1話 『純太郎と異世界』
本編3,907字(空白・改行含まず)
読了推定時間約8分
「──い。……おい」
声が聞こえる。
男の人の声。
神様じゃないことはわかる。
オレは今、小刻みに揺れているらしい。
左肩に違和感があった。
……肩を揺さぶられている?
「おい。おい、起きろって」
荒げられたその声に驚いて、オレはハッと目を開けた。
目の前には緑色の髪の男の人がいて、オレの左肩を掴んで揺らしていた。
オレが目を開けると、男の人はフッと口元を緩ませた。
「よかった、気が付いたな。いくら呼びかけても全く起きねえから、呪いでもかけられたんじゃないかと心配したよ」
「あ……」
「ったく、こんなところで寝んなよな。なんか盗られたもんはないか? 確認しとけ」
そう言われて、オレはズボンのポケットを確認した。
だって確認するところがそこしかないし。
あれ? オレ制服着てない。
オレは学ランでも白シャツでもなく、黄緑色のTシャツに茶色いズボンを身に着けていた。
オレこんなの着た覚えないよ。
少なくとも神様と話してたときは制服のままだったし。
でも男の人が無事かどうか待ってくれているから、今は持ち物を確認しないと。
とはいっても、オレ別に何も──
「ん?」
ポケットからカサリと音が聞こえた。
紙切れが2枚入っている。
表に取り出してみた。
それは薄緑色の長方形の紙切れで、右側に筋肉質な男の人の絵が描かれていた。その人は目を閉じて、祈りのポーズで両手を組んで、顔を左側に向けている。
紙切れには『1000』と文字が書かれていた。
これってもしかして……
「……お金?」
「盗られてなかったじゃないか、よかったよかった。……そういや、名前は?」
「……風見純太郎、です」
「言えるな。じゃ、気を付けて帰れよ」
男の人はそう言って立ち上がり、スタスタとこの場から離れていった。
私服に鎧を付け加えた服装をしていて、腰には剣……じゃない、刀を差している。
「侍……?」
この世界の侍は皆西洋みたいな格好してんのかな……。
てか侍ってこの世界にもあるんだ。
オレはハッとして、急いでお金をポケットにしまった。
次は本当に盗まれるかもしれないし。
──人が普通に刀を持って歩いているのに、周りの人は何も気にしていない。
周りも周りで弓とか槍とか平気で持ち歩いている。
髪色だって赤だったり青だったりカラフルだ。
女の人でも鎧着てるし、男の人でもバチボコにメイクして超ロン毛の人もいる。
身長1mもない爺さんが歩いている。ちっさ、日本の4歳児のほうがまだ高いだろ──ドワーフか? もしかして。
えっ、じゃあ……猫耳とか犬耳とか獣人がザラにいる! 尻尾振ってる! かわいい〜!
わーあの人の耳、めっちゃ尖がってる! エルフだ!
へー……。
こうやって見ると、明らかにファンタジーな世界だ。
じゃあオレ、本当に異世界に来たんだ……。
神様はたしか、『楽園』って言ってたっけ。
本当に、始まったんだ……。
オレがこの世界を救うっていう話が──所持金2000円でどうしろって言うの?
明日の食べ物ぐらいならなんとかなるかもしれないけど、家とかどうするのさ。
ひょっとしたら宿代の足しにもなんないんじゃない?
あーでもRPGの勇者よりは持たされてるか。
……いやいや、だとしてもよ。
オレ、次何したらいいの? とりあえず歩く……?
さっきの男の人はあっちに歩いていったよね。
どうしよう……行くところもないし、ついていってみる?
一応オレこの世界の勇者ってことになるんだし、ついていったら何かしらの役には立てるかもしれないし……。
……もういい、野でも山でもどうにでもなってしまえ!
風見純太郎、只今異世界で記念すべき第一歩を踏み出します!
「あの、すみません」
「はっ、はいっ!」
後ろから声をかけられて、思わず裏返った声を出してしまった。
顔が真っ赤になるのを感じながらおそるおそる振り返る。
黒いとんがり帽子に大きな杖を持った、いかにもな魔法使いの女の子が立っていた。ファンタジーだなあ、すごい。
年齢も身長も、オレと大体同じくらいだ。
肩から下げたおさげがかわいいなあ。
「これ、落ちてましたよ」
女の子の手には白い巻物があった。
え、オレの? これ。
「あ……ありがとうございます」
別にオレのものでもないのに、思わず受け取ってしまった。
「いえ。それでは、失礼します」
女の子はそう言って頭を下げ、向こう側に歩いていってしまった。
魔法使いなのに空飛ばないんだ……そういえば箒じゃなくて杖持ってたもんな。
オレは巻物をまじまじと見た。
どうしよう、これ拾っても別に……あ?
『風見殿』って書いてある。ってことはオレのか。
もしかして『頼りになる助っ人の名前一覧の紙』って、これのこと? やけに仕事早いな……。
オレは巻物をカパと広げて、中身を見てみた。
あ、横書きだ。これ縦に開けるのか。
【目的】
魔族 殲滅
泥の悪魔 討伐
雷の悪魔 討伐
【討伐するまでの流れ】
※順序問わず
1.以下の全員と同盟を組む
・37魔道士
・44番人
・12守人
・46守護神
・6大賢者
・星の語り部
・72部族の長
2.7大魔女 討伐
同盟を組む相手や魔女の相手がずらずらと書かれている。
長すぎて読む気になれなかった。
オレはくるくると巻物を巻き戻し、留め具で留めた。
え、同盟を組めとか魔女を倒せとか聞いてないんですけど。オレ聞き逃したかな?
