02 ホムンクルスのララ
小人のララは「うーん、うーん」と、眉間に皺を寄せて深刻そうな唸り声を漏らしていた。
「癖のない綺麗な銀髪だもんねぇ。ここはちょっと手間暇かけて、編み込みハーフアップにしようかなぁ」
「何の話?」
「髪型の話だよ。シャロちゃんは王女様なんだし、ここはゴージャスに結い上げてバシッと決めないとね!」
何をバシッと決めようというのか。シャルロッテの疑問をよそに、ララは大量の髪飾りをところ狭しと並べ、あれこれ頭を悩ませているようだった。シャルロッテはそれより「賞金首」の張り紙の件が気になって仕方ないのだが。
「ララ。確認したいのだが」
「なーに?」
「あー……私はお尋ね者になってるんだよな。これからどう行動するにしても、できるだけ目立たないように身を隠す必要がある。正直、髪型はあまり派手ではない方が都合が良いと思うのだが」
シャルロッテの言葉に、ララはむむむと顔を顰める。
「シャロちゃんのそれは正論だね」
「それなら……」
「でもあたし、正論ってあんまり好きじゃないんだよね。いいじゃん、髪型くらい好きにしたって。それで不都合が起きるなら、その不都合側をどうにかしちゃえば良いんだよ」
ララはそう笑いながら、シャルロッテの長い銀髪を櫛で梳かす。
「そもそも、私は髪を飾りたいわけじゃ」
「いいの! あたしがデコりたいの!」
「いや、私の髪なんだが」
「あたし、正論ってあんまり好きじゃないんだよね」
つまりそれは、ただ単にララがシャルロッテの髪を飾りたいというだけの話ではないだろうか。なんだか議論をするのも馬鹿らしくなったシャルロッテは、ララの好きなようにさせながら思考を巡らせる。
思い出すのは襲撃時のこと。覆面の男たちを挑発した時の反応から、奴らは自由主義を掲げる革命派の集団ということで間違いはなさそうだった。つまりデーツ王国で政変を起こし、婚約者であるスラグの首を刎ねた奴らが、今はシャルロッテの命をも狙っているということになる。
詳細は不明だが、おそらくこのアプリコット王国でも同様の革命を起こすつもりなのだろう。仮にシャルロッテが奴らに捕まれば、ろくでもない目的で利用されることは容易に想像がついた。
「……最悪、竜の血を残すための孕み袋にされるか」
「ハラミ? 焼き肉の話?」
「ククク……そうだよ。焼き肉の話だ」
しかし、どうして今になって急に狙われ始めたのか。シャルロッテはララの頭を撫でながら考えてみるが、心当たりはない。
その時ふと、枕元に置いてあったポーチが目に入った。これはシャルロッテが常に持ち歩いている魔道具で、魔力紋によるロックが掛けられているため自分にしか開けることができない。
「奴らの狙いは、もしかして……」
シャルロッテはポーチを開けると、一つの書簡を取り出した。これはスラグから最後に預かったもので、アプリコット国王に必ず手渡してほしいと依頼された密書である。特殊な封印術がかけられているため、彼女にもその内容は確認できないが。
「スラグ・デーツの書簡。これを闇に葬ることが襲撃の目的なのだとしたら……私が急に狙われ始めたのにも一応の説明はつく、か」
だとしたら、シャルロッテがするべきことは。
「ララ。実は大事な手紙を預かっているんだ。私はできるだけ早く王都まで行く必要がある」
「えー。今は危ないよ。賞金首なんだよ?」
「そうだ。高額の賞金をかけてまで、私の動きを牽制したい奴らがいるんだよ。だから、そいつらの思い通りにさせるわけにはいかない」
いつの間にか、シャルロッテの髪は丁寧に結われて花の髪飾りがつけられていた。手鏡でそれを確認した彼女は、ララにお礼を言うとベッドから立ち上がる。身体はまだフラつくが。
「私はもう行くよ。世話になったね」
「ちょっと、待って待って! マスターならきっとシャロちゃんを手伝ってくれるはずだよ。帰ってくるまでもう少しだけ待って!」
シャルロッテはララの頭に手を置くと、口元をふっと緩めた。
「ララのような可愛い子を、私の事情に巻き込むわけにはいかないさ。君のマスターには礼を言っておいてくれ。命の危機を救ってもらった。怪我の治療から解毒まで、ずいぶんと世話になってしまったな。この礼はいずれ――」
そう彼女が話している途中で、部屋の扉がガチャリと開く。
「話に聞いていた以上のじゃじゃ馬だな」
若い男の声。入ってきた人影に視線を向けると、そこにはシャルロッテとそう歳の変わらない青年の姿があった。
少し癖のある青い髪。魔道具らしき片眼鏡と、錬金術師のローブ。首に下げた黒猫の意匠のペンダントは、たしか上級錬金術師だけが身につけることを許される装身具だ。
「初めまして、シャルロッテ王女殿下。俺は錬金術師のフリード・ネクタリン。話したいことはいろいろあるが……まずはその身体をちゃんと治療してからだ」
錬金術師フリードはそう言って、吹雪のように冷たい視線をシャルロッテに向けた。