第372話 獅子粉塵の活躍と恋心
ヴィレスタンの砦に戻り、第一騎士団長のフォルティスに魔法を付与した傷薬を半分渡した。残り半分はズーラント帝国の国境にある、アルクス領カルアデュール城壁都市へと持って行く予定だった。あそこではミラシオン伯爵が防衛体制を敷いており、万が一ズーラント帝国がヒストリアに侵攻した場合、傷薬が必要になるからだ。
「これがあの傷薬!」
「簡単な欠損や裂傷ならすぐに治ります」
「これは本当に素晴らしい」
既に体感しているようだった。
「状況は?」
「未だ変わらず」
「トリアングルム連合国との約定は、ズーラント帝国の足止めはなるはずです。ですが、ミラシオン伯爵のところにも薬を持って行かねばなりません」
「わかりました。こちらはお任せください」
すると隣りに立っている、マイオール副団長が目をキラキラさせて俺に言う。
「既に我が国の軍は、聖女様のおかげで何倍もの力を得ております!」
暑苦しいんだよ。おまえ、自分をイケメンだと思ってるだろ? 軽々しく声かけんな。
「そうですか」
そして俺はあっさり答え、フォルティス騎士団長に向かって言う。
「では、信頼できる騎士団長殿、薬の配分はよろしくお願いします。有事の際には気兼ねなくお使いください」
「分かり申した」
騎士団員も俺達を囲み、崇め奉るかのような顔で次々に礼の言葉を述べる。
「では。ルクセン様! お城へ参りましょう」
「ですのう!」
ヒッポの馬車に乗り込み、直ぐにヴィレスタン城へと行く。城の庭におりて、直ぐに次の行動の準備をすることにした。それにここで、ルクスエリムの隠密に会わなければならない。
「マグノリアはヒッポと居てね」
「はい!」
俺達はヴィレスタン城にもどって、一旦身支度を整え直し食事をとる事にした。そこで俺は使用人に伝える。
「外に魔獣を使役している仲間がいるから、食事を持っていってくれるかな」
「はい」
ルクセンが座り、俺とソフィア、アンナ、シーファーレンが同席して食事をとっていると、直ぐに使用人が飛び込んできた。
「聖女様に、お客様でございます!」
はや! 来たか。
「応接室に通してください」
「はい!」
「では皆は食事を続けてください」
俺は皆に会釈をして、アンナと共に応接室へと向かう。何度も使ったヴィレスタンの応接室、急いでそこに入ればルクスエリム直属の隠密がいた。
「これはこれは。聖女様! 獅子奮迅のご活躍。大きく助けられております」
「お世辞などいりません。それで、東スルデン神国への進軍の流言と陽動はどうです?」
「半信半疑、といったところでございましょうか? しかしながら、飛語風聞というものは面白いように広がります。特に隣国のような不安定な国の国民には、よく浸透しますよ。流石は聖女様の策略と言ったところ、離間の計は上々といったところです」
難しい言葉過ぎて分からんのだが。
「なるほど……上手く言っていると?」
よく分からなくて、俺は自信なく聞き返した。すると隠密は目を丸くして言う。
「やはり、聖女様にはわかりますか?」
何が? いや、言ってる意味が半分くらいしかわからなかったけど?
「えっと、はい?」
「一部隊だけ止まらぬようです。軍隊に乱れはあり、その動きは鈍っていますが」
「一部隊だけ?」
それはなんとなくわかる。
「はい。恐らくはあのドペルの兄弟と言った、デビドが率いているものかと。よもやこちらが進軍する事など歯牙にもかけずに、アルカナ共和国に向かっているようです」
「全軍ではない?」
「はい。一個中隊と言ったところでしょうか?」
「何をするつもりでしょう?」
「調査中です。潜らせている者からの連絡を待ちます」
「わかりました。では分かり次第お知らせくださいますか?」
「御意」
「では私達は、カルアデュール城塞都市に飛ばねばなりません」
「防衛の布陣を取っているようですな。ミラシオン伯爵はとても優秀でいらっしゃる」
まあね。女みたいな美しい顔とは裏腹に、切れ者ではあるな。国内じゃあフォルティス騎士団長の次くらいに優秀じゃねえかな?
「分かりました。それでは引き続き」
「は!」
そう答えて隠密は部屋を出て行く。そして俺はアンナに言う。
「やはり、デビドは押さえておくべきだったかも」
「あの……邪神ネメシスの力を使った男……。聖女でなければ押さえられんかもしれんぞ」
「だねえ。私が行って押さえたい所だけど、その間にズーラント帝国の邪神の使徒であるガジとやらが動き出すかもしれない。ホントにやっかいだよ」
「そうだな」
そして俺達は部屋を出て、食事をとりなおし直ぐにカルアデュールへ向けて出立する。庭のヒッポの所に行くと、マグノリアはヒッポと一緒にご飯を食べていた。どうやら、ルクセンがヒッポの為にグレートボアの肉を用意してくれていたようだ。
「食べた?」
「ヒッポがもうちょっとです」
骨ごとバリバリと食らい尽くして、ヒッポが俺に頭を差し向けて来る。血なまぐさいが、仕方ないので俺はヒッポを撫でてやる。ヒポグリフは本来おっかない魔獣らしいが、もう完全なペット状態だった。
そして俺はルクセンに告げる。
「では! これからミラシオン伯爵の元へと参ります。言伝はございますか?」
「お互い連携を取り、国を守りましょうとお伝えください」
「わかりました」
俺とソフィア、アンナ、シーファーレンが馬車に乗り込み一気に飛び立った。ぐんぐんと遠ざかっていくヴィレスタンの都市。空はとても天気が良く、ヒッポの輝くツバサが眩しかった。
ソフィアが言う。
「あの子達も頑張っているでしょうか?」
あの子達というのは、聖女邸に残して来ているウェステートやマロエやアグマリナの事だろう。俺はニッコリ笑ってソフィアに答える。
「大丈夫。今ごろは王都中を駆け巡って準備をしているよ」
「ふふっ。そうですね」
あれほど恋焦がれたソフィアと、こうして一緒に行動出来ている。ワインレッドの髪の毛と、きりりと吊り上がったキツめの目が特徴的な美人。悪役令嬢風のいでたちなのに、なぜか、めちゃくちゃ好き。なんでこんなに惹かれるのか分からないけど、まるで……俺の分身でもあるかのように無償の愛情があふれて来る。
でもアンナとシーファーレンの目があるから、馬車の中でも手を繋げない。
もう……隣りにいるだけで、俺の中から熱い何かがじゅん!とあふれ出ちゃいそう。
そんな事を思いながらも、冷静を装ってこれからの予定について話し合ったりなんかしちゃうのだった。だってソフィアにはいっぱいかっこいい所見せて、もっと好きになってもらいたかったから。




