血を流しているものも。
私はすぐにその隊員に治癒魔法をかける。そして回復魔法も全員にかけた。
(これくらいは今までも出来たけど、あんな大掛かりな防御魔法は初めて使ったわ…まあ、こんなに近くで魔獣見たのも初めてだったし)
「どうだ?こっちにはもういないようだ。そっちはどうだ?」
空から声が聞こえた。
すぐに副隊長が辺りをぐるりと見回し全員に確かめるように瞳を合わす。
そして声を返す。
「大丈夫そうです隊長!」
「そっちに降りる!」
魔樹海の端辺り少し開けた場所にリント隊長がガロンと降りてきた。急いで走ってくる姿が目視出来る。
「みんな怪我はないか?」
「はい、聖女様が来てくれて助かりました」
副隊長がうれしそうな顔で言った。
「アリーシアが?」
リント隊長が呆れたような声を出した。
「「「彼女の防御魔法すごかったです!!」」」隊員が口を揃えて言った。
「防御魔法だって?」
リント隊長がビシッと音がするほどの勢いで振り向く。
(まずい…)
私は彼の顔は怒りで沸騰しそうなのではと思った。
「どうして来たんだ?来るなと言ったはずだ!ったく。ろくな女じゃない!」
(ええ、そう言われると思ってました…)
反論は今はやめた方がと私は口をつぐんだ。




