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竜の王国は終了しました  作者: まさかミケ猫
第二章 時代遅れの錬金術師
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08 封印術と王鍵

 革命派の男、ライアット・ベルガモットから逃げおおせた三人は、建物の陰に身を隠しながら呼吸を整えていた。


「フリード。あのライアットとやらは」

「あぁ。お察しの通り……俺と同じく、デーツ王の庶子だ。長らく傭兵として世界各地を転々としていたようだが、今は革命派の中心人物になっている」


 王族の魔力量と、実戦で磨き上げた技術。ライアットという男と真正面から戦うのは、いくらなんでも分が悪すぎる。

 フリードは話しながら、先ほどまで自分が身に着けていた変装の指輪をシャルロッテに渡した。彼が老人に変装していたことは既に革命派に露呈している。そのため、次は彼女を老婆に変装させるのが良いという判断だ。


「ララも騎士型ゴーレムを降りろ」

「えぇー、もうお役御免なの?」

「大柄な騎士鎧は、良くも悪くも目立つからな」


 ゴーレムの胸元がプシュッと空気音を立てて開き、その中から頬を膨らませたララが渋々といった様子で出てくる。彼女の頭を柔らかく撫でながら、フリードは鉄面皮の頬をほんの少しだけ緩めた。


「ララがこのゴーレムに乗ってくれたおかげで助かった。なにせ奴らは今頃、この目立つ騎士型ゴーレムを目印に俺たちを捜索しているだろうからな。お前がここでゴーレムを降りることは、強力な目眩ましになる。大手柄だ、ララ」

「それは……あたしのおかげ?」

「そうだ。ゴーレムに限らず、この旅では色々な場面でララに助けられている。さすがは俺の自慢の使い魔だ」


 その言葉に顔面をデレデレにとろけさせたララは、降りたばかりの騎士型ゴーレムをガシャンガシャンとキューブ状に折りたたむ。そしてそれを、フリードが背負っていたバックパックへとぎゅうぎゅう押し込みはじめた。

 フリードがふとシャルロッテに目を向けると、彼女は目をまん丸く見開いてバックパックを凝視していた。


「やたら大容量だと思っていたが……まさかゴーレムまで入るとは」

「まぁ、シャルロッテの持っているポーチのように、セキュリティのしっかりしたものではないがな。通常ならばそういった機能に割くリソースを、全て空間拡張と重量軽減に割り当てている。消費魔力も大きいから、一般に売り出せるようなものではないが」


 フリードは錬金術師のローブを脱いで、日雇いの冒険者が着るような安っぽい魔物革の鎧を身に着け始める。これだけでもかなり印象が変わるため、革命派の追手を撒くのには有効だろう。


「この姿での偽装は、そうだな……田舎の祖母を観光に連れ出してきた若い冒険者。そんな人物を演じようか」

「あたしは? マスター、あたしの役割は?」

「祖母の世話をしているホムンクルスってあたりが妥当だろう。シャルロッテのことは奥様と呼び、俺のことは坊ちゃまとでも呼んでおけ」

「分かったよ、坊ちゃま!」


 ニヒヒと笑うララを肩にのせたフリードは、老婆の姿になったシャルロッテの手を引いて物陰を出てると、人混みに紛れるよう歩き始めた。どうしても歩調はゆっくりになってしまうが、変に急いで追手に目をつけられるのは本末転倒だ。


『フリード。今は演技中だから仕方ないが……あまり女性の手を取るもんじゃない。えっちだぞ』


 シャルロッテから飛んできた念話に、フリードはガックリと肩を落とした。


『あまり力の抜けることを言うんじゃない。まるで箱入り娘のような発言だな……いや、まぁ箱入り娘ではあるのか。王女様だしな、一応』

『一応とはなんだ、一応とは。というか、ずっと気になっていたのだが、フリードは私を馬鹿にしてる時があるよな。わりと頻繁に』

『……気のせいだろう。ほら、もう行くぞ。もっと背筋を曲げて、老婆らしく歩け』


 ガラリと姿を変えた三人は、そんな風にして人のごった返す街を歩いていった。


  ◆   ◆   ◆


 あらためて安宿を取り直したフリードたちは、部屋の中で今後のことを相談することにした。

 いつものように、部屋の四隅に防犯用の魔道具を設置してから変装を解く。最速で行けばあと二日で王都に着くはずだったのだが……乗り合いバスの停留所は革命派に既に見張られている。奴らの包囲網を掻い潜って王都に行くためには、他の移動手段を考えなければならないだろう。


「それでフリード。これからどうする」

「そうだな……」

「はいはーい! あたしはパスタが食べたい!」

「夕飯についての問いではないんだが」


 シャルロッテの視線には、「本当に自慢の使い魔なのか?」という疑念が籠もっているようだった。フリードはその視線を緩やかに受け流し、バックパックから携帯用調理器具と乾麺を取り出す。本格的な料理を作るにはさすがに足りないが、簡単なものであればこの程度の機材で十分である。

 変装をしながらの移動は、思いのほか精神的な負荷が大きい。ララのお気楽な調子に合わせ、今しばらくは張り詰めていた気持ちを緩めるのも良いだろう……フリードはそう考えながら、紅茶葉の瓶を取り出した。


 フリードが夕飯を作るそばで、シャルロッテとララはゆったりと紅茶を飲みながらあれこれ話をしている。


「ねーねー、シャロちゃん。そういえばさぁ」

「ん? どうした、ララ」

「スラグっちから預かった手紙って、中を見ちゃダメなの? こんな風に苦労しながら旅をしてるけどさぁ、内容がホントに重要なものかどうか分からないよね。とりあえず、こっそり開けちゃわない?」


 ララがとんでもないことを言い始めると、シャルロッテはくすくすとしばらく可笑しそうに震えてから、ポーチに入っていた一通の書簡を取り出した。


「開けてもいいよ。開けられるものなら」

「いいの? ホントに開けちゃうよ?」

「無理だと思うけどね」


 複雑な模様が描かれている封筒。

 ララはそれを引っ張ったり、端っこを千切ろうとしたり、封蝋印をダンダンと叩いて屈服させようとしたりしていたが……やはりというべきか、その書簡が開くような気配は全くない。


「むー、頑固な手紙めぇ」

「あはは、王族が重要な情報をやりとりするための封筒だからね。この封印術は昔からあるシンプルなものだが、それゆえに強固で隙がない。長い時を経ても、これを破る方法は未だ発見されていないんだ」

「へぇ……でもさぁ、そんな風に絶対に開けられないんじゃ、手紙をもらった王様はどうやって中身を確認するの? 手紙として成立しないと思うんだけど」


 ララの疑問に、シャルロッテは胸元からひとつのペンダントを取り出した。彼女の手の中でぼうっと淡い魔力光を放っているのは、鍵の形をした魔道具である。普段は細い鎖で首から下げ、肌身離さず持ち歩いているものだ。


「王鍵……これは王族が幼少の頃に与えられるもので、正式には魔力認証トークンと呼ばれる種類の魔道具だ。基本的に封印術は、この王鍵を使って解除することになる」

「へぇ……あ、シャロちゃんも鍵を持ってるなら、それで手紙を開けられるってこと?」

「いや、ことはそう簡単じゃないんだよ。スラグの書簡にかけられた封印術を解く条件は、アプリコット王国の国王の王鍵を使用すること、と設定されている。しかも王鍵は本人の魔力でしか動作しないからな。何者かが国王の王鍵を盗んできて使用しても、この書簡を開くことはできない仕組みだ」


 歴史書を遡ると、古の王が宝物庫の鍵を次代の王に受け継いだのが王鍵の始まりとされている。そこから時代が進むごとに、王鍵自体が魔道具になり、魔力認証を始めとする様々な機能が後付けで追加されていった。王鍵を解除条件とした封印書簡は、その最初期から使用されている古い魔術である。


「確かに、この書簡に重要情報など記載されていないかもしれない。スラグは単純に、私を国から逃がす口実として書簡を渡した……そんな可能性も、否定はできないだろう」

「……それでも、シャロちゃんは手紙を届けるの?」

「あぁ。なにせ婚約者様からの最後の頼みだからね。それに、あいつは臆病者だが馬鹿ではない。一つの行動に複数の意味を持たせる、なんて当たり前にこなす奴だ。きっとこの書簡には何かしら重要な情報が記載されている……私はそう思っているよ」


  ◆   ◆   ◆


 事態が大きく動いたのは、その翌日のことであった。


「おい、竜玉放送があるらしいぞ」

「噴水広場だ。みんな急げ」


 竜玉放送。それは、アプリコット王家に古くから伝わる“竜玉”と呼ばれる魔道具を使用し、国内各地に国王陛下の映像と音声を送り届ける特別な放送である。

 竜玉の起動には膨大な魔力が必要となり、それを賄えるのは王族のみ。これが使用されるのは、年始の祈祷ような伝統的な祭祀の時がほとんどのため、今回のように当然放送が決まるのは、よほどの緊急事態なのだろう。


 フリードたち三人もまた、民衆に紛れて噴水広場までやってきた。


「フリード。これは一体……」

「いくつか考えられる可能性はあるが……最悪を想定する必要もあるだろうな」


 やがて、大きな噴水がその色と形を変えながら、国王陛下を映し出す。

 その背後には、軍服を着た男たちが硬い表情で整列していた。しかしそれは、アプリコット王国軍のものではない。革命派、アプリコット革命党を名乗る組織の実働部隊が身につけているものである。明言はされていないものの、王宮が既に武力で制圧された後だというのは誰の目にも明らかだった。


『国民の皆に……アプリコット王国の今後について、重要な話がある』


 国王はそうして、静かながらも力強い声で話し始めた。


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