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竜の王国は終了しました  作者: まさかミケ猫
第一章 追い詰められた王女様
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01 紫炎のシャルロッテ

全十七話で完結予定です。

――人を癒やす魔法が使いたかったな。


 アプリコット王国の第一王女シャルロッテは、粉雪のちらつく路地裏を泥だらけで駆け回りながら、右手に紫色の炎を灯した。夕暮れの暗闇にボウッと照らされるのは、彼女の銀糸のような長い髪と、どこか不吉な印象を与える赤紫の瞳だ。

 竜の血を引く王族は、幼少期から魔法を鍛える。そのため、シャルロッテも木端のような襲撃者なら一瞬で蹴散らすだけの実力は持っているのだが。


「チッ、まだ魔法を使う余裕があるのか」

「毒を盛ったんじゃなかったのか?」

「落ち着け。どうせただの悪あがきだ」


 食事に毒を盛られ、宿の部屋に覆面の男たちが押し入って来たのがつい半刻ほど前。信じていた側近に斬りかかられ、それでもどうにか逃げ出せたのは運が良かったとしか言えない。凍えるような空気を裂いて駆けるが、傷と毒のせいで思考はぼやけ、魔力を絞り出すのも辛い状態である。


「……人を癒やす魔法が使いたかった」


 シャルロッテはふぅと息を吐き、その場で立ち止まる。一方で背後から追ってきていた覆面の男たちは、彼女を包囲するように立ち位置を変えた。


「ふん、面倒な小娘が。大人しく捕まっていれば、そこまで傷だらけになることもなかったろうに」


 男たちは短杖型の魔道具を構え、ゆっくりと包囲を狭めていく。そんな中、シャルロッテは右手の紫炎を高く掲げると、まるで茶会をしている淑女のように穏やかな笑みを浮かべた。


「生まれ持った魔法は変えられない」

「……それがどうした」

「私の魔法は……この紫炎は、破壊に特化しすぎている。どんな魔法具を使っても、私には物語の聖女様のような優しい魔法は使えないんだ。きっとそういうのは私に似合わないのだと、神様が言っているんだろう」


 そうして、彼女は周囲を薙ぎ払うように右手を動かす。

 刹那、襲撃者たちは断末魔をあげる間もなくゴウと紫色に燃え上がった。


「距離を取れ! 落ち着け、包囲を崩すな」

「リーダー!」

「毒は確実に回っている。時間さえ稼げば我々の勝利だ。臆するな。焦らなければ、作戦目標は達成できる」


 焦る男たちを見ながら、一方のシャルロッテも八方塞がりな状況に冷や汗をかいていた。

 多勢に無勢。平時であれば数秒もかからず燃やし尽くせる相手だが、毒のせいで全身に激痛が走っている今の彼女には、とても対処しきれない。襲撃者のリーダーが言うことは、何も間違っていない。時間が経てば毒が巡り、彼女はさらに追い詰められていくのだから。


「私のような小娘一人に、ずいぶん臆病なことだな」

「ふん、挑発のつもりか?」

「えーっと、何だったか。卑劣な王侯貴族に鉄槌を下し、社会を市民の手に取り戻す……自由主義とか言ったな。大層なお題目を並べているが、実際にやることは小娘に毒を盛って拐かす程度。やれやれ、品性の欠片もない奴らだ」


 シャルロッテの発言に、男たちの怒気が膨らむ。


「……殺せ」

「リーダー?」

「この女は殺せ。責任は俺が取る」


 彼女を取り囲む男たちの手元で、短杖が淡く輝く。

 魔弾杖。誰でも簡単に魔弾を放てるそれは、今まで王侯貴族の強力な魔法に屈してきた市民たちにとっては「自由」を象徴する魔道具であり、いくつもの国で革命を成功に導いた優秀な武器である。


 もちろん、シャルロッテの挑発は意図的なものだった。連れ去られて何かの目的に利用されるくらいなら、ここで殺されておいた方が良い。幼い頃から刷り込まれてきた王族の思考が、「死に時を見誤るな」と彼女に囁いたのである。


――人を癒やすような、優しい魔法使いになりたかった。


 鈍っていく思考の中、脳裏には叶うはずもない願望だけが浮かぶ。そして、男たちの手から凶弾が放たれようとした――その時だった。


 突如として、シャルロッテを囲むように半球状の障壁が展開される。


「悪いが、彼女は殺させない」


 聞き慣れない誰かの声。

 シャルロッテの意識はふっと闇の中へ溶けていった。


  ◆   ◆   ◆


 シャルロッテに婚約者ができたのは十年前。まだ八歳の頃だった。

 婚約相手はアプリコット王国の南にある大国、デーツ王国の王太子である。もちろん個人の恋愛感情など挟まる余地はない。それは国同士の関係を良好に保つための政略結婚でしかなかった。


 父である王は、感情を込めることなく冷たく告げる。


「シャルロッテよ。時が来たら、お前にはデーツ王国へ留学に行ってもらう。スラグ王太子と良好な関係を築くことは、お前に与えられた重要な役割だ」

「……かしこまりました」

「彼は気性の穏やかな王子だと聞いている。無体な真似はされまいよ」


 そうして実際にデーツ王国へ留学したのは、シャルロッテが十五歳の頃。アプリコット王国として外に出しても恥ずかしくない淑女に育ったと、教育係の婆やが太鼓判を押してからだった。


「はじめまして。シャルロッテと申します、スラグ王太子」

「ひっ」

「ひ?」

「……こ、こここ」

「こ?」

「こわぁ……」


 気性の穏やかな王子、とは良く言ったもので、実際のスラグ王太子はとても気弱な青年であった。シャルロッテの体から漏れ出る魔力の迫力に怯え、初対面で小便の池を作るほどに気が弱かったのである。


――こ、この人の后になるのかぁ。


 あんまりにもあんまりな婚約者の姿に、シャルロッテの留学生活は酷い目眩から始まった。


 シャルロッテは幼い頃から、童話に出てくるような優しい聖女様に憧れていた。しかし現実の彼女は、人を癒やすような魔法を使えるようにはならず、その魔法性質と魔力量から周囲に怖がられてばかりの日々を過ごしていた。

 そんな有り様ではあったが、スラグは決してシャルロッテを冷遇することはなかった。彼はシャルロッテの半径三メートル以内には絶対に近づいて来ないものの、何度も茶会をして会話を重ねるうちに、一応それなりに互いのことが理解できるようになっていったのだ。その状態になるまでに、三年もかかったが。


「シャルロッテさん。僕はね、たぶん君の夫にはなれないと思うんだよ」


 ある日、スラグはぽつりとそう言った。


「それは……私が怖いからですか?」

「あはは、それもそれで大きな問題だけどね。これはそういう話ではなくて――」


 たぶん僕は、そう遠くないうちに殺されると思う。


 その言葉から数日と経たないうちに、デーツ王国で大きな政変があった。デーツ革命党を名乗る一派が政治犯の収容されている牢獄を打ち壊し、その勢いのまま多数の王侯貴族を殺害して「新議会」を設立したのだ。中には生き残った王族もいたが、スラグは真っ先に首を刎ねられた側であった。

 革命の凶報を耳にした時、シャルロッテはスラグから託された書簡をアプリコット国王へ届けるため帰国する途中であった。自分は彼によって逃されたのだと、その時になってようやく気がつく。そして……旅の途中で毒を盛られた彼女は、覆面の男たちの襲撃を受けることになったのである。


  ◆   ◆   ◆


 シャルロッテが短い夢から覚めると、そこは知らない建物の中であった。

 ベッドから上半身を起こして辺りを見れば、そこには膨大な量の書籍であったり、呼び方も分からないような珍妙なガラス器具、正体不明の何かの頭骨、そういったものが雑多に転がっていた。


「ここは……錬金術師の工房?」


 彼女がぽつりと呟くと、背後でガタリと何かが動く音がする。


「あー! 起きたんだね! 体はもう大丈夫?」


 明るい声と共に跳ねるようにして現れたのは、身長三十センチほどの小人の女の子だった。みかん色の髪をポニーテールにして、若草色のツナギに身を包んでいる。またその頭には、彼女には少々大きいのではないかと思うサイズのゴーグルがのっかっていた。


「えっと……あなたは錬金生物ホムンクルス?」

「そうだよ! ここは錬金術師フリード・ネクタリンの工房。あたしは使い魔のララ。よろしくね!」

「あ、うん……私はシャルロッテ」


 簡単に自己紹介をしながら、彼女は素早く周囲を確認する。

 確かにここは錬金術師の工房なのだろう。何か怪しいモノが置かれていないか、と考えるほうが馬鹿らしくなるほど、怪しいモノばかりが置かれている室内。ひとまず、今すぐにでも逃げ出さなければならない状況ではなさそうだが。


「あのね、シャロちゃん」

「いきなり気安いね。別にいいけど」

「一応言っておくけどさぁ。この工房を出たら大変なことになると思うから、変に逃げようとか考えないほうが良いと思うよ?」


 小人のララはそう言うと、周囲のいろいろなものをガラガラと突き崩しながら一枚のビラを手に取って、シャルロッテに渡してきた。


「今、街中にこんな張り紙がされてるんだよ」

【賞金首。第一王女“紫炎”シャルロッテ・アプリコット。生け捕りで百万クロン。首のみで十万クロン。有用な情報提供者には一万クロン。見かけたらアプリコット革命党までご連絡を】


 安っぽい紙にはそんな文言と共に、精巧に描かれたシャルロッテの姿絵が印刷されていた。


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