3話 『純太郎と勇者の使命』
本編4,520字(空白・改行含まず)
読了推定時間約9分
オレはポカンと口を開けた。
いやいや、たしかに「なんでも」とは言ったけど……要はつまり、世界を救えってことでしょ?
無理、無理無理! 無理だって普通に考えて!
物語の主人公とかだったら嬉々として乗ったかもしれないけど、オレ、普通の中学生だよ!?
平和がどうこう言うんだったら、ヒトラーみたいな決断力も行動力もある大人を連れてきたほうがずっといいと思うんだけど。
ああヒトラーが異世界を無双していく話読んでみてえなくそが!!!
少なくともオレじゃあ役に立たないよ絶対。
だって学校でも受け身ばっかりで、班長すらやったことないもん。
えっ、ていうか、楽園って平和になったんじゃないの?
だって天使たちがどうにかしちゃったんでしょ?
だったらオレの出る幕はないんじゃないの?
神様はにこやかに笑ったまま話を続けた。
「実は話に続きがあってね。怪物を討伐したのは良かったのだけれど、後に1人の天使が亡くなってしまったのだよ。彼は“月の勇者”と呼ばれていてね」
オレはハッとした。
──聞いたことある。
さっき中原と教室に居たとき、知らない声がして、何回も「月の勇者」と言っていたのが聞こえたんだ。
詳しいことは全く覚えてないけど、今思い返せば……全部、オレに向けられて言っていた言葉だったというのがわかる。
「彼はとても優しく、愛情深く、警戒心こそ高いものの、いつも小さき者に手を差し伸べていたようでね。彼は自分が亡くなった後も楽園に危機が迫らぬよう、自分の力が授けられた“後継者”を作ったのだよ。それが風見殿というわけだ」
神様は目線だけでオレを捕らえた。
「なんで……僕なんですか?」
「そればかりはワタクシではわからないかな。ワタクシたちはただ、“月の勇者の後継者”を探していただけなのだからね」
つまり、神様が言うには…………オレは本当はすごい人なんだけど、でもそれは血筋とか遺伝とか、元からいたすごい人の力を貰ってるってことで……オレ自身に、用はないってこと……だよね?
「風見殿」
思い詰めた顔で俯いていると、すぐさま神様に呼ばれて、ハッと顔を上げた。
「一応悲観しないでもらいたいのだけれど、風見殿に特別な力があるのは本当だよ。いま楽園は正に、ゆっくりと破滅へ近づいていっているんだ。もちろんワタクシたちは直接手を下さないよ、歴史を繰り返すわけにはいかないからね」
神様は手に持っていたカップを消した。
「──月の勇者の力というのは、楽園の神の力と似ていてね。無機物から生命を作り出すというものなのだよ。彼は生前、民に踏まれた“泥”と晴天時に放電した“雷”に命を与えたのだ。彼らは月の勇者に従順で、それぞれ正義感と好奇心が非常に強くて……特に雷のほうはひどくてね。月の勇者の力を自分なりに模倣して、力を持つようになっていったのだよ。そして、“魔族”という……うーん、“モンスター”と言ったらわかりやすいかな。自身の髪の毛や爪に命を与え、魔族を次から次へと生ませていったのだ。魔族は楽園中に広がってしまって、やがて雷は、魔族を作った者として“雷の悪魔”と呼ばれるようになったのだよ」
……なるほど。
じゃあ、オレはその諸悪の根源である“雷の悪魔”を倒せばいいのか。あ、“魔族”も倒さないと完全な平和にはならないか。
泥のほうは特に何もしていないように聞こえたけど、こっちは見逃しても大丈夫ってことなのかな?
雷みたいな悪魔っぽいことはしていないわけだし。
張り詰めた気持ちで聞いているオレに、神様はキョトンと、そして困ったように首を傾げた。
「風見殿が想像していることは、おそらくきっと違うことだよ。実のところ、この件はもう方がついていてね。天使10713名によって魔族は殲滅され、雷の悪魔も封印されたのだよ」
「えっ?」
あれっ? じゃあもう、やっぱり話終わってんじゃん。
しかも1万人でしょ?
