プロローグ
「アリーシア!お前がやったのか?」
「はっ殿下。何のことでしょうか?」
いきなりやって来たロイド第2王子は私を見るなりギシリと歯を噛みしめ言った。
ここはコルプス帝国。大陸の大半を支配している大国。
この国は全能の神であるシャダイが最初に降臨した国とされて遥か昔には強い魔力を持つものが支配した国だった。
神は強い力を誇りこの国を支配し連れていた聖獣もまた神の使いとして崇められた。
だが、いつしかそれは人に変わった。
そして人は長い歴史の間に魔力は減少の一途をたどり今では王族や貴族に少なからず魔力を持つものがいる程度になり聖獣も人に飼育されるようになると激減した。
そんな中時として魔力持ちが平民の中にも現れる事があったので国は10歳になった子供すべての魔力判定をするようになった。
魔力があることが分かるとそれらの子供は王都の教会に引き取られ女ならば聖女に男ならば聖騎士になるのが当たり前とされていた。
アリーシアもその一人だった。
彼女は赤ん坊の時北東のキルベート地方の教会に捨てられていたが10歳の全ての子供が受ける魔力判定で魔力があることが分かり王都の教会に引き取られた。
だが教会での扱いは平民の上に孤児と言うことでみんなからは蔑まれた。
だが18歳の時、赤翼騎士隊の聖獣アギルの具合が悪い事に気づきそのおかげで聖獣が命拾いしたことがきっかけで聖獣の飼育担当になった。
それがきっかけでロイド殿下の婚約者となった。
そもそも聖獣は聖騎士のパートナーになるためのものなのだが飼育は魔力持ちが行う事になっているがほとんどは男がやる。
この国には聖騎士団があって今は聖騎士隊の隊長だけが聖獣を連れている。
聖騎士団は3つある。
白翼騎士隊にはスモーク・アントシア隊長が聖獣ユニコス(一角獣)であるニコを。
黒翼騎士隊にはリント・マートル隊長が聖獣ラマンダー(赤竜)であるガロンを。
赤翼騎士隊にはロイド・コルプス第2王子が隊長でダイアウルフ(狼)であるアギルをそれぞれ連れている。
それぞれの聖獣はそれこそ騎士隊長の相棒でもあり家族ともいえる関係になる。
白翼騎士隊は西の国境を黒翼騎士隊は東の国境を赤騎士隊は王都バカルの警護に携わっていてアギルはオークの森近くの赤翼騎士隊で飼育されていた。
聖獣には名前の通り聖なる力が宿っていて聖騎士のパートナーとして生涯を共に生涯一人の人間にだけと言うわけではなく騎士隊長となったものに準ずる決まりになっている。
何しろ聖獣は今では大変貴重な存在でこの国に数頭しかいないからだ。
聖獣は教会が管理する聖域であるオークの森で大切に育てられている。
ほとんどの人間が直接聖獣を目にすることはなく聖女や教会の神官、そして騎士隊の限られた人間だけが関わることを許されるのだ。
オークの森の入り口に建った歴史あるオーラム教会はシャダイ神を信仰する由緒ある教会で、赤翼騎士隊と隣り合わせにある。
まさにその一室でふたりは睨み合っていた。
アリーシアは白く襞のたっぷり入った聖女服に身を包んでいる。
そしてアリーシアはロイド王子の婚約者でもありダイアウルフのアギルの飼育担当者でもあった。
「お前。わざとアギルを…信じていたのに」
ロイド殿下の整った眉が上がり濃い青色の瞳が歪む。
「だから何のことです?」
私は何のことだがわっぱり分からない。そもそもロイド殿下に怒られるようなことをした記憶がない。
「はっきり見たやつがいるんだ」
「さっきから何を言ってるんです?だから私が何をしたって言うんですか?」
「アリーシア。お前がアギルに毒を盛ったんだろう?」
ロイドは堪えきれない怒りに任せて今度は私の肩を手の平で押した。
少しよろめくがぐっと脚を踏ん張る。
そして真っ直ぐに彼を見つめて聞いた。
「アギルに毒って?知りません。それよりアギルは大丈夫なんですか?一体誰がそんな事を!!」
「とぼけるな!まさかアギルに手を出すなんて…いくら嫉妬したからと言ってやっていい事と悪い事もわからないとは…これだから平民は…」
彼は侮蔑の目で私を見る。
それでも知らないものは知らない。ここははっきり言った方がいいと私は口を開いた。
「なんです嫉妬したって?私は殿下とミリアナ様の事など気にしておりません。そんなに嫌なら婚約を解消して下さってもいいんです。私だって最初から婚約など望んでなどいません!」
「口の減らないやつだ。都合が悪いからと言って自分から婚約を辞退したことにしようなんて…いいか。お前との婚約は破棄だ。そしてお前は聖女としての資格もはく奪する。そして王都からも追放だ。これからはお前が育ったと言う辺境のキルベートの教会で生涯を過ごせばいい」
「殿下、話は分かりました。要するに殿下はミリアナ様と婚約されたいから私にそんな言いがかりをつけたって事ですね。まあ、私はアギルに危害を及ぼすようなことはしていませんが。ご安心下さい。婚約解消は承りました。でも、そんな事よりアギルの飼育はどうするんです?」
「お前がそれをを言うのか?」
殿下は口をポカンと開けて呆れた顔をする。
「二度とアギルに近づくな。アギルの世話はミリアナがする。お前は安心してキルベートに行け。じゃあな。すぐに支度しろ」
「そんなひどい。アギルに合わせて下さい。せめてお別れを言わせて。アギルはきっと混乱するはずです。殿下だって聖獣が繊細な生き物だって知ってるはずですじゃないですか!」
私は我慢できなくて声を荒げる。
「繊細?アギルをあんな目に合わせておいて…二度と俺の前に現れるな。すぐにここから出て行け!いいな。おい、誰かこいつを摘まみだせ!」
「私はそんな事していません!」
殿下にいくら言ってもアギルを傷つけたのは私だと思われた。
殿下の掛け声ですぐに護衛兵が入って来た。
「そんな。ひどい。話を聞いて。殿下。お願い。誰か…いや!放して。もお!何でよ!」
どんなに騒いでもお構いなしに私は連れ出され荷物を詰め込んだトランクと一緒に馬車に乗せられるとそのまま教会から追い出された。