全部の加護の話はどこに行ったの? 全然見えなかったんだけど。下のほうにあったりするのかな。
2までしか見てなかったけど、もしかして3も4もあったりしないよね……?
オレ、目的達成できるかな。
そもそも神様はオレを元の世界に帰す気あんのかな。
だって明らかに勇者レベル1のオレだよ?
蚊1匹倒すことにすら苦戦してるのに、悪魔退治なんて到底できないよ……。
…………よし、さっきの男の人についていこう。
オレは巻物をバトンのように持って、あの人が行った道と同じ道を駆けていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
何回か分かれ道に遭遇したけど、とりあえず全部人の数が多い方向に進んでいった。
ここはどうやら商業地域のようだ。
服屋とか武器屋とか飲食店とか、現実とファンタジーの混ざった店が並んでいて面白い。
あの男の人がどっかの店に入っていなければいいんだけど……。
さっきの女の子のほうについていけばよかったかなあ。
もしかしたらあの子がワンチャン37魔道士のうちの一人だったかもしれないし……流石にそれはないか。
……あ?
ああ?
前を歩いてるの、さっきの男の人じゃない?
緑色の髪の毛に、黒い鞘と私服の鎧……。
間違いない、さっきの人だ!
なんという偶然! ありがとう奇跡!
オレはうまいこと人を交わしながら、前の人を追った。
あっ……でも、追いついたとして、なんて言おう。
「追われてるんです」? 「実は住むとこなくて」?
いやいやおかしいでしょ。
どうしよう、もう背中は目の前なのに……。
すると、突然チャキッと音が聞こえた。
こっち向く? と思ってチラリと見上げると、既に男の人が、訝しんだ顔をしてオレを見下ろしていた。
「……なんでついてきてんだよ」
やっべ、こわい。
さっきより声が低い。
なんか言わなきゃ、なんか言わなきゃ。
えっと、どうしようどうしようどうしよう……。
「え、えっと、オレ、行くとこなくて……」
「だったら家帰りゃいいじゃん」
「家には──」
あ、オレ帰る家ないんだ。
そう思った途端、急に胸がギュウッと締めつけられた感じがした。
「家には、もう、帰れなくて……」
思わず声も小さくなって、つい下を向いてしまった。
どうしよう、ついてこなきゃよかった。
1人で手探りでどうにかすればよかった。怖い。
「ふーん……」
男の人はオレのほうに体を向き直した。
しばらくの沈黙が流れる。気まずい。
「ん? お前そんなの持ってたか?」
チラリと男の人の顔を見てみた。
男の人の目線は、オレの手の……巻物のところに留まっていた。
「あっ、なんだかこれも持ってたみたいで」
「ふーん。見ていい?」
「あっ、はい、どうぞ」
オレは男の人に巻物を渡した。
男の人はそれを横に広げ(あ、オレと同じ間違いしてる)、縦に向き直した。
「えっ」
男の人はぎょっと目を見開き、次々と読み進めていく。
巻物の途中で手を止め、男の人はオレの顔を見た。
「お前、天界から追放された天使だろ」
「えっ!? オレ天使!?」
思ってもみなかったことを言われて、つい声を荒げてしまった。
「天使じゃなきゃこんな無理難題できるわけないだろ。全加護会得とか、6大賢者や46守護神と同盟を組むとか……空天・海底含めた全世界渡り歩かねえと達成できねーよこれ」
「そう……なの?」
「そうだよ。そもそも目的自体が悪魔の討伐と魔族の殲滅じゃん、どんな気起こせばこんなこと思いつくんだよ。俺も一応冒険者だしそういう心持ちはあるけどさ、こんなガッチガチな土台固めなんて、それだけで無理だよ。72部族ならギリなんとかなるかもしんないけど、全員なんて……どうやって知り合えってんだよ」
「オレに言われても……オレはただ、言われたとおりにやってこいって言われただけで……」
「だれに」
「神様──」
あ、これ言ってもよかったのかな。
男の人は巻物とオレを交互に見比べていき、だんだんと嫌そうな顔に変わっていった。
すると、男の人は巻物をくるくると巻き戻し、ポンとオレに手渡した。
「返す」
「あ、ありがとうございます……」
返されると受け取るしかなく、オレは両手で巻物を受け取った。
男の人は空をあちこち見て、腕を組み、指をとんとん小刻みに動かした。そして大きく溜息を吐いた。
「名前は」
「……風見純太郎です」
「飯は」
「食ってない……」
「あっそ。来い」
男の人は背を向け、ずかずかと歩き進んでいった。
当たり前だけどオレの歩幅よりもずっと大きくて、オレは小走りでついていくしかなかった。
どこに連れていかれるんだろう……。
キャラクターの豆知識 その4
風見純太郎
風見純太郎は、野菜スープなどのあっさりした汁物が好き。