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創造主の贔屓 

作者: 荒城醍醐

昨年のSF短編の賞に応募して落選したものです。

先に掲載している「45億年の傀儡」を別視点から描いたものですが、まったく同じ筋ではありません。

 この庭園のデザイナーは陽射しをデザインに取り込み、水面の輝きを活かして『安らぎ』を演出することに長けていた。

 エラニア・テスタはこの庭園を気に入っていた。

 大理石風の東屋は池の中にあり、両岸から飛び石を伝って渡るようになっていた。飛び石は水面からわずかに平らな表面を浮かばせていたが、実は水面下に林立する柱で、水深は十分に光が屈折するよう、人の身長の数倍を超えていた。円形の葉が固まっているあたりにさざ波が立つと、虹色に輝いて、いつまでも眺めていたくなる。

 東屋のベンチに腰掛けて、その輝きを眺めていたエラニアのもとに、パートナーのケラン・カンが飛び石を伝って歩み寄った。彼の足元には、白い羽が生えた小型犬が、まとわりつくようについてきていた。

「エラニア、学会が終わったなら知らせてくれればよかったのに」

「ごめんなさい。わたしまた、熱くなってしまっていて、あなたに当たってしまいそうだったから、ここで頭を冷やしていたの」

 エラニアが恋人に向けた笑顔は、すでに冷却期間が十分と見えるものだった。そして彼女の感情の起伏を表現する背中の白い翼も、折りたたまれて震えもなく。平穏な状態を現わしていた。

「また、激しく口論したのかい?」

 ケランは彼女の隣の席に腰掛け、上体を彼女に寄せながら訪ねた。

 ペットの有翼犬パロロは、東屋の土台の水面あたりに居た六足トカゲに興味をとられ、足を止めていたが、それに気づいたトカゲが水面下に潜ってしまったので、飼い主の足元に駆け寄った。

「わたしは、そんなことしたくないのよ。でも彼らがいけないのよ。科学に宗教を持ち込む人たち。生物の人への進化に、『創造主』の意図が介在していると主張しつづけている一派」

 口論のときの感情を思い出したのか、彼女の背中の翼が小刻みに震えた。広げたり、羽ばたいたりするほどの興奮状態ではないようだが。

「居たことにしてやってもいいんじゃないのかい?」

「また、あなたはそういうことを言う! 居たことを示す証拠がない想像の産物なのよ。居なかったと結論づけるのが科学でしょう? それを彼らは、居なかったことを証明できないからと、居たと主張しつづけるんだわ」

バサリ、と一度だけ、背中の小さな翼を羽ばたかせてエラニアは語気を強めた。

「彼らは、また主張したわ。瞳の構造や、免疫機能や、飛べない翼のような複雑な器官の進化には、なんらかの知性によるデザインが介在しているに違いないと」

 ケランは翼をすぼめて両手の平を胸の前で空に向けた。

「またくりかえしだったわけだ。そうして君は言い返したわけだな。それらは無作為の突然変異の繰り返しで説明できるものだと」

「そうよ。すると決まって彼らは言うんだわ。それらの器管が完成する過程で、たとえば目が視力を生む前のくぼみでしかない時点で、それがないものより環境に適応したものであったはずがないと。わたしは、それが短期間に完成したから、光を得るようになってから環境のふるいにかけられたと言うんだけど、彼らは創造主がそれを望んで優遇した証拠だと主張するのよ」

 またエラニアの翼が羽ばたいた。

 その翼が、また静かにすぼんで、彼女の感情がうつに向かっていくのを現わしていた。

「ねえ、ケラン。やっぱりあなたの技術をわたしに使わせてもらえないかしら。もう、彼らとの不毛な討論は続けたくないの」

「エラニア、それは君の自己満足にしかならないよ。彼らに結果を示す手立てはないんだ」

「それでもいいのよ。わたしは、自分の知識を高めるために研究している。わたしの人生はそのためにあるんだと思っているの。わたしが得た知識を世に広めて賞賛されることを目的としているのではないのよ」

 文明は高度に完成していて、すでに生産やサービス提供の労働からヒトが解放されてから一万年を越えていた。ヒトは、その人生を、労働ではなく、研究や創作、芸術の表現の場と位置付けていた。エラニアは進化論の完成に人生を捧げていた。そしてそれは名誉を得たいためでなく、純粋に知識を極めたいという欲求によるものだった。

「ぼくの技術では、未来に向かって一方通行の時間旅行しかできない。決して後戻りはできないんだ。君が進化の実験を完成させたとして、それを発表する場は何億年も前になくなってしまっているだろう」

 ケランは現代人ではなかった。

 過去に時間旅行を開発し、その試験として一万年近くの時間をジャンプしてしまい、天涯孤独となったのだ。現代において受け入れられ、研究を完成させて時間旅行を完全にコントロールできるようになっていた。

