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風見鶏は強がっている  作者: 下横真尋
プロローグ
2/6

1話 『純太郎とさよなら』

本編2,797字(空白・改行含まず)

読了推定時間約6分

 

 ──(かざ)() 純太郎(じゅんたろう)


 月の勇者の意志を継ぐ者として、なぜだか楽園ではなく地球に生まれてきた存在。

 見つけるまでずいぶんと時間がかかってしまった。


 現在彼は13歳、学生である。

 明るく正義感もあり、人を信じる気持ちが強い少年だ。

 決して裕福ではない家庭に生まれ、両親や祖父母から多大なる愛情を受け、友人にも恵まれている。

 つい先月、飼っていた犬を亡くしたばかり。

 運動神経こそ高くはないが、小柄な体格を活かした素早い動きが得意である……反面、頭脳を駆使することは非常に苦手。

 著名作家の文学は嗜まないが、挿絵のある小説を好んで読んでいることから、文字を読むこと自体は苦ではない様子。


 なるほど。


 顔つきこそ月の勇者と瓜二つではあるものの、月の勇者とは全くの別人だ。

 性格も、環境も、何もかもが違う。

 彼の意志を継ぐ者とはいえ、彼とは別の扱いをしなければならないのか。


 それに加え、風見純太郎は楽園の存在を知らない様子。

 しかもまだ幼い。


 ……だが、彼なら『きっと大丈夫』だ。


 それでは、彼をあやつの元へ送ろう。

 長い、長い、旅路になるのだろうな。


 ──全てが終わったら、いつかゆっくり、お茶でもしながら話し合おう。


 風見純太郎。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「──え?」


 急に名前を呼ばれて振り返ったけど、そこには誰もいなかった。


 フルネームで呼ばれたから何かやらかしてしまったのかとも思ったが、特に身に覚えがないことと聞き覚えのない声で呼ばれたことで、しばらく呆然としていた。


「どしたんよ純太郎」


 (なか)(はら)に呼ばれて、外にいるうるさいセミの声がやっと耳に入ってきた。


 どこか違和感のあった教室が、いつもの1年3組の教室に戻っていた。

 オレはホッとして前を向き直した。


「いや、誰かに名前呼ばれた気がしてさ」

「そりゃさっき俺が呼んだし」

「……あっそう」


 冗談が通じねえなと、中原は文句を垂れた。


「フツーに暑さにやられたんじゃねーの、アクエリ飲む?」

「んー。飲む」

「じゃ下行こ、俺も飲みたい」

「おー」


 とっくに食べ終えた弁当箱をカバンの中にしまって、オレたちは財布から小銭を抜き取って教室を出た。


『暑さにやられた』か……。


 ……うん、たしかに、明日から夏休みってことに浮かれて、空耳でも聞こえたのかもしれないな。


 夏休みかあ、楽しみ……じゃないな、部活でほぼほぼ休み潰れるんだったわ。

 やだなあ、めんどくさいなあ、行きたくねえなあ。

 まいっかぁ、楽しくてバスケやってんだし。


 でもなあ、もうちょっと夏休みっぽいことやりたいなあ。

 そんな部活漬けじゃなくてさあ。


 海行くとか、山でキャンプとか、友達と勉強会とか、他にも青春っぽいこと中学生になったらできると思ってたのに、これじゃあ体がムキムキになるだけじゃんね。

 他校との合同合宿はするみたいだけど。


 ライバルと一緒にご飯食べて、お風呂入って、廊下で話して……なんてできるのかなあ?

