第408話 都市内でのスタンピード
深い穴の向こうには、更に石造りの空間が広がっていた。だが今までの地下道とは違い、異様な雰囲気に包まれている。周りの岩の表面に、黒い根っこのような物がこびりついているようだ。
「なんだろ」
「警戒するべきだろう」
二人はあたりを警戒しつつ、その空間を進んでいく。すると床にも、その黒い根っこが張り巡らされ、その密度がどんどん上がっていった。
「まるで、血管みたいだ」
「……」
不気味な雰囲気に、アンナが集中し言葉を発さなくなる。そして俺の感覚にも、違和感が感じられた。するとアンナが、手をかざして歩みを止める。そして、その異変は、俺の耳にも届いて来た。どうやら、魔獣の唸り声が聞こえてきているらしい。
これは……。
俺は気が付いた。この臭いは……邪神……ネメシス。
「アンナ。危険かも、これネメシスの臭いがする」
「そうか……」
足音を忍ばせて、じりじりと進むと洞窟のような入り口が見えてきた。間違いなく、魔獣の唸り声はあの奥から聞こえている。この異臭は、間違いなくネメシスの物だ。トリアングルム国で戦った時の、あの嫌な臭い。
「これは……」
アンナがピリピリしている。
「戦わないで、確認だけしていこう」
俺の言葉に、アンナが頷く。
洞窟をゆっくりと進んでいくと、突然広い空洞に出た。
「都市の下に……こんな場所が?」
「あり得ん……」
そのまま進むと、崖だった。俺達が、下を覗き込んだときに愕然とした。
「な……」
そこには、無数の赤い点がひしめき合っていたのだ。密集しており、荒い息を吐き続けていた。
「あれ……全部……魔獣……?」
「そのようだ」
「多すぎる……マズいね。なんで、都市の下にこんなものが」
「わからん。わたしも見たことがない……確認しよう」
下に降りず、壁伝いに回り込んでみる。こんな数の魔物をどうやって、都市の下まで運んだのか?
「聖女。あれを見ろ」
魔獣達の中心には、祭壇のような場所があり、そこにバカでかい肉片のような物があった。
いや……肉片じゃなく、脈動している?
「何あれ……デビドもいる……」
その周りには、デビドや教会で見た痩せた長身の男もいた。さらに数人の異教の服を着た人間がいる。その前にある台座には、小さなグレーの狼が横たえられていた。
すると一人の異教の服を着た奴が、その手の尖った器具のような物を巨大な脈打つ肉片に差し込んだ。すると一瞬、肉片が膨らみ、尖った器具を抜き取ると黒い液体がしたたり落ちる。
「あれ……ネメシスの血じゃない?」
すると、その尖った器具を、グレーの狼の口に差し込んだ。その狼は、じたばたともがき始めながら、少しずつその体を大きくしていく。
「うそ……アイツら……小さい魔物を連れて来て、ネメシスの血で強化してるんだ」
「……それなら、小さな馬車でも運び込めるだろうな」
すると、ひょろりとした背の高い男の声が聞こえて来る。
「邪神様のしもべよ! 祭壇から降りて仲間の下へ並べ!」
大きくなった狼は目を赤く光らせ、大きくなった体をのそりと持ち上げる。ゆっくりと足を動かして、他の魔獣達のところへと並んだ。するとその狼が、スンスンと鼻を鳴らした。
俺とアンナは慌てて顔を引っ込める。
「臭いを感じたかもしれん」
「出よう。こりゃマズい」
俺達は四つん這いになりながら、後ろに下がる。中腰になって、そろりと入り口の方に向かった。
ドドドドドド!