「多細胞生物が誕生したばかりのこの星と同じ環境の惑星はみつけてあるの。必要なのは時間と観察しつづける手段だけなのよ。この星では、多細胞生物が現れてから、二度の大量絶滅を経て十億年でこの生態系が形成された。その惑星で、うまくいかなければ何度かリセットして、その十倍もあれば、創造主などいなくても、再現されるはず。それを見届けるには百億年観察し続ける手段が必要。あなたの時間旅行の技術が必須なの」

「まあ、きみはそもそも、ぼくの時間旅行技術に興味があってぼくに近づいたんだからな。技術を提供しないと捨てられるのかな?」

 エラニアの翼が、音を立ててピンと広がった。怒りの表現だ。

「ケラン! そんなこと、まだ、言うの?! あなたの技術とあなたとは別よって言ってるでしょ!」

 クゥン。とケランの足元のパロロが、自分が叱られたかのように意気消沈して泣き声をあげた。パロロと視線を通わせたケランは、恋人に謝った。

「ごめん。でもぼくは、ぼくが経験したような思いは、もう誰にも経験させたくない。もちろんきみにもね。自分を知るもの、自分の身内が誰も居なくなった世界にひとり投げ出される感覚は、もう」

「いっしょに、来てくれないの?」

 両手を恋人の右肩に置いて、すがるように見つめるエラニアの視線を、ケランは受け止めようとしなかった。

「ぼくがついて行かないことで、きみを引き留められるなら、ぼくは行かない。ぼくにはもう、仲間がいないところへ行くことはできないし」

 恋人の古い心の傷に触れてしまったことを感じたエラニアは、両手を自分の膝の上に戻し、翼を震わせた。

「このまま、わたし、このまま真実を確認せずに人生を終わるなんて、我慢できないの。あなたの言う通り、自己満足にすぎないことは分かってるわ。科学だと言いながら、得られた知識を社会に役立てるつもりがないんだもの。役立てるはずの世界そのものが無いところへ行って確かめようとしているのだから。それでも!……」

ケランは恋人の左ひざの上の手の甲に自分の右手を重ねる。

「お友達のフェリアさんのように、星々を巡って進化の過程を検証する方法ではだめなのかい? あれならここに帰ってこられる」

 銀河の星々、さらには他の銀河の星々を巡って、さまざまなタイミングの生態系を確認し、それを縦に連ねて進化の歴史を検証する。その方法を選んで宇宙を旅しているフェリアは、エラニアの友人だった。生命が発生している惑星は無数にあり、それぞれ進化のタイミングや分岐が異なる。彼女は今現在のその姿を集めて、歴史として捕えようとしていた。

「フェリアはがんばっているわ。でも今のペースでデータを集めても、研究の完成まで何世代もかかりそうだわ。大勢で彼女の検証方法に参加すれば、今の世代で情報が集まるかもしれない。でもそれに必要な参加者の数を集めるのにも、何世代もかかるでしょう」

 フェリアは自分の子供に研究を継がせるかどうか悩んでいると言っていた。そして、エラニアの手法に期待を寄せ、今回の多細胞生物誕生段階の惑星の情報をエラニアにくれたのだった。しかし、エラニアがやろうとしている観察の結果をフェリアに伝える手段はない。

「ねぇ、ケラン。計画を立てるだけならどう? 実施するにはあなたの協力が必要なんだから、あなたはそれを歯止めにしてればいいわ。計画を検討していて、わたしがクリアできない壁に突き当たれば、あきらめるかもしれないでしょ?」

 エラニアの提案に、あきれたような溜息をついて、ケランは折れた。

「わかったよ。そうだな。いっしょに検討してみようか」

 仲直りしたふたりは、手を取り合ってエラニアのラボに移った。


 ラボは椅子とテーブルがあるだけの白い部屋で、必要な情報はその都度空中に呼び出して表示されるようになっていた。

「もし、きみが生命の進化の状況を確認するとしたら、おおまかには3億年ほど先に進み、霊長類の状況を確認するときには百万年単位。最後に文明を確認するには1万年単位で時間旅行することになるだろう。確認するきみにとっての体感時間は、最初の進化で満足する結果が得られるなら七日程度。百億年くりかえし実験をつづけたとしても十週間程度だ。その間の生命維持装置は、身につけるなりしていっしょに時間旅行する必要がある。それと、実験のために、惑星の環境に手を加え、繁栄した生命を絶滅させて進化をやりなおさせるための装置も」

 ケランが指さす空中には、惑星に小天体が衝突して、生命が滅びる様が表示されていた。

「でも地殻や地磁気に影響を与え続けるような影響を及ぼす装置が必要よね。自分がいなくなったあとの世界に対して」

「ああ、もしも小型の装置を置いていくとしても、毎回使い捨てになる。その機械は、一万年くらいは問題なく作動するだろうが百万年、一千万年ともなると、風化してだめになってしまうだろう」