 友達作りのチャンス──いや無理だなあ。


 というかオレまだ1年だし、ベンチだし、そんな出番ないでしょ。

 同じベンチでも中原のほうがまだ出番あるよね。


 中原のほうがオレより背も高いし、足も速いし、女子にモテるし、勉強できるし、ああなんだか腹立ってきたな。

 あーひどくつらい、もうやめよう。

 自分が卑屈になっていくだけだ。



 1階の購買に到着して、中原がカラカラとドアを開けた。

 購買全体に満ちていた涼しい空気が、ぶわっとこちら側へ押し寄せる。


「はあっ、涼しい……」


 中原の頼りない声が聞こえた。


「声だせー」

「うるさ」


 煽り返してきたその声も頼りなさすぎて、笑いが止まらなくなった。


 購買には既に5人ぐらいの人がいて、きっとオレたちみたいに涼しさを求めて来た人が大半なんだろうな。


 今日は終業式が終わって時間も経っているせいか、いつもより人の数が少なく感じる。

 終業式の後は部活あるとことないとこがあるし、部活ない人はとっくに帰っちゃったもんな。


 オレは自販機に小銭を入れて、アクエリアスを2本買った。

 キンキンに冷やされたペットボトルで、汗が流れる首を冷やす。


「はあぁ、気持ちいい……」


 思わず情けない大声が出る。

 中原はそれを見逃さず、ニヤニヤとオレのほうを見た。


「だっせえ声」

「うるせえバーカ」


 手汗をズボンで拭いて、パキパキと蓋を開ける。

 そしてアクエリを1口……


「ぷはぁっ」


 ──気付いたら半分以上一気飲みしていた。

 冷たいドリンクが体に沁みる。

 美味しい、生き返る。


 2本買っといてよかった、1本だったらすぐに飲みきってたもんな。

 すると、中原がオレの肩をポンポンと叩いてきた。


「アイスあるってさ、純太郎。どうする?」

「あー、アイスはー……」


 チラリとアイスケースのほうを見てみる。

 スイカバーの袋が見えた。


「買っちゃうか」

「買っちゃお買っちゃお」


 アクエリアスだけ買って教室に戻ろうと思っていたのに、アイスの誘惑には勝てなかった。

 なんてチョロいんだオレ。


 中原はキャッキャとケースの蓋を開け、即座にアイスを1本抜き取った。

 オレはまだ選んでいる途中だけど、電気がもったいないからすぐにケースの蓋を閉めた。


「純太郎何にする? 俺アイスキャンディー」

「オレはね、スイカバーやめる」

「やめるん?」

「他のが美味しそうな気がしてきた」

「ふーん」


 中原は先に購買のおばちゃんにアイスを渡した。

 いけない、オレも早く選ばないと急かされる。


 えーっと、どれにしよう。

 棒アイス、カップアイス、チューチューアイス……。

 やばいどうしよう、全部美味しそう!


 あ、中原が戻ってきた。

 オレは急いでアイスを1本選び取った。


「まだー?」

「これにする」

「スイカバーじゃねーかよ」

「1周回ってこれが1番美味しそうな気がしてきた」

「わかってんじゃん」

「お前スイカバーじゃねーだろ」

「俺は他のアイスがもっと人気になるように別の買ってんの」


 なぜだか上から目線の口調にムカついて、オレは中原の背中をパシーンと叩いた。

「いてー」と笑う声が聞こえて、オレはニマニマしながらおばちゃんにスイカバーを渡した。


「これください」

「はい、110円ね」


 オレはポケットの小銭を……うおっ、ちょうど110円だ。それをトレーの上に置いた。


「はいちょうど、毎度あり」


 おばちゃんに頭を下げて、中原のほうへ駆けていった。

 あ、こいついつの間にかアクエリアス2本買ってる。


「おまたせ」

「おせーよ、早く戻ろう」

「へいへい」


 オレは中原の後をついて回った。

 中原は購買のドアを開ける。


「うわー、あっづぅ」


 セリフの全てに濁点を付けたようなその声に笑いが止まらなくなり、そしてそんな声が出るくらい暑いのかと少しだけ緊張した。


 だって、ドアを開けただけで廊下の熱気がムワンときて暑いのに、外なんかに出たら……


「うわぁ、あっ──」


 ──7月下旬の暑さ、気温は30度を超えている。

 暑くないわけがない。


 それなのに、全く暑くない。

 それもそのはず。


「──え」


 ドアの外には、オレたちの学校とは全く関係ない、宇宙空間が広がっていたから。


キャラクターの豆知識 その1

 風見純太郎


 風見純太郎は【冒険】×【戦闘】×【美少女】がテーマのライトノベルを好んで読んでいる。

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― 新着の感想 ―
改行が上手く使ってあって読みやすかったし、視点が変わっている部分が分かりやすかった。 心情・体感・行動などの描写はとても分かりやすくイメージしやすかったが、空間描写が少なかったため特に教室の場面はあと…
2025/02/15 06:57 しゅうまいソング
主人公が違和感を感じる場面とは一変して日常的な描写に戻り再び異世界に行くという展開に先が気になった。 主人公たちの行動や感情の描写が直接的すぎるのと簡潔にされていてどんなシチュエーションが想像しにくか…
面白い、特に最初のところキャラ設定が分かりやすかった
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