第395話 敵地での情報収集作戦
交易都市アンパル。東スルデン神国とズーラント帝国の国境沿いにあり、アルカナ共和国の国境にも近い場所。東スルデン神国の領土ではあるが、友好国の二国はこの都市に自由に出入りできるようになっている。どちらの国の商人も市民も入り乱れており、ラクダと馬の間のような動物が荷馬車をひいていた。
そして俺達はヒッポの馬車を深い森に隠して、バラバラにその都市にやってきた。シーファーレンの魔道具で正体を隠し、敵を攻略するために潜入している。
「みんなは潜り込めたかな」
「シーファーレンも、ソフィアも、アデルナもなかなかのもんだ。間違いなく、入り込んでいるはずだ」
「だよね、アンナ」
そもそもが、俺とアンナとソフィアとシーファーレン以外は面が割れてない。それでも魔道具で変装しているが、派手な動きをしないようにと命じている。
「ルクスエリムの諜報の情報は間違いないようだ」
大きなギルドがあって、その向かいにこれまた大きな酒場がある。しかし、ルクスエリムの諜報はそこで捕まりかけたと言っていたので、そこにはいかない事にする。
「敵地だからね。とにかく、敵を確認する事に全力を尽くすしかない」
「そうだな」
何食わぬ顔で、ギルドと酒場の間を抜けていく。アンナが周辺を良く観察し、俺も人の様子を確認した。普通に市民が居て、人の行き来が多い。ここで戦いが始まったら、大勢の人が死ぬだろう。
「災いは……多分、ネメシスの使徒には利かない。間違いなくこちらの仕業だとバレる」
「とにかく見つけるしかない」
「ただ、仲間達の命を守る為なら、その時は……」
「ああ。やるしかない」
通りを歩いていると、向こう側から変装しているソフィアチームとすれ違う。目配せをチラリとしたが、ソフィアたちも俺達をチラリと一瞥して通り過ぎた。固まってしまえば、直ぐに怪しまれてしまう。どこに、デビドやガジの手下がいるか分らん以上は、俺達がこの都市で集まる場所などない。
「リンクシル……ソフィアを頼むよ」
俺はボソリと言う。
俺達はその足で、この都市の領主邸の方向へと向かった。大きな建物なので、迷うことなくそこに来ることができた。
「でかいね」
「栄えているのだろう」
「ぐる、だと思う?」
「さてな。それは、これから分かるだろう」
「だよね」
俺達は、領主の屋敷を横に見ながら、そのまま迂回するように歩きだす。すると市場が見えて来て、そこで買い物をしているシーファーレン達のチームを見た。どうやら、ミリィが値引き交渉をしながら何かを買っているらしい。チラリと目配せをしあいながら、通り過ぎる。
「よし。あとは、アデルナのチーム」
「だな」
市場を過ぎて、俺達は色街とよばれる歓楽街に向かう。ここが、一番の敵の温床になっているらしい。このあたりに来ると、今までの町の雰囲気から、怪しい雰囲気になって来た。
ガラの悪い男らが、出入りしてる。こいつらの中にも、デビドかガジの一派が居るかもしれん。
街の入り口で、アデルナ班がいて俺達と通り過ぎざまに、何かをぽとりと墜とした。スッとアンナがそれを拾い、なにごとも無かったように通り過ぎる。
それはヴァイオレットが記した紙だった。
「なるほど」
「娼館、月の海月」
「流石、アデルナ」
「じゃあ、夜を待つか」
「そうしよう」
俺とアンナは、色街を離れる。こんなところに、女二人でいたら絶対にろくなことはないだろう。この危険地帯で、奴らの居場所とアジトを全て暴く第一歩をアデルナが掴んでくれた。いままでは一方的に、俺達がネメシスにやられてきた事だが、こちらが何処まで敵を掌握できるかが鍵になる。
「さてと、ここからが大変だ」
「だろうな」
俺とアンナは、駆け出し冒険者が泊まるような安宿に入り、直ぐに部屋を一つとった。ぼろぼろだし、もちろん風呂など無いが、なかなかうまそうな匂いのする食堂がある。
「じゃ、アンナ。きっとみんなもそれぞれ、ご飯を食べる頃だ。私達も食べよう」
「そうしよう」
「このあたりの名物が何か知らないけど、しっかり腹ごしらえしよ」
「ああ」
特にアンナはめちゃくちゃ食べるので、新人冒険者が止まるような安くていっぱい食わせてくれる店の方が自然だった。俺達以外は、中堅以上の宿に泊まるように言っている。シーファーレンやリンクシルは何とかするだろうけど、他は戦闘力が低いから安全な宿に泊まる必要がある。
席に座ると、直ぐに店の子が来た。
「なににする?」
「店のおすすめを適当に」
「あいよ!」
俺達は夜の作戦に向けて、しっかりと腹ごしらえを始める。ここの料理は、また独特でどこか前世で言うところの中華に似ていた。何か肉まんのような物や、麺類があるようだった。
「変わってるね」
「国によって料理は違う」
「アンナはいろんなとこ行ったんだ?」
「強い魔獣がいると聞けば、足をのばした。この辺にはいないがな」
女の子が料理を持って来たので、俺は気さくに声をかける。
「そのペンダント可愛いね」
「あ、はい! これは、このあたりの名産で」
見る感じではベッコウ飴のような感じだが、丸くてつるつるした素材をぶら下げている。
「琥珀?」
「はい。そうです」
「お土産屋で買ったの?」
「いえ、もらったんです。お父さんから」
「そっか、良いお父さんだ」
「はい!」
また料理が並び、アンナがバクバクと食べ続けている。相変わらず、良い食いっぷりだ。これがこの体を維持している。今日の夜の作戦のために、ここでひたすら食って部屋で筋トレになるだろう。俺もウォーミングアップに付き合って、多少、体を動かす準備をする必要がある。
するとそこに、若い冒険者達が入って来た。
「いらっしゃい!」
「あ、いつもの!」
「あいよ!」
そして若い冒険者が座り、飯を食い始めた。
「なんかさ。最近ゴブリンとかいねえよな」
「といっても、俺達じゃ奥まで入れねえしな」
「薬草じゃ、あんま金なんねえからなあ」
「ギルドでも、討伐依頼が減ってるよなあ」
「まあ、仕方ねえさ」
「まあなー」
俺とアンナが、目を合わせる。ちょっとした変化があるという事は、何らかの原因があるという事だ。使徒の一人ドペルが、ワイバーンを使役していた事もある。魔獣に異変があった事は、ネメシスの使徒の影響も考えなければならない。新人冒険者の話に聞き耳を立て、俺達はしっかりと飯を食うのだった。