 拳ほどの大きさの丸い銀色の装置を地表に置くイメージが映し出され、それが風雪や溶岩、海水で壊れていく様子が早回しで表示される。

「使い捨てにするなら、たくさん持っていくか、現地でその都度作るかしなきゃいけないわね」

 悩むエラニアに、ケランは解決策の映像を提示する。

「ターゲットの惑星には、地殻が安定した衛星があるんだったよね。これを改造すればいい」

 クレーターだらけの灰色の天体が表示される。大気がない衛星だ。

「この衛星に装置を置くの?」

「いや、普通の機械じゃだめだ。大気がなく風化しないといっても、重力による崩壊の影響はある。衛星自身の重力もあるし、問題の惑星による潮汐もある。億年単位で機械が正常に機能を維持することはできないだろう」

「だったら無理だって言いたいの?」

 エラニアは眉をしかめてケランを睨んだ。ケランは笑顔でかわす。

「そうじゃないよ。手はあるんだ。衛星そのものを機械として使う。精密機械じゃなく、岩石配置による相互効果を使って、環境コントローラーの部品を衛星そのものに置き換えるんだ。数ミクロンの集積回路を置き換えるのに何トンもの岩石がひつようになるだろうけど、幸い、衛星は十分な大きさがある。拳大の装置の機能は余裕で再現できるだろう。念のための修復機能もつけておける」

「へぇ」

 衛星を改造する過程が表示されるのを見ながら、エラニアは感心して頷いた。

 改造のシミュレーション映像には、経過時間が表示されていて、その改造が数時間で完了することを現わしていた。

「もうひとつ、この衛星には大事な機能を加えなきゃいけない。時間旅行のターゲットビーコンの発信装置だ。きみが宇宙と時間の迷子にならないためにね」

「宇宙で?」

 時間旅行の旅行先の時間を特定する必要性はエラニアも理解していたが、宇宙というのは理解していなかった。

「時間旅行で重要なのは四次元座標だ。時間だけでなく空間座標も必要なのさ。宇宙は膨張しているし銀河は回転している。惑星は公転している。宇宙に絶対的な座標などないけれど、それでも相対的な座標は常に高速で動いていて、単純に時間を三億年飛ばしたら、きみは研究対象の惑星から何万光年も離れた場所にたどり着いてしまうだろう。そして、そうならないための目標を示すターゲットビーコンは、それ自体も時間を遡って到達したりしないから、ルートを案内するためにはずっと発信されている必要があるんだ」

「ふーん」

納得しながら、彼女の翼が緩むように扇型に末端を拡げていく。自分の望みが叶いそうな具体的な情報を得て、ワクワクする気持ちがにじみ出ているのだ。

「楽観視しちゃだめだよ。フェリアさんが公表している研究結果は僕も見てみた。この星とは全く異なる生態系の惑星がいくつもみつかっている。なにも手を加えず放置しても、この星のような進化をたどるとは限らない」

 実際、甲殻類や軟骨魚類から知性を持つものが現れて、文明を育みつつある例も報告されている。

「その傾向が現れたら、リセットするだけよ。手は加えない。手を加えたら『創造主』の存在を肯定したことになってしまうもの」

 彼女にとって、そこは譲れないところだった。

「リセットと言うけれど、それは何億、何兆という生き物を殺すことになるんだよ」

 そのことについて、すでに彼女は自分を許す免罪符を用意していたので怯まない。

「生き物はいずれ死ぬの。食物連鎖や老衰や病や事故で。わたしはそれを天災に変えるだけ。どの生命も数百年後まで生きてはいない。どの種もいずれ滅ぶのよ」

 そう信じなければ、自分の実験観察のために、大量絶滅など起こせないだろう。

 黙り込んだ二人の足元で、パロロが甘えるように鳴いた。有翼犬も、野生のものは絶滅が危惧されている種だ。近い将来、人が飼っている個体の子孫だけになってしまうだろう。

「ああ、そしてもしもきみが未来へ行くなら、最初の時間旅行で行った先の時代には、この星の文明もぼくたちの種も、すべて滅んでいるだろう。きみはその孤独の旅の先で知識を得ようとしている」

「それでいいのよ」

 彼女は「それでいいのか?」と問われる前に言い切った。

「真実を確かめずに死ぬなんて、耐えられないの。そのときに後悔したくないから」

 ケランは返す言葉をなくして、恋人を見つめた。そして、次に口を開いたときには彼は彼女の望みに沿ったことを語っていた。

「きみといっしょに時間旅行する機器類はひとつにまとめて、人工生命体の形にまとめてついていかせるようにしよう。パロロに似せてもいいが、いっそ、ぼくに似せようか。でも、ぼくがついて行ってるときみが勘違いしないように、対話できる自我はつけないようにする」

「いじわるね。……やっぱりいっしょには来てくれないのね」

「時間旅行に必要な機能もそいつに備える。明日までに作っておくよ。きみは、ぼくやほかの友人たちと別れて行くのだったら、友人たちとお別れを済ませておくといい」

 ケランは彼のラボへ行くために立ち上がった。残るエラニアはその背中を目で追う。

「ほんとうに、協力してくれるの?」

 ケランは立ち止ったが、振り返らず、

「きみが、ぼくを居なかったことにしたいことは、よくわかったからね」

と言い残して部屋を出て行った。


 その夜、エラニアは数人の親しい友人に別れの挨拶をした。そして、宇宙の彼方に居るフェリアにも連絡した。超空間の意思疎通で二人の意識をつなぐ。目を閉じて安静にすると、なにもない真っ白な仮想空間の中で、自分の身体と、正面に立つフェリアの身体が認識できた。