だったらとっくに決着ついてるじゃん。
「しかしだね」
話はまだ終わっていないぞと、神様は声を上げた。
「“泥”が黙っていなかったのだよ。泥は雷の悪魔を復活させ、しかも民に身体能力の向上や不老長寿といった“魔法”を使えるよう力を与えたのだ。そこから魔法を扱う72の部族が生まれ、魔法を使う民と使えない民での対立も始まり、泥は“泥の悪魔”と呼ばれるようになっていったのだよ」
また悪魔……。
「つまり、魔族や悪魔の話は……」
「全く解決していない」
神様は断言した。
「風見殿にお願いしたいことはここからなのだよ。風見殿に授けられたその力で、魔族諸共、悪魔を滅ぼしていただきたいのだ」
神様は眉間にシワを寄せて手を組み、オレを見つめた。
優しさが欠片も感じられない、目だけで全ての生き物を殺せるような目つきをしている。
あまりの目力の強さに、オレは思わず怯んでしまった。
ぶっちゃけ脅しじゃん、なんて思いながら、オレは目を逸らし俯いた。
本当は全力で駄々をこねたいぐらいすっごく嫌だけど……断ったって、きっとオレは巻き込まれるよね。
住む世界は違えど、困ってる人がいるならなんとかしたいとは思うし……。
なんならオレはもう巻き込まれているだろうから、優しく言ってくれている今のうちに、答えを出さないとな。
オレは意を決して、震える口を開けた。
「……やります。……やってみます……」
すると、神様は満足そうに笑顔になった。
「ありがとう。じゃあ──」
「けど、帰れるんですよね?」
「──えっ」
神様はポカンと目を丸くした。
まるでそんなことを訊かれるだなんて思ってもいなかったと言っているかのように、しばしの沈黙が流れる。
「──あっ、ああ……ああ、帰れるよ、それは、うん。風見殿が望むなら」
神様は変に狼狽え、しどろもどろになり、あからさまに目を逸らした。
怪しい。
元々帰さない気だったんだ。
他人に助けてくれと頼み込んでいる割には、オレのことを一切考えていなかったんだ。
他力本願で自分勝手な神様に湧き出る怒りと、神様は間違いを犯さないと思っていたのにそれを裏切られた失望感が混ざって、オレは一気に協力する気になれなくなった。
「あの、オレ一応これまで……」
そこまで言って、ハッと口を噤んだ。
オレが今言おうとしていたことは、ただのクレームだ。
イラつきすぎて、つい嫌いな先輩と同じ態度を取っちゃったけど……相手は“神様”なんだ。
オレよりもずっとずっとすごい人なのに、こんなこと言っちゃって……オレ、無礼の塊じゃないか。
それでも、神様は静かにオレを見ている。
足を揃えて、手を膝の上に乗せていて、当然背筋もいい。
真面目にオレの話を聞いているその姿勢が、ひどく心苦しかった。
「ごめんなさい……。あの、一応……オレにも、これまでの生活があるんです。今日だって、これからやろうとしていた予定とか、色々あったんです。だから……全部が終わったら、元の生活に戻らせてもらえないでしょうか?」
震える声と手を感じながら、オレはそう口にした。
今日寝る前何して過ごそうかとか、部活のこととか、さっき教室で考えていたことが、まざまざと思い返された。
今から壮絶な物語が始まろうとしているのに、思い出すものは昨日も一昨日も繰り返した日常ばかりだ。
いつもコーチが厳しいとかお小遣いが少ないとか不満ばかり言っていたけど、オレってこういう、“いつもの日常”を意外と気に入ってたんだ。
神様は短く息を吐いて、申し訳なさそうに小さく笑った。
「それを決めるのは、少なくともワタクシではないと思うよ。どちらかというと楽園の神が決める事柄だし、彼も元々そのつもりだったんじゃないかな。なにせワタクシは、別の用件で風見殿をここへお連れしてもらったのだからね」
