9アランを助ける
俺はアリーシアが入っている部屋に飛び込んだ。違法行為だろうと何だろうとアランを助けてくれるならどんな事もする覚悟だった。
例え俺が騎士隊隊長として終わったとしても後悔はなかった。
俺はおずおずとアリーシアの寝ているベッドの前に跪いた。
「アリーシア。頼みがある」
アリーシアはまだ狭いベッドの中にいた。気配は感じたのか身じろぎはしていたが顔まで上掛を被っていた。
「誰?こんな朝早くから…」
「アリーシア、俺の息子を助けてほしい」
アリーシアは掛布から顔を出した。
「私には無理です。違法行為は出来ないんですから」ふてたようにそう言った。
「ああ、悪かった。君を捕まえたのは悪かったと思う」
「それで?あなたの息子を助けたらまた私を拘束するつもりですか?」
「そんな事はしない。今回の違法行為は目をつぶる。だからアランを助けてくれ」
俺は必死だった。信じてもらえるよう真っ直ぐにアリーシアを見つめた。
「ふん、都合いいんですね。自分の息子が病気で助けてほしいって…ええ、いいですよ。私は特別扱いなんかしません。いい人だろうと嫌な人だろうと困っている人を助けるのが聖女の仕事だって思ってますから」
彼女はすんなりと起き上がるとすぐに立ち上がった。
俺は思いもかけない彼女の態度に驚く。でも、うれしかった。素直にお礼の言葉が出た。
「ありがとうアリーシア」
俺はアリーシアを連れ出すと自宅に急いだ。
見張りの者には彼女は釈放すると告げた。
聖女服の裾を膜って髪を振り乱して俺の後ろを必死に走って来る彼女を見て思った。
殿下が言った事は本当の事なのか?その疑いはどんどん大きくなっていた。
(彼女がほんとに聖獣を傷つけるか?ガロンの時だって、あいつがあんなに懐くなんてめったにない事だ。ほんとはいい人なのかもしれないじゃないと)
*~*~*
私はリント隊長を追いかけて走った。彼の家に一目散に走り込み「こっちだ!」と言われるまま部屋に飛び込んだ。
必死で走ったため息が上がっている。
はぁはぁ~息を継ぎながらベッドに横渡っている小さな身体を見た。
カーテンが引いてあって部屋は薄暗く顔色などははっきり見えないが見るからに苦しそうな事はわかった。
「医者からはブリド病だと言われた」
「それは教会のセベル医師でしたか?」
「いや、街の診療所の医者で…」
「いえ、余計な事でした。すぐに治療をします」
こんな時におかしなことを思った。
(セベル医師だったらどうだって言うの?彼が隊長の子供を見たら何かあるとでも?神官だって後で何とかすると言っていたのにどうして私を出すように話をしてくれないのかとか…どうして私がこんな目に合わなきゃならないのかとか…ここで子供を助ければきっと彼も私を返してくれるはず‥いや、そのために子供を助けるわけじゃないし。
きっとここ最近ずっと嫌なことがあったからおかしな考えが巡るのだろう。わたし、相当気が滅入っているのかなぁ~)
(いいから集中!)
私は青白い顔ですっかり弱っている子供を見た。
「この子の名前は?「アランだ!」」緊迫した声がすかさずした。
「そうですか。じゃあ、アラン頑張ってすぐに楽にしてあげるから」
私は全神経を集中させてアランに向かって手をかざす。
淡い光が手のひらから零れ落ちるようにアランの身体に降り注ぐ。
(神様どうか力をお貸しください。どうかアランが良くなりますように。熱が下がって楽になれますように…どうか…どうか…)
私は一心不乱に彼の回復を願って祈りを込めた。
次第にアランの顔色に血の気が戻り呼吸の通りが良くなって行く。
「…パパ…」
「アラン。気が付いたか?どうだ気分は?どこか痛いところはないか?」
すかさずリント隊長がアランのそばに駆け寄った。
私は手のひらを引っ込めてアランを見る。どうやら良くなっているみたい。
リント隊長はアランの額に手を当てて熱がないか確かめる。
「アラン熱が下がったぞ。もう大丈夫だ。良かった。どうなるかと心配した…」
「フフッ。パパ苦しいよぉ~」
「アラン…よかったぁぁ~」
リント隊長は見たこともないデレデレの顔でアランを抱きしめている。
「あの…アラン君の着替えをして何か飲み物を、それと食べれるようなら消化のいいものを少しずつ食べ「ああ、すまん。アリーシアには感謝している。ほんとにありがとう。君がいてくれて本当に良かった」いえ、お礼はいいですから、彼の着替えを」
「ああ、そうだ。すぐに…スーザン。アランの着替えを頼む」
彼はスーザンと言う侍女を呼んでアランの世話を頼んだ。彼は子供の事となるとかなりポンコツになると分かった。
(まあブリド病ならわかる気もするけど)それほどブリド病は子供にとって危険な病気だった。
私はアランの着替えを嬉しそうに見つめているリント隊長に尋ねた。
(もうそろそろ帰ってもいいよね?彼ももう何も言わないわよね?)
「それでは私はこのまま教会に帰っていいですよね?」
「ああ、だがその前に誓約書にサインしてくれ。今回は見逃すがあんな事は二度とするな。わかってるよな」
「でも、アランには良くて他の人はだめだなんておかしいですよ」
「いや、俺は騎士隊員でおまけに貴族だ。アランは貴族の子供。聖女の力を使うのは問題はないはずだ。それに今回の件を見逃すんだそれでお相子だ。いいから騎士隊に来てくれ!」
彼の眉が上がる。声が少し大きくなってアランが心配そうな瞳を向けた。彼の瞳はお父さん譲りらしく琥珀色の美しい瞳で髪の色の同じだった。
「パパ行っちゃうの?」
アランがか細い声で聞いた。
リント隊長の顔はふにゃりと崩れて頬笑みを浮かべてアランに走り寄った。
「アランすぐに帰って来る。このお姉さんがお前を助けてくれたんだ。すごいだろう?このお姉さんと少しお話があるんだ。だからほんの少し出かけて来る。心配するな。すぐに帰る。今日はずっと一緒にいるからな」
「うん、後でご本読んでくれる?」
「ああ、いつもの竜の絵本か?そうだ、元気になったらガロンに会いに行こう。アラン約束だ」
「うん、パパ大好き~」
「ああ、パパも大好きだ。じゃあアランいい子で待ってろ。スーザンすまないが少し騎士隊に行って来る。すぐに戻るから頼んだ」
「はい、わかりました。それにしても坊ちゃん。すっかり良くなって良かったです。さあ、坊ちゃん。何か飲みましょうか」
アランは熱も下がりすっかり気分が良くなったようだった。
私の視線はアランではなくリント隊長に向いていた。
(フフッ、隊長。アランを見つめるその顔…年甲斐もなく意外とかわいいとこあるんですね)
だだ下がりの眉、しわの酔った目元、クシャッと緩めた表情筋に親しみがわいたが…
「行こうか」
(いきなり声色も変わっちゃって…ああ、残念。子供には甘々なパパなのに…)
私は部屋の外に出るとはっきり言った。
「でも私、誓約書にサインなんかしませんよ」
「じゃあ、また騎士隊で寝泊まりすることになるな」
「もう、返してくださいよ。アランを助けたじゃないですか」
「あれは違法行為にはならないからな」
「ふん!あんなに狼狽えてたくせに…二度と私を頼らないで下さいよ」
私はリント隊長に腕を抱えられて騎士隊に連れもどされた。




