第361話 アルカナ共和国のこれから
足無蜥蜴の奴らが山のように倒れている中で、俺達はドペルを囲んで話し合いをしていた。ルクセンとしては直ぐにでも殺してやりたいと思っているようだが、コイツからは聞かなければならない事が山ほどある。今はシーファーレンの魔法で、深い闇の底に沈んでもらっている。
レルベンゲルが死体の山を見て、少々青い顔で俺に聞いて来る。
「あのー。こいつらはどうします?」
どう、と言われてもほとんど殴る蹴るで殺してしまった。まあ放置していれば魔獣がたかるかもしれないが、こんなに大量にいるのをどうしようもできない。
「とりあえず放置で。息のある者を二人ぐらい連れて行こう。ドペル以外の証言も必要だし」
「わかりました」
そしてレルベンゲルとネル爺が、生きている奴を探して縄で縛りつけた。
「んじゃ」
俺がプーリャとヴァイネンが乗る馬車に行って入り口をノックすると、ウェステートが開けてくれた。俺が乗り込むと、プーリャとヴァイネンが震えていた。
「あー、怖かったねえ。盗賊嫌だよねえ」
俺がそう言うと、なぜか更に震えが増す。俺は、ウェステートに聞いた。
「どうしたの?」
「あの、誠に申し上げにくいのですが、聖…ソフィア様が怖いようです」
「私が?」
「窓からあの戦いを見ていて、驚いてしまったようで」
俺は二人に向かって言う。
「あー、大丈夫。私は悪い人にしか暴力を振るわないから。アイツらは、あなた達を殺そうとしたから殴ったんだ」
ようやく青い顔のプーリャが言う。
「あ…あの…ありがとうございました」
「ははは……」
可愛い子に引かれるのはキツイ…。ヴァイネンはどうでもいいけど。
そしてウェステートが仕切り直すように言う。
「とにかく! お城に戻りましょう! 皆が待っています!」
「そうだね。悪い奴がいても、ソフィアお姉ちゃんがぜーんぶやっつけてあげるからね」
二人はうんうんと頷くだけだった。俺は馬車を下りて、ヒッポに回復魔法をかけて傷をいやす。ヒッポはおとなしく馬車に繋がれ、再び王都に向けて走り出すのだった。
俺達が、馬車を警護するように周りを囲んで進む。
「マグノリア、怪我は無い?」
「この子が守ってくれました」
「よかった」
無事に王城に辿り着くと、中からヴェールユが出迎えてくれる。
「遅かったですね」
「途中で足無蜥蜴の襲撃にあいました」
「なんですと! 王子は? 姫は?」
「ご無事です。とにかく首謀者を捕えてきました」
「すばらしい」
「郊外に何百の、足無蜥蜴の死体と怪我人が転がってます。いずれなんとかしないと、魔獣が寄って来ると思います」
「な…何百? わかりました」
そして俺達が王城の中に入ると、ヴァイネンとプーリャを見た近衛達が跪いた。
そこでプーリャが言う。
「皆様。素晴らしい活躍だと聞いております。流石は近衛兵団と言ったところでしょう。して、公爵はいずこへ」
「は! 地下牢へ閉じ込めて見張っております!」
「反逆の兵達は?」
「全て捕らえて縛り上げ、見張っております」
「わかりました。ではまず、公爵の元へ参りましょう」
「は!」
気を失ったドペルと二人を連れて、俺達は地下の牢獄へと向かう。見張りの騎士達が、ヴァイネンとプーリャを見て跪いた。
「挨拶はいりません。公爵に会いにゆかねばなりません」
「は!」
公爵が捕らえられている牢の前に来て、近衛がその扉を開けた。中には最初に会った時より、めちゃくちゃ歳をとった公爵が項垂れていた。
「公爵」
「…こ、これは…殿下」
「随分とやつれているようね」
「私は…なんということをしたのでしょう」
「その話は後に。ひとまずこの男を見てもらいたいのです」
そしてレルベンゲルがドサリと、ドペルを床に投げ出す。
「こ、こ奴です! 私に話を持って来たのは!」
「そうでしたか。あなたのような聡明な方が、なぜこのような者の話を聞いたのです?」
「分かりません。こ奴に囁かれると、どうしても言う事を聞いてしまうのです」
それはそうかもしれない。足無蜥蜴の雑魚達も、まるで自分の命など要らないと言わんばかりに飛びかかって来た。だがドペルの意識を刈り取った瞬間から、俺やアンナに恐怖し逃げ惑い始めている。
逃げ惑う雑魚達を、ぶん殴り回ったけど。
「そうですか……」
「良く捕らえましたな」