振り返れば、下からの道を魔獣の大群が登って来るところだった。
「走れ!」
アンナの掛け声に、俺達は一目散に洞窟の入り口に飛び込んで走る。そして俺達は、ようやく悟った。この根っこのような黒いものは、侵入者を感知するための物だと。
「アイツら、人が入って来た事知ってたんだよ!」
「招き入れられたのか!」
俺はすぐに、二人に身体強化をかける。
「脚力上昇、脚力最上昇、筋力増強!」
二人のスピードが上がり、最初の穴の通路に飛び出た時、領主と騎士達が俺達の後をついて来ていた。
「魔獣の大群が来てる! 逃げて!」
「なんだと!」
「脚力上昇! 脚力最上昇! 筋力増強!」
俺は領主と騎士達にも身体強化をかける。
「走って!!」
ドドドドドド! 遠くから、魔獣達の足音が聞こえてきた。
「わ、わかった!」
俺達は一目散に出口に向かい、水路を飛び越えた。
そこで、俺が領主に叫ぶ。
「あれは地上に出る! 市民達を! 一人でも多くの市民を逃がして!」
「わかった! 君らは?」
「ここで時間を稼ぐ!」
「すまん! 生きて戻れ!」
領主と騎士達は、出口の方面に走り抜けていった。そして俺達は振り返り、魔法の杖を水路に向ける。最初の魔獣が水路に飛び込んだ瞬間。
「ライトニングボルト!」
ピシャア! 水路に強電圧が流れて、魔獣が失神したように水に浮かぶ。次々に飛び込んで来るので、俺は次々に魔法をかける。
「ライトニングボルト! ライトニングボルト!」
「積み上がってきた! 乗り越えられる!」
「行こう!」
俺達はそこから、一気に入り口の階段を駆け上がった。部屋に出て、あたりを見回すと棚がある。
「アンナ! そっちもって!」
「わかった!」
二人で棚をずらし込み、地下に進む階段の入り口にそれを倒す。
「結界!」
ドン! ドン! ドン!
下から打ち付けて来る魔獣の力で、いつまでも持たないとわかる。
「出よう!」
アンナに言われて、俺はその部屋を出てドアを閉める。
「結界!」
ドアにも結界をはり、そのままその建物を飛び出る。既に騎士達が周辺に声をかけて、市民達が慌てて走っているが、半信半疑で、のんびりしている人間もいるようだった。
「ダメだ! みんな! 逃げて!」
俺達も声をかけつつ、走るしかなかった。すると俺達の後ろでは、裏町の元締めだった家を破壊して、魔獣達が飛び出て来たのだった。
「魔獣だー! 逃げろ―――!」
ようやく、事の重大さに気が付いた市民達が走り出す。
俺は振り向いてプカリと雲を浮かべて、市民達が逃げるのを待った。そこに、魔獣の一団がこっちの方に向かって来る。
「サンダーボルト!」
ピシャアアアアア! 直撃を受けた魔獣が焼け焦げるが、後から後から出て来る。
「数が多い! 聖女! 走れ!」
俺はアンナに言われて、とにかく一目散にその場所を離れた。
「あいつら! 都市の真ん中にあんなものを呼び込んで!」
「今は、仕方がない! そのままギルドだ!」
「わかった!」
俺達は逃げ惑う人達をかきわけて、冒険者ギルドに駆け込んだ。
そこでアンナが言う。
「色街から、魔獣があふれ出た! すぐに冒険者をやった方がいい!」
「な、なんですか?」
アンナがつかつかと窓口に行き、受付嬢の前に冒険者プレートを出して見せた。
「特級冒険者の権限で言う! 魔獣が来るぞ! すぐに討伐の用意だ!」
ようやく目が覚めたように、ギルド嬢が叫ぶ。
「ギルマスを! 冒険者のみなさん! 協力してください!」
そんな事をしているうちに、街中で悲鳴と破壊音が聞こえてきた。表に出た冒険者が、エントランスに向かって叫ぶ。
「魔獣だ! 本当だ!」
それを聞いた冒険者達が、武器を手にして次々に飛び出していった。
そこに、ギルマスが来る。
「魔獣だと!」
「もう街にあふれている! 戦えるものは全員戦え!」
「分かった!」
ギルドマスターも剣を持って、外に飛び出していく。外に出ると、あちこちから戦う音が聞こえた。
「めちゃくちゃだ……」
「どうするか?」
「一旦、みんなと合流しなくちゃ」
「わかった」
そして二人は、人々が逃げ惑う町を走り正門に向かって行くのだった。