「ひさしぶり、フェリア。お元気?」

 フェリアは両手を広げ、背中の翼を扇状に広げて震わせながらエラニアに駆け寄った。

 ふたりは仮想空間の中で両手を取り合った。ちゃんと相手の手の感触があり、温かみも伝わる。

「エラニア! 丁度わたしから挨拶しようとしていたところよ! いよいよこの銀河を離れるの」

 フェリアはあらゆる惑星上の生態系を確認し、そのデータを時系列に並べることで、進化の過程を解明しようとしていた。ついに、この銀河の星を調査し終えて、次の銀河へ移動するというのだ。

「わたしは、あなたが教えてくれたあの惑星で、いよいよ未来に旅立つわ」

 フェリアの表情が固まり、しばし、エラニアが行こうとしている旅を思い浮かべた。そして、表情が溶けてやさしく微笑んだ。

「そう! いよいよ行くのね! わたしよりも遠いところへ!」

「ええ。帰ってこれないけれど。きっと真実を確かめてみせるわ!」

「競争ね。きっとわたしのほうが何億年も早いけれど」

いたずらっぽく笑うフェリアに、エラニアが抱きついて笑った。

 ふたりの笑い声がいつしかおさまり、つないだ両手が少しずつ解かれていく。

「じゃあね、フェリア」

「いってらっしゃい。エラニア。遠い旅の果てに真理がありますように」

 それはフェリアが宇宙に旅立つときに、エラニアが送った言葉だった。

 おたがいの笑顔の残像を残して、意思疎通は途絶えた。


 翌朝、エラニアが恋人との別れの場所に選んだのは、あの池の東屋だった。エラニアに続いて飛び石を渡るふたりのケラン。一方は彼が作った人工生命体だ。そして本物のケランの足元にまとわりつくパロロが高い声で吠える。

 三人はテーブルを囲んでベンチに腰掛ける。

「本当にそっくりね。でも、ちょっと若作りしてるんじゃないかしら?」

つくりもののケランは無表情に聞いている。本物は笑ってこたえた。

「そう言うと思ったよ。あんまりそっくりにして、ぼくがいっしょに行ってると思われると困るからね。そして、ごらんのとおり、きみの言葉は理解しても、ユーモアは理解しないように作ってる」

「どうやって使えばいいのかしら? 時間旅行の設定とか」

 エラニアが真顔になって問いかける。

「すべて口頭でいい。細かい判断や計算は彼がやる。生命維持装置や移動装置も兼ねているから、とにかく彼から離れないように。移動するときは手を繋いで。乗り物はない。きみがもし休憩や研究の整理のために生活空間が欲しい時は、彼に命じれば即座にシェルターを具現化させる。宇宙空間でも溶岩の中でも深海でも、快適に過ごせる部屋を用意できる。時間旅行の指示も、明確に行えばそれなりに、アバウトな指示ならやはり、それなりに実行する。観測も彼に命じれば、結果をまとめてきみに提示する」

「あなたより優秀そうね」

 本物は笑ったが、やはり人工のケランは笑わせられないようだ。

 エラニアは立ち上がった。いつまでもこうしているわけにはいかない。

 立ち上がったケランの腕の中に、エラニアは抱かれ、胸に顔をうずめた。

「ごめんなさい。でも行かないと、わたし、自分の人生を無駄に費やしたことになってしまう」

「わかっているよ。その気持ちは。ぼくも知っている」

 ケランは自分の時代と決別した経験の持ち主だ。

 ケランの腕の中から一歩下がり、エラニアは人工のケランの手を取った。だが視線の先は本物の恋人の涙を湛えた瞳だった。

「さようなら」

「さようならエラニア。自分の目で、満足するまで確かめておいで」

 人工のケランを振り返り、命ずる。

「あの惑星の、生命が居るあたりへ」

 光の粉を残して、エラニアと人工のケランが転移した。パロロが吠える。かがみこんでパロロを抱きあげてなでながら、ケランは空を見上げた。


 エラニアが人工のケランに連れていかれた先は、その惑星の海岸だった。

 海は荒れていて、岩が連なる海岸に大きな波が打ち寄せていた。ふたりはその上空に浮かんでいた。強い風の音がする。空には雲がある。酸素を大量に含む大気があるが、エラニアが呼吸するのに適してはいなかったから、周囲とは隔てられた生命維持のための球体の中にエラニアは居るのだろう。その球体と外の環境の境目は肉眼では見えない。

 眼下の海の中に、小さな真核生物が無数に生きているわけだ。エラニアが望むと、ケランが収集したデータを彼女の眼前に提示しはじめた。多細胞生物も何種か含まれている。進化を観察するスタートラインとしては申し分ない状況だった。