「それは、こちらの方々のご助力によってです」
すると公爵は、俺達に向き直って言った。
「私の処刑は免れますまい。ですが、そこの男は絶対に許してはいけない。そ奴は私はおろか、兵士達をも思いのままに操る事が出来るのです。放っておけば、また殿下たちに牙をむくでしょう。その状態で生きているなら、直ぐにでも殺してしまう事です」
プーリャは頷いた。間違いなくドペルが周辺国家を巻き込んで、争乱に導いた一人ではある。
「なにか聞きたいことはございますか?」
そこで俺は、気になっていた事を聞いた。
「皆さんに聞きたい。神への祈りを捧げていますか?」
するとプーリャが答える。
「もちろんですわ」
「ヴァイネン殿下も?」
「はい」
「近衛の皆さんはどうです?」
「殿下たちと、毎日のように捧げておりました」
そして俺は公爵に聞く。
「公爵様は如何です?」
「祈りですか……久しく捧げておりませんでした。そのような信仰をしている者も少なくなりました」
「そうですか。分かりました」
それを聞いて俺がアンナを見ると、アンナは黙ってうなずいた。間違いなくドペルは、邪神ネメシスに関係していると見ていいだろう。あの人々を惑わせて操る力は、どう考えてもネメシスが使ったものと類似している。
プーリャが聞いて来る。
「それが、この事と何か関係がおありなのですか?」
「まずは、この者達を牢に入れましょう。殿下と私だけでお話がしたい」
「わかりました」
公爵の牢屋から抜け出し、騎士達がドペル達を堅牢な牢屋へ一人一人ばらしてぶちこんだ。
そこで俺がドペルの部屋に結界を施し、ヴェールユに言う。
「魔法で眠っております。ですが念のため、警備を厳重にしてください」
「わかりました」
俺達は場所を移し、王族の部屋へと向かう。すると使用人たちが、チラホラと出て来てきた。
「メーナ」
「お帰りなさいませ! 殿下!」
「皆にも不自由をかけたわね」
使用人達が深々と頭を下げている。
「お客様でございますね? いずれの部屋に?」
「メーナ。では、父上の部屋に」
「わかりました」
そうして俺とアンナとシーファーレン、プーリャとヴァイネンが部屋に入る。人払いをしたところで、俺達は彼女らに改めて話を始めた。
「我々はヒストリア王国から、先ほどのドペルというものを追ってきました」
「はい」
プーリャとヴァイネンは畏まって話を聞いている。
「貴国で起きた出来事は、実は私達の国でも起きた事です。全く類似した事件が起きているのです」
「そうだったのですね?」
「はい。それを引き起こした張本人が、邪神ネメシスという邪悪なるものなのです」
「邪神ネメシス?」
「あのドペル。その邪神が使った技と似たものを使っていました。足無蜥蜴の奴らは、恐らくあの力で怖いもの知らずの状態となっていたのです。恐らく騎士団もそれらに巻き込まれた可能性が高い、きっと幹部クラスの中に裏切者がいるはずです」
「わかりました。肝に銘じて捜査する事に致しましょう」
「恐らく大半は、命ぜられて動いている者達です。全てを処刑してしまえば、それはそれでアルカナ共和国の弱体化に繋がり、邪神ネメシスの思うつぼとなってしまうのです」
「とても難しい状況なのですね」
「奴らの力を及ばないようにするには、女神フォルトゥーナの祈りが有効です。あなた方が影響を受けなかったのは、間違いなく信仰を絶やさずに、祈りをささげたからに他なりません」
「そういう事だったのですね。これから私達は、どうすればよろしいでしょうか?」
「王派の貴族を味方につける、もしくはどっちつかずでいた貴族を取り込むことを進言します」
そこでヴァイネンが言う。
「どっちつかず? 命がけで王の為に戦うのが臣下だ!」
おこちゃまは黙ってろ。
「そう短絡的な話ではございません」
「短絡的だと?」
だがプーリャがヴァイネンを制する。
「私達はこれから政を覚えなければならない。それには、今ソフィア様が言った事は必要不可欠だわ。清濁併せ吞む事こそ、今やらねばならない事よ」
プーリャは大人だった。かわいいし。
「では…お話を続けます」
「はい」
「邪神は世を腐敗させて、長い目で見た人類の弱体化を考えています」
「長い目で見た弱体化」
「はい。とにかく女を弱らせて、頭の悪い男達に実権を握らせ、それらを操る