第379話 ソフィア、夢枕のそばで
うふふ。
そう。
予知夢を見るかもしれないって、シーファーレンがソフィアに言ってくれたおかげで、俺にはソフィアと眠るという大義名分が出来たのだ。前回はウェステートも一緒だったが、今回は神託が下りるかもしれないという事で、二人きりで一夜を過ごそうという事になった。
正直な所、ゴキブリ責めと鳥糞責めの光景が目に焼き付いて、俺のハートはガリガリに削られてる。流石にソフィアの夢よりも、俺のほうが悪夢を見そうな気がする。
コンコン。
「失礼します」
バクン! 心臓が高鳴った。
「どうぞ」
そして寝間着に着替えたソフィアが、俺の部屋へと入って来た。
うはあ。何だろうこの感覚。めっちゃドッキンドッキンしてる。
ンフー。と、鼻息を漏らしてしまい、ハッとして息を止める。
「調子が悪いのですか?」
ソフィアが凛とした声で言う。壁にかかったランプがゆらりと揺れて、なんともロマンチックな空間がここに広がっていた。綺麗な肌が近寄ってきたので、俺はソフィアに座るよう促す。
「どうぞ」
チリン。
ベルを鳴らすと、ミリィがスッと入って来てお茶を煎れてくれた。
「ありがとう」
「いえ」
「ミリィさん。ありがとうございます」
「公爵令嬢様にそのような事を言っていただくとは、とても光栄に思います。本日は神託が下りるかもしれないという事ですので、より深く眠りにつけるようなお茶を用意させていただきました」
俺が言う。
「ミリィ、ウェステートにもお礼を言っておいてね。アンナは?」
「廊下に腰かけて番をするそうです」
「わかった」
そうしてミリィは出て言った。俺はソフィアと向かい合って、ゆっくりとお茶を飲む。
「ふう。いい香り」
「本当ですわ」
そして俺はソフィアに言う。
「あれほど、えげつない作戦をした私を軽蔑してない?」
「何をおっしゃいますやら。あれはなるべく血を流さないようにという、聖女様のお考えだと私にはわかっています」
いや。そこまで考えてないんだけど、早くパッパと話を進めたくてやってるだけ。いつもソフィアは、俺の事をいい方に解釈してくれる。
「あ、うん」
「聖女様はいつも、何手も先を読まれているように思います」
うーん。結構行き当たりばったりだけどね。
「それは……どうかなあ?」
「ご謙遜を」
俺は気を取り直していう。
「ソフィアの神託の方が凄い。アルカナ共和国の件は、ソフィアが見た夢に導かれた結果だから」
マジで。
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
「そして今回の、東スルデン神国攻め。このタイミングで神託が下りるとなると、この先の行く末が見えてくると思う」
「そうであればよいのですが」
「それには、気を落ち着けてゆっくり寝てもらわなくちゃ」
「安心の為に、一緒に居てくださってありがとうございます」
俺は、いつでも一緒に寝たいけど。
「いいよ」
「信託は時に恐ろしい悪夢になるのです。あのトリアングルム連合国での、邪神ネメシスの出現の件は。恐ろしい悪夢として見た結果ですので」
なるほど……。それは重い夢だな……。
俺はソフィアの手を取って言う。良い匂いが俺の鼻をつき、ついうっとりしてしまう。だがその感想の言葉は、ソフィアの方から出てきた。
「あ……聖女様はとてもいい香りがします」
「ソフィアもね」
「そうですか?」
うん。すーすーって、髪の毛に顔うずめてソフィア吸いしたいくらいにいは。
「怖い夢を見るかもしれないからね。私が手を握って眠ってあげる」
「本当に嬉しいです。神託はむしろ怖い夢か、緊張を伴う夢が多いのです」
「安心して。私がいる」
「はい」
手を握り見つめ合っていると、ついつい……キスしたくなってくる。
だけどなあ……俺が余計な事をして、神託の邪魔になるかもしれないのか……。
ふと、気づいてしまう。
神聖な夢を邪魔しちゃいけないのかも。って事は、ちょっとオイタしようと思ったけど……触っちゃだめかもしれない。つうか、だめか。だめだよな。
「ソフィア。ふたりっきり、どんなに怯えたって私がいる。ソフィアが震えても私が抱きしめてあげるから、心配する事無いよ」
その言葉にソフィアの、細い腕が震えるのがわかった。目にうっすらと涙を浮かべており、ヒモだった俺なら、このチャンスを逃すわけにはいかないシーンである。
だが……。
神託の邪魔をするわけにはいかない。
とりあえず俺は、ギュウっ!と手を握り返す。
「大丈夫だよソフィア」
するとソフィアがとうとうポロリと涙を流す。
「すみません。人前で」
「いいんだよ……」
俺はそっと立ち上がり、ソフィアをぎゅっと抱きしめて、髪の毛に顔をうずめて匂いを嗅いだ。
スーハースーハー!
「はい……深呼吸ですね」
スーハースーハー!
ソフィアも勘違いして深呼吸を始める。なんともシュールな絵面が出来上がってしまう。
「落ち着いた?」
「落ち着きました」
「じゃあ、そろそろ眠ろうか?」
「はい……」
やっべ。ソフィアと二人で寝室にいる。そして目の前にはベッドがあって、出来る事なら押し倒して、寝間着を剥ぎ取ってしまいたい。その白い肌を全て俺の物にしたい!
ぐっぐぐぐ! と力を込めてソフィア襲うのを止める。
むぐぐ。
神聖な神託の邪魔をして、これからの事が見られなくなったら困る。そっと毛布をまくり上げて、ソフィアを先に横たわらせて俺がその横に滑り込む。
ドキドキ。バクバク。
心臓が口からでそうだ。百戦錬磨だったヒモの俺とした事が、こんなに興奮してしまうとは。
「手をつなぐよ」
「はい」
布団に入り手をつなぐと、やはりソフィアの手は震えていた。
「怖いの?」
「普通は神託を見る前にはわからないので怖くありません。でも、シーファーレン様が見るとおっしゃいました。怖い夢になるんじゃないかと不安で仕方がないのです」
「大丈夫。ここにいるよ」
「はい」
ていうか……ヤバイ。俺の、体の女の何かが……発情している。自分でも匂いたつような、女の匂いがしてきた。自分で分かるくらいだから、相当なものだと思う。
「聖女様は、暖かいです。とても良い香りがする」
ドキッとする。多分マジで体温が上がっている。
「安心してね」
「はい……」
どうやらソフィアは安心しきっていた。そして俺の隣りでそっと目をつぶると、まもなくスースーと寝息を立て始めた。
眠った? 眠ったよね? でも、まだ浅いか?
ドキドキが止まらない。俺は逆に安心どころか、興奮して眠る事が出来なかった。そして俺は覚醒したまま、ソフィアの美しい寝顔を見つめる。
いいよね。チューくらい。
そんな、邪な気持ちが浮かんできた。
いや! いかん! 寝ているのをいいことに、勝手にチューなんかしちゃイカン!
俺の何かが止めた。
ううう。体が……体が火照る。悶々としてしまう……。
しかし、俺のその興奮をよそに、ソフィアの表情が曇り始める。
ソフィア……。
「ううう」
苦悶の表情を浮かべて、汗が噴き出してくる。
えっ? どうしよう! でも、起こしたら神託が見れなくなるよね!
「うああ……」
苦しそうだった。
起こさなきゃいいんだよな?
俺は慌てて癒し魔法をかけてやる。そうすると次第に表情は和らぎ、スースーと寝息を立てはじめた。
影響しないかな? 夢変わったりしないだろうか?
だが、少ししてまた苦悶の表情を浮かべた。
「う、う、ああ」
辛い。起こすわけにも行かないし、俺は狼狽えながら癒し魔法をかけようかと迷う。だが夢が変わってしまったらマズいかと思い、何を思ったが俺はソフィアの顔に顔を近づけた。
「大丈夫。大丈夫」
苦悶の表情を浮かべ汗を浮かべるソフィアに、俺はたまらず抱き着いて囁いてしまう。可哀想で、居ても立っても居られなくなったからだ。
「う……うう……」
そして俺は結局また癒し魔法を使ってしまう。そんなこんなで一晩中眠れず、気が付けば外が薄っすらと青くなり出し、結局は一睡もせずに朝を迎えてしまうのだった。