「では、あそこへ。必要な準備をしに」

 エラニアは、空に白く浮かんだ丸い衛星を指さした。時間旅行には、まず、あの衛星を改造しなければいけない。

 今度の転移先は暗い砂地の地上だった。衛星の表面だ。周囲には大気はない。今度は彼女を包む生命維持の球体が青白く光って見えた。空は漆黒の闇で、さきほどまでエラニアが居た惑星が青い姿で空に浮かんでいた。

「きれいね」

 衛星を改造する作業を開始した人工のケランからの反応はない。

 数時間後、改造作業が完了した報告が表示されるまで、エラニアはただただ待ち続けるしかなかった。だから、彼女はその時間を、これまでの人生を振り返ることに費やした。

 まるで悪魔と契約をかわして、知識を得るかわりに命を提供するみたいな気分だ。そういう戯曲をたしか彼といっしょに観に行った。振り返る人生のほとんどは、この数年のケランとの思い出だった。

 準備は終わった。いよいよ時間旅行を実施することで、彼女は数億年後の進化の結果を得ることができ、現世とのつながりを失う。

「あの惑星の地殻をすこし調整して。中緯度に陸地が多めになるように。そして三億年ほど先の地上へ行ってみましょう。陸上に、脊椎動物が上陸していると良いのだけれど」

 もし、別の状況なら、一度リセットしなければならないかもしれない。覚悟はしているものの、大量絶滅を起こしたいわけではなかった。できればなにもせずとも、自然に自分と同じ姿の人類が栄えてくれる未来が訪れてくれればいいのだ。

 準備完了の報告があり、人工のケランが手を差し伸べてきた。

 あの手を取ったら、おそらくその瞬間に、現世とはお別れだ。寒いわけではないが、翼が小刻みに震えた。手をのばしながら、彼女は本物のケランの顔を思い浮かべた。

 さようなら、ケラン。


 軽いめまいとともに、周囲の状況が一変した。

 背の高い緑生い茂る木々に囲まれ、その上には白い雲が浮かんだ青い空。

 エラニアはまず、意思疎通のオープンチャンネルを開いた。もしも彼女のが属した文明の末裔がこの宇宙に居るなら、反応があるはずだ。未練だとは思いつつも、そうせずにはいられなかった。

 応答はない。

 やはり完全な孤独だ。

 その思いを打ち消すように、気持ちを切り替え、生態系を調査し報告するよう人工ケランに命令する。ただちに報告があがってくる。地上に上陸している動物がいる。植物だけではないということだ。それは節足動物だった。海中には、さらに多くの、多様な動物が存在している。脊椎動物は? 魚類が居るようだが、種も少数だ。

 海中も節足動物のものだった。巨大で硬い殻を持った生物たち。そしてほとんどが目を獲得している。

「ほうらご覧なさい。創造主が手を下すまでもなく、光があるんだから、目はできるのよ」

 エラニアは彼女に反論していた学派の面々が悔しがる様子を思い浮かべて溜飲が下がる思いを味わった。だが実際には、彼らはこんなことはしらずに人生を終えたのだ、およそ三億年前に。

 さて、このまま時を進むべきかどうか。このままでは魚類は繁栄しそうにない。脊椎動物が弱いまま、節足動物の世界が発展していくだけのようだ。生命にダメージを与えれば、そのダメージの多くは、今繫栄している者が負うだろう。

 彼女の決定が、この惑星の何億、何兆という生物の命を奪い、多様性を損なう。彼女の実験のためだけに。

 だが、すでに彼女は、この惑星の生命の繁栄に手を貸している。その行為により繁栄した者の陰には、滅んだものも居たはずで、そういう意味では、もう、手は汚れているのだ。

「大陸をいったん高緯度に移動して。火山活動を活発化させて日光を遮って。いったん冷やします。一億年後の海岸で結果を確認しましょう」

 人工ケランは無言で反応し、空の一角を見上げた。衛星の方角だ。すぐに準備が完了したという報告が伝えられる。再び手が差し伸べられる。この手を取ることで、彼女はもう失うような絆はない。だが、この手を取ることは、この惑星で大量絶滅がはじまることを意味しているのだ。

 今度も彼女の翼は震えた。最初のときよりも激しく動揺していた。

 手を取ってしまうと、その震えは、すっ、と引いた。

 もう、後悔しても手遅れだ。彼女は腹をくくった。


 今度は波打ち際の砂浜だった。水平線が広がっていて、砂浜の近くまで巨大な植物の林が迫っていた。昆虫が飛んでいるのが見える。巨大なトンボが数匹、こちらに気が付き飛んでくる。

「ひっ!」

エラニアは怯んだが、人工ケランは「心配ない」とメッセージを送って来た。

 一匹がこちらを捕獲しようと接近し、生命維持の球体境界に触れると、

 ジュッ!

