第389話 敵国に第五の災いを
前線の騎士団は、今か今かと待ちかまえていたようだった。俺達が降り立つと同時に、フォルティスとマイオールとルクセンが一気に駆け寄って来る。
「聖女様!」
「戻りました」
フォルティスの大きな声が鳴り響き、周りの騎士達が息をのむ。
「どうなりますか!」
「和平です」
それを聞いた騎士達がざわついた。もちろん、攻め入ろうと意気揚々としていた騎士もいるだろうし、安堵の声を上げる騎士もいる。そんな中で、大将たちは難しい顔をしている。
もちろん、思惑もそれぞれだろう。
「聖女様! 天幕へ! マイオールは、騎士達に伝達!」
「は!」
そうして俺達は天幕に入る。直ぐにフォルティスが言って来た。
「どんな感じでしたか?」
「団長の知恵をお借りしたとおりです。王宮は二つ返事でした」
「まあ……複雑な心境ですな」
それはそうだろう。自分の率いる軍団が、敵国を制圧するところまで来ているのだ。ここで敵を制圧すれば、フォルティスは国を上げての英雄になるだろう。だが、この男は和平を選んだ。この国の男連中は全員嫌いだが、コイツのまともな判断と漢気だけは認めねばなるまい。
「ですが、東スルデン神国がどう出るかは分かりません。こちらの、伝令を受け入れればよいのですが」
「そうですな。敵の後ろにはあの邪神が居るかもしれません。人の道理が通用するかどうか」
「ええ。ですので、それに関しては私の策をすすめましょう」
「七つの災いの五からですか」
「ええ。七に移るタイミングで、和平を切り出すのが効果的かと」
「おっしゃる通りですな」
「ここまでの労力を無駄に出来ませんから」
そう言って、そこにいる皆が満場一致で納得した。
「では、準備をします」
「は!」
そして俺達、聖女チームは準備のための大部屋に籠った。
「じゃあ、次のやつやるよ」
「はい」
シーファーレンが用意した、結界で囲われた大きな箱を横に置く。そして俺が金たらいに、水魔法で水を放出した。
「では」
聖女の一団、十二人がノミをもってテーブルにつく。テーブルの中心には、魔法陣が書かれた紙が置いてあった。 金たらいから、こぶし大の水が浮かび上がり、それが瞬間で氷になる。
コロン!
テーブルに転がったそれに、ヴァイオレットが見よう見まねで魔法陣を刻んでいく。
「こんな感じで?」
「問題ありません」
出来たシーファーレンがそれに魔法をかけると、魔法陣の形が整っていく。
「おお!」
そしてそれを結界のかかった箱に入れた。
「では、次々行きますよ! 皆さん彫ってください!」
コロン! コロン! コロン! コロン!
カリカリカリ! 皆が魔法陣を掘り出した。ただ必死に、ひたすら彫り続ける。次々に氷の塊に刻んでいき、それがどんどん結界の箱に溜まっていく。その結界の箱には、元より魔法がかけられていて、冷凍の機能が備わっているようだ。
「もういっぱいです」
「では蓋を」
ガパン! と蓋をはめて、シーファーレンが封印した。
「では、次の箱に」
「「「「「はい!」」」」」
同じ作業を繰り返して、箱をいっぱいにしていく。その作業を繰り返して箱が四つになった時、シーファーレンが俺に言う。
「では、聖女様。ここからは、聖女様だよりです」
「えーっと、どうすればいいの??」
「魔力放出の方法をお教えします。魔法の行使ではないので、少しコツがいります」
「あ、そう。じゃあ教えて」
するとシーファーレンが深く頷き、俺の後ろに回って耳に囁く。
「いいですか?」
フワリと良い匂いがした。そしてシーファーレンが俺に体を寄せて、ギュウっと抱きしめて来る。豊満なオッ〇イが、俺の背中にしっかりと押し付けられた。
うわ……やわらけえ。なにこれ。
「リラ―ックス。リラーックス」
シーファーレンがそう言うけど、出来ねえ! 俺にイチモツがあったらとんでもない事になってる!
「り、リラックス」
「そう、リラックスです」
いやいや。耳元で囁かないで、全身に鳥肌が立つんですけど。思わず振り向いて、チュウしちゃいそうなんですけど!
「リラックス……」
だんだんと体が熱くなってくる。リラックスどころか、興奮して体が……反応しちゃう。
「ま、まって。リラックスが難しい」
「そうですか……では、自分に癒し魔法をかけてください」
なるほど、それは俺にしかできないか。すぐに自分に癒し魔法をかけると、多少興奮が収まってきた。そしてシーファーレンが、俺の両手の甲
「あ。ああ、はい」
すると、なんとなく俺の魔力が見えた気がする。
「それを、手の先から箱に注ぐようなイメージ。魔法は行使しないため、力をぬいてください。私が体をお支えします」
「わかった」
完全に脱力するが、シーファーレンはしっかりと抱き留めてくれる。すると、ボワンと手の先から白い光が出てきた。それがドライアイスの煙のように、箱に降りかかっていく。
「いいかんじ……そのまま」
ああ……ぞくぞくする。
そしてそのまま魔力を放出し続けて、四つの箱がドライアイスの煙のようなもので包まれた。
「では、私が定着させます。流石は聖女様の魔力です! 膨大過ぎるほどです。魔法の効果が何倍にも跳ね上がる事でしょう」
「そ、そう? よかった」
「では、騎士達に頼んで運び出させましょう。重いですから」
「あ、そんなに?」
「はい」
そしてミリィに頼み、マイオールに伝えさせに行く。すると騎士がぞろぞろと部屋に入って来たので、シーファーレンがそれをヒッポのところに運ぶように伝えた。
「は!」
マイオールが一人で持とうとするが、少しずれただけでびくともしない。
「むぐぐぐぐぐ」
「聖女様。身体強化を」
「筋力増強」
スッ!
「おっ!」
そして俺は全騎士に魔法をかけて、氷の箱を運び出させたのだった。それをヒッポの馬車に固定して、シーファーレンが言う。
「まもなく陽が落ちます。出発の準備を」
「はーい」
俺とソフィアとアンナ、そしてマグノリアが準備をして馬車に乗り込む。シーファーレンがニッコリ笑って、俺に言った。
「では、仕上げに参りましょう」
「わかった」
夜の空にヒッポが舞い上がり、地上がどんどん遠ざかっていく。するとマグノリアが言う。
「ちょっと重いみたいです」
「なら、なるべく高度をとってゆっくり進みましょう」
「はい」
しばらくすると通いなれた、東スルデン神国の聖都が見えた。そこでシーファーレンが言う。
「アンナ様。箱の底に付いた鎖を引っ張ってください」
アンナが扉を開けて身を乗り出し、鎖を引き抜くと一つ目の箱から、氷の塊が落ちて行った。
また場所を移して、氷の鎖を解き放ち氷を降らせる。四つの箱を全てふりまくと、軽くなったことでヒッポの飛ぶ速度が速くなった。
地面が暗くて何が起きているか分からない。
「シーファーレン。これで、成ったの?」
「はい。完了です」
それを聞いた俺達は、そのまま真っすぐ前線基地へと舞い戻るのだった。