「え? 別の用件?」
「用件はもうとっくに済んでいるから気にしなくていいよ」
呆気に取られているオレに対して、神様はいたずら小僧のようにケタケタ笑った。
済んでいるって、さっきオレと会ったばかりなのに、何が終わったんだろう。
「じゃあ、オレは……普通に帰れる……?」
「帰れる帰れる。もちろん、全てが終わってからになるけれどね」
平然と答えてくれた神様に安心して、オレはホッと大きく息を吐いた。
変に余所余所しかったさっきの態度は何だったんだと問い質したくなるような豹変ぶりで、なんだか拍子抜けだ。
「あっ」
4杯目の紅茶を飲み終えたところで、カップが突然消えた。
まだ飲み足りなかったのに……いや違うか、3回もおかわりしてるんだからめちゃくちゃ厚かましい奴だよな。
「この紅茶は地上で売られているから、お気に召していただけたのなら旅の途中で召し上がるといいよ。さて……」
神様は静かに立ち上がった。
それに倣って、オレも椅子から立ち上がる。
すると、オレと神様が座っていた椅子が、唐突に白く光って消えた。
神様は片手で杖を持ち直し、もう片方の手のひらをオレの足元に向ける。
なにかビームでも出すのかな、なんて呑気に考えていると、突然オレの足元に大きな光が照らされた。
思わず「うわっ! 」と短い悲鳴が上がる。
直射日光みたいな強い光が急に飛び出てきて、オレは目を瞑ることしかできなかった。
光はなんだか魔法陣のようになっていて、記号とか文字みたいなマークとか、丸とか三角とかの図形がたくさん描かれていた……ように思う。
「おっと申し訳ない、そうと決まったら早く風見殿をお迎えしたくてね。もちろん、仲間の1人もいないまま世界を救えだなんて言わないよ。楽園内での助っ人に話を通しているから、彼らを頼るといい。後ほど彼らの名前が書かれた紙を送るよ。それと、過去の天使たちにも頼ったほうがいいね」
目を瞑ったまま、オレは訊き返した。
「天使たちって、昔魔族を倒した天使ですか?」
「そうだよ。彼らは現在守り神となっていて、教会だったり御神木だったり様々な場所で祀られているのだよ。彼らも後世の危機のために、民に力を与えていてね。それは“加護”と呼ばれていて、全ての加護を身に着けていれば、悪魔を討伐することも夢じゃないはずだよ」
「対策もちゃんとあるんですね、よかった──」
……ん?
加護を? 全て?
「あの、その加護って、全部で何個あるんですか?」
「うん? 10713個だよ。もっとも魔族に倒された天使もいるから、最初の7名の天使も含めた数になるけれどね」
「そう、ですか……」
そういうことだったら、オレ1万個の教会全部回らないといけないってことでしょ?
え、そこまでしないと悪魔や魔族に勝てないってこと?
しかも「夢じゃない」ってことは、負けちゃう可能性だって全然あるわけで…………え? オレ、死んじゃう?
「そんな不安そうな顔しなくてもいいよ。風見殿なら大丈夫だから」
「「大丈夫」って、なんでそんな簡単に……」
「『大丈夫ったら大丈夫』。──なあそうだろう、“月の勇者”殿」
「えっ」
“月の勇者”って……そこにいるの?
もしかして「あの世じゃない」って言った人?
目を開けて今すぐ確認したいけど、瞼がもう開けられないくらい眩しくて開けられない。
開けたら失明してしまいそうだ。
「武運長久を祈るよ、風見殿。全てが終わったら、またこうしてお茶でも淹れようじゃないか」
神様の優しい声が聞こえて、オレはだんだんと、意識がスーっと遠のいていくのを感じた。
キャラクターの豆知識 その3
『風見純太郎』
風見純太郎の身長は148cm。
クラスで2番目に背が低く、本人もを気にしている。