 とトンボの身体が蒸発し、残った羽が四枚、くるくると風に舞って砂の上に落ちた。ほかの数匹も同じように命を落とした。

「ふう。心配ないようね。じゃあ、生物の報告を頂戴」

 エラニアが指示した冷却期間は終了していて、種の数は激減していた。魚類が海中で台頭している。脊椎動物が栄え始めている。そうしてその中には上陸したものもいた。だが、その情報を見た彼女は驚いた。

「え? どうして?」

 肺を獲得した両生類。首のくびれがあり、這うための足がある。彼女が驚いたのは、その足の数だ。

「この生物が実際に居るところに移動して!」

 転移すると、さっきとは別の砂浜だった。何匹かの両生類が水辺を這っている。動きは鈍く、襲ってくるような様子もない。近寄って観察する。

「足が四本しかないわ!」

 彼女が知る陸へ上がった脊椎動物の足は三対六本だ。そのうちの真ん中の一対は、やがて翼に進化し、陸上動物の多くは翼を得る。エラニアたち人類にとっては、すでに退化して飛ぶことはできず、体温調整と感情の表現を行う程度の部位だが。たとえばパロロたち有翼犬は、助走して翼を広げることで、今でも滑空することができる。

「ほかの陸上種はどうなの?」

 報告に上がったものたちはいずれも四肢を備えている。

「魚類のデーターを頂戴!」

 何種かの、陸へ上りそうなものを確認する。ひれの数は十分ある。六肢になっていてもおかしくないのに。

「このままでは、翼がないまま進化してしまう!」

 それはまったく別モノだ。

 さっきの昆虫は、エラニアの星と同じように、上陸してから背中に羽根を得たようだ。ひょっとするとこの惑星では翼ではなく羽根をはやした人類が闊歩するようになるのだろうか。

「リセットよ。一度寒冷化を。あと、海水面を後退させ、今海中にいる三対のヒレを持つ魚類の上陸を促してみましょう。確認のために一億年後へ」

 エラニアは人工ケランの手を取った。


 特に環境を指示していなかったためか、人工ケランは惑星上の同じ位置を選んでいた。しかし、周囲は海岸ではなく、乾燥した平原だった。すでに寒冷は終わったらしく、少なくとも今いる地点はかなりの気温がありそうだった。

 人工ケランが惑星上の生態系をスキャンして報告してくる。エラニアの眼前に報告の表示が浮かぶ。

「四肢の単弓類? もう、四足の哺乳類が誕生してしまう」

 一方で六肢の陸上脊椎動物の報告はない。

「だめだわ、もっと大掛かりにやり直さないと! 徹底的に冷やしてしまうの! この大陸は砕いて! 火山の噴煙で陽の光が地表に届かないように! もう一億年移動して」

 翼を大きく広げて、エラニアは激高した。そして、深く考え直す時間もないうちに、人工ケランのてを取った。

 その瞬間、命の悲鳴を聞いたような気がして、背筋が凍った。今自分は、感情のままにこの惑星の生命のほとんどを滅ぼしたのだ。いや、今ではない、すでに一億年ほど前なのか。後悔は遅い。

 そこは大洋の上空だった。水平線に囲まれている。

「陸地に移動して。報告を」

 命じると、乾燥した大地の上だった。昆虫ではないものが空を飛んでいるのが遠目に見えた。興味を持ったのが伝わったのか、最初にその生物のデータが報告された。

「翼竜? いえ、鳥類なのね。でも、足が……そうか、四肢の前足が翼になってしまったのね。かわいそうな鳥たち、この惑星の鳥には、かわいい前足がないんだわ」

 それは彼女の価値観だったが、彼女が知るものに比べ、足が足りないそれは、あるべきものを失ったもののように見えた。彼女は一瞬、両腕が無い人類を想像して身震いした。いえ、そんなことになるはずはない。足りなくなるとすれば、それは翼。手は生き残るのに必須だわ、と思い直し、報告を確認する。

「恐竜が台頭している。哺乳類は……まだ栄えそうにないわね。でも」

 足の数が異なるというだけで、この進化の過程は彼女の星のものと一致している。

「小惑星?」

 報告によると、彼女が起こしたもののあとに、小惑星の衝突による絶滅が起きている。

 この、彼女の知る世界と同じ状況は、その結果だということだ。

「創造主の意思? いいえ、そんなはずが」

そんなものが居るなら。彼女の所業を放置しているはずがない。

「もうすこし、このまま見てみましょうか。八千万年ほど先へ」

 哺乳類の進化が十分に進んでいたら、恐竜を滅ぼすのは彼女だ。彼女の星でも起きたように。それをなぞることには、罪悪感がなかった。


「これなら、想定どおりね。進化の歴史は、ちゃんと繰り返されている」

 翼を除けば、彼女が望んたとおりのことが起きていた。

 おそらく、もう、この哺乳類たちは翼を得ることはない。だが、どういう人類が現れるのか、どこまで自分たちに似ているのか、そこまで見てからのリセットでもいいのではないか、と彼女は思った。だが同時に、自分の考えが怖かった。そのリセットは、殺人ではないか。何億もの人類に対する。

「生き物をあれだけ殺しておいて、今更なにを善人ぶってるの」

 とにかくこの先を進めるのだ。

「小惑星を誘導して。衝突による寒冷化を起こして。その後は基本的に温暖化を。五千万年後に結果を見に行きましょう」


 次の時代、彼女が目にしたのは哺乳類の台頭だった。霊長類も出現している。哺乳類は翼を持たない。さらに、鳥たちは前足を持たない。このあたりから、彼女は時間旅行の間隔を縮めることにした。あまり大きく飛ばしてしまうと、文明の発生から終焉までをまたいでしまうかもしれないから。

 五百万年が百万年、五十万年となり、人類らしきものが現れ、衣服と道具が見られるようになって一万年単位にまで縮めた。

 当然、滞在時間は短くても回数が増えることで、体感時間は伸びることになる。途中、シェルターで睡眠を六度取り、彼女にとっては七日目になった。

 集落やある程度の建造物を目にした次も時代、この惑星の様子はがらりと変わっていた。

 彼女が現れたのは砂丘の上だった。

 海の方を見ると、斜面は絶壁のように急で、真下の波打ち際には狭い砂浜が広がっていた。陸の方はというと、すぐに砂丘は終わっていて、さまざまな色と形の建造物があった。遠方にはかなり高い建造物もある。また、道路があって、内燃機関を持つらしい四輪の車両が走っていた。ある程度の機械文明が広がっているらしい。

 エラニアは、自分たちのすぐ近くに人間が立っていてこっちを見ていることに気が付いた。衣服を着ている。若い男女のようだ。男が前に立つようにしてこちらに対して身構えている。

 まるでこちらに害意があって、それを警戒しているかのような風情だ。

 あ、そうか。この男にとっては、エラニアと人工ケランは、ここにいきなり現れたように見えたのだ。そしてもうひとつ、雨がふっていることにエラニアは気が付いた。人間の男女は雨に濡れている。エラニアたちは生命維持の球体に守られていて雨を浴びていない。この人間たちには奇異に映ることだろう。

 人間の男が、なにか声を発した。言葉らしい。

「この個体たちに危害をあたえないように。男の言語を学習させて。会話がしたい。あちらの言語やこの文明に関する知識を吸収してわたしに渡して」

 命じられて、人工ケランが前に進み出る。人間の男女も生命維持球体の内側に入るが境界での排除は行われなかった。ケランが男の手に触れ、記憶の交換を行った。だが、男の脳は、その記憶の流出に耐えきれなかったようで、電気に撃たれたように倒れてしまった。女が彼を抱きかかえ、エラニアたちに向かってどなっている。

 自分の近くに戻って来た人工ケランと接触して、男から得た知識をエラニアも得ると、女の言葉が理解できた。女はケランに怒鳴るのを中断して、腕の中の男に呼びかけていた。

「雅史! 雅史! 大丈夫?! わかる?!」

 男が意識をとりもどした。

「あ、ああ、大丈夫、大丈夫だ」

 男はそう言ったが、女はまるでそう受け止めていないようだった。

「あなたたち! どういうつもりなの! 彼に何したの?!」

 エラニアは、彼らの言葉で話しかけた。

「怪我をさせるつもりはない。あなたの頭脳が知識の受け渡しに耐えきれなかったようだ」

 男が起き上がりながら答えた。

「あ、いや。解ってる。大丈夫だ。痛かったわけじゃないから」

「おかげで、こちらが知りたかったことは知ることができた。もしもあなたが知りたいことがあれば答える」

「え?」

男は不思議そうな顔をしたが、思いついた質問を投げかけた。

「あ、あんた、どこから来た? 宇宙人か?」

 該当する概念がないと、言葉がわかっても意図する質問は理解しにくかった。男から得た記憶をもとに、なんとか言いたいことは理解した。

「過去から来た。この惑星ではない星から。タイムトラベルを繰り返し、観察していた」

「し、侵略でもするつもりか?!」

 男はまた、攻撃を想定するかのように身構えている。

「そんなことはしない。わたしの種族と同じ種があらわれるかどうか、観察していた。そして、あなたたちは、わたしたちとは違う」

 男は、彼女の背中の翼に気が付いた。

「天使?」

 男がそう言ったのも無理はない、とエラニアは思った。男の記憶にある天使の姿はエラニアの種族に酷似している。想像上の産物なのだろうけれど。

 エラニアは、人工ケランに次のリセットを指示した。

 そして人間の男の方を振り返る。

「あなたを怪我させないという約束は守るが、この惑星でわたしは自分の種の出現を再現する実験をしている。あなたたち人類は失敗だ。やはり脊椎動物上陸の時点でもっと根本的にリセットすべきだった。あなたの寿命が切れて十分な時間がすぎたころ、今から五百十四年後に、三つの天体を衝突させてこの惑星の生命をリセットする。もう一度海から、進化をやり直させる」

「させる、ってそれ、滅ぼすってことか?!」

「あなたを殺すわけじゃない。じゃあ」

「じゃあって、どこへ行くんだよ!」

「そうね、とりあえず一万年後にタイムトラベルする。衝突の結果が十分か、確認するために」

 エラニアはケランに手を伸ばした。あの人類を滅ぼしたことに後悔はない、と自分に言い聞かせて。


 転移した先は、陸地の上空だった。

 眼下には緑が広がっていた。

 小惑星の衝突で、舞い上がった塵によって日光が遮られ、生命が大地から消える、はずだったのに?

