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第381話 血みどろの甘い呪い

 ネメシスの気配を感じながらも、東スルデン神国への嫌がらせは続けた方がいいという結論になった。先に予定している第七夜には疫病が流行り、東スルデン神国が滅びるというストーリーになっているが、もちろんそんな事にはならない。だってそんな力ないし。だから、第七夜までには、どうやって軍隊を侵入させるかを決めなければならかなった。


 俺はフォルティスに対してその旨を話している。


「フォルティス団長。今のところ敵国に動きはありませんか?」


「動揺は広がっているようですがね。まだ敵兵は陣形を崩してはおりません」


「王都が、大変な事になっているのですけどね」


「第三夜はいつ?」


「今宵の予定です」


「ゴキブリに鳥の糞。それを聞いただけでも痛快ですけどね」


 いやいや。めちゃくちゃ精神が削られてますけど。


「次の嫌がらせも、なかなかに嫌だとは思います」


「そうですか、既に間者は動いているんですよね?」


「そのはずです」


「敵に動きがでましたら、直ぐに動く用意は出来ております!」


「では、お願いします。じゃあ、アンナ行こうか」


「わかった」


 そして俺達は、敵地に作った駐屯地の司令塔を出る。騎士達は臨戦状態になっており、いつでも動けるようにしているようだ。ただじっとしているように見えるが、それはそれで精神が削られるだろう。


 俺は魔法の杖を掲げて、待機している騎士達に言う。


「皆様に。女神フォルトゥーナの加護があらんことを!」


「「「「おおお! 聖女様!」」」」


 俺の声で士気が上がる。こいつらには、クラティナとシーファーレンが作った、特性回復薬を配っているので万が一は直ぐに治癒出来る。だが敵地で不毛な時間を過ごすのは、ストレスがかかるだろう。


 嫌だけど、一言ぐらい声かけとかないと、と思って声がけした。


 するとアンナが言う。


「珍しいな。男に気を使うなんて」


「いざという時に役に立たなければ、どうしようもないからね」


「それは……そうだな」


 そのままシーファーレンのところに行くと、聖女邸の皆が立ち上がって俺の元に集まって来た。


 シーファーレンが言う。


「聖女様。出来ておりますわ」


「おお! これ?」


「はい」


 テーブルの上に幾つもの箱が置いてあり、その一つを手に取って蓋を取る。そこには綺麗な赤い粉末が入っており、明らかに怪しげな物だった。


「えっと……ちょっと怖いね。大丈夫?」


「舐めてもよろしいですよ」


「そう?」


 指でつまんで口に入れる。


「甘い……」


「殆どが魔植物性の着色料です。それを糖に混ぜて粉にしたものです」


 指を見ると、真っ赤に染まっている。まるで指先から血が出ているようだ。


「これ、食べても問題なかった?」


「あの、食べ過ぎれば太りますわ」


「そうなんだ」


「そしてすみません。指の赤いのは取れませんわ」


「うそ……」


「あの、口の中も」


 俺が口をアーンと開けると、皆が言う。


「「「「真っ赤です」」」」


「シーファーレン。これはどうしたらとれるの?」


「これです」


 そしてシーファーレンがポケットから、小瓶を取り出した。


「これを、どうするの?」


「くちゅくちゅですわ」


「ああ」


 小瓶の蓋を開けて口に含みくちゅくちゅして飲む。みんなの方を見てベーっとベロをだす。


「「「「元に戻りました」」」」


 そして俺とソフィアが顔を合わせて、苦笑いした。


「「これは酷い」」


「では……」


「行きましょう」


 そして俺達は再び、ヒッポの馬車に乗り東スルデン神国の空に飛んだ。相変わらずゼリスが張り切っているようだ。この坊やは、何故か仕事をするたびにテンションが上がってくる。


「やります!」


「ああ、よろしくね」


 そして俺がソフィアに言う。


「しかし……馬車の後ろにぶら下げた箱の事を想像すると、ぞっとしちゃうよ」


「はい。私も苦手です」


「だよねえ」


 だが、ゼリスが張り切って行った。


「大丈夫です! 皆、ちゃんと自分のやる事が分かってます!」


「そ、そうか」


 馬車の後ろには、ヴィレスタンで捕まえまくったネズミが大量に詰まっている。既にゼリスがテイムしており、箱から飛び出す事はないが、それでも、うじゃうじゃいるのを想像すると鳥肌が立ってくる。


 東スルデン神国の空は、雲で月が隠れていた。シーファーレンが二度ここにきて分析した結果、曇りの日を確定させていたのだ。大賢者というのは凄いものである。


 真っ暗闇の中に、夜景が見えてきた。


「見えました」


 マグノリアが言う。そしてシーファーレンが杖を持ち、アンナが床に縛り付けてあるロープを握った。


「じゃ、ゼリス! いいかい!」


「もう準備できてます」


 そして城からすこし離れた場所にある、広場の上空に来た時に俺が言う。


「切り離して」


 アンナがロープを切ると、巨大な箱が落下していった。そこでシーファーレンが魔法を使う。


「フライ」


 箱がふわりと落ち始め、ゆっくりと空き地に落ちてパタパタと箱が広がった。まるで砂を崩すかのように大量のネズミが崩れでて、一斉に散らばって行った。


「作戦完了。マグノリア! 上に!」


「はい」


 ヒッポが城の上に浮かび上がり、ゼリスがテイムしたネズミが散らばって行く。


「とにかく、井戸という井戸に撒いて」


「もう動いてます」


 ゼリスがネズミを使い、先ほどの香料を含んた糖を井戸にばら撒いて行く。


「うわあ……」


 あまりの事に、ソフィアがつい呟いてしまった。


「わかる」


「シーファーレン様。あの染料を溶かすお薬はどうやって作るのです?」


「あれは魔植物からとれる実で作り、そしてその樹液から溶かす薬が作れます」


「知っている人は?」


「どうなのでしょう? 私は数多の文献と実際に研究して辿り着きましたが、同じ知恵を持つ者なら作れるでしょう」


「賢者以上の知者……」


「東スルデン神国にいればいいのですがね」


「いないでしょうね」


 そしてゼリスが言う。


「後は勝手に走り回って、あちこちにまき散らすようにいいました」


「あちこち?」


「台所とか食器とかベッドとか」

 

 うわあ……。


「よし、じゃあ帰ろう」


「「「「はい」」」」


 俺がポツリという。


「これは……本当の呪いだね」


 でもシーファーレンが楽しそうに言う。


「甘い、甘い呪いですわ!」


「だ……ね……」


 だが間違いない。これは甘い呪いとは呼ばれる事はないだろう。

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