 人工ケランから報告があった。

 衛星が機能を失っていて、誘導ビーコンは地表から発せられたものだと。

 目の前にひとりの人物が現れた。転移してきたようだ。人工ケランと同じデザインの服を着た男性で、背中に翼が生えている。宙に浮いているのは、その翼で飛んでいるわけではなさそうだ。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

彼の言葉は、あの、砂丘の上で会った雅史という男性が使った言葉だった。

 案内された先は、池がある庭園だった。池のほとりのベンチを勧められる。あの東屋を思い出すような風景だ。

 座ると、男は斜め前に座って、語り始めた。

「小天体の衝突は回避いたしました。あなたが話をした人物、マサシ・ヒロダは、あなたに合った後努力して、人類全体に影響力を持つ地位まで上り詰めて、あなたのことを公表しました。人類は五百年で衝突を回避し、同時に、一万年後、再びあなたに滅ぼされないよう努力しました。月にある装置を理解して、その働きを止め、自らの遺伝子を操作してあなたの種族の姿を得た」

彼は背中の翼を小さく羽ばたかせて見せた。

「どうでしょう。もう実験はおやめになって、平和にわれわれの中で過ごされませんか?」

 まさか、あの青年に告げた言葉とあたえた五百年ほどの猶予で、こんなことにまでなるとは。エラニアは後悔したが、不快な後悔ではなかった。重荷が降りたような爽快感もあった。衛星のしくみは暴かれてもう機能しない。時間旅行のビーコンはなくなってしまった。この惑星での実験は、もう続けられない。それにしても、遺伝子操作とは。

「わたしの証明は失敗したということね」

 人工ケランを振り返ってそう話しかけると、それが命令だったかのように、人工ケランが反応して立ち上がり、なにやら機能を起動させはじめた。ほぼ同時に、向かいに座っている有翼地球人の男性が、エラニアの肩越しに彼女の後方を見ながら言った。

「おや? もうおひと方いらっしゃるのでしたか」

え?

 覚えのない言葉に後ろを振り返ると、一人の男性が歩いてくるところだった。大きな有翼犬を従えている。

「ケラン! ど、どうしてここへ?!」

 本物のケランだ。だが、数日前に別れたときにくらべ、年齢を重ねているようだ。

「きみが種の再現をあきらめたらターゲットビーコンを発するようにしていたんだが。成功したのかい? へんだなあ」

「あなた、歳を取ってるの? それにターゲットビーコンって」

 長期間発信しつづけた先でないと捕まえられないんじゃ、と続けるつもりだったが、ケランに抱きしめられて、続けられなかった。

「ああ、発した時と場所にピンポイントで飛べるように研究を重ねたおかげで歳をとってしまった。それにしても、人工生命体には、きみが失敗を認めたときにビーコンを発するようにプログラムしておいたのに」

「失敗よ、失敗。聞いてよ、インチキなのよ、これ。この人たち、遺伝子操作なのよ。衛星も乗っ取られちゃって、だから失敗」

 地球人は、彼女の不満を、得意げに、にこやかに聞き流していた。

「なーんだ、きみが自説を曲げてくれたと思っていたのに」

「ええ、もう、証明しようなんてしないわ。もう会えないと覚悟していたあなたにも再会できたし。それに何度も大量絶滅をさせて、最後に彼らがそれを回避してくれたときに、救われたって思えたの。もうやりたくない」

「それはよかった。その気持ちはよくわかるよ。じゃあ、安心して答え合わせだ」

「答え合わせ、って?」

「ぼくは、きみたちの時代の一万年前の人間じゃない。十二億年前から来た」

ケランの言葉にエラニアは思い当った。

「あなたを『居なかったことにしたいのか』っていう、あの言葉は、そういう意味だったのね」

「ああ、でもきみが人生を掛けてる学説を、単なる言葉で否定することはできないと思ってた。ぼくが、きみたちの創造主だ。きみと違って、ぼくはかなり悪どく種の贔屓をくりかえした。そうでもしないと、自分と同じ有翼人種は再現できそうになかったからね。単なるリセットじゃ到底到達できないし、フェリアの方法でも証明はできないだろうね。多分ぼくの種族も、だれかが作ったんじゃないかと思っている。きみが嫌いな連中と同じ考えで申し訳ないけどね」

年齢を重ねても彼は変わっていないようだ。

 ワン!

と、それまでおとなしくしていた有翼犬が吠えた。

「あなた、パロロなのね! 大きくなったわねぇ」

 犬の首に抱きついて、いじわるな恋人への罰を思いついたエラニアは、再会の最初のキスを、恋人よりもその犬に優先したのだった。


        了

いつもの年は正月になってから慌てて短編を書きあげて応募してましたが、今年は応募しませんでした。春の長編には応募したいところです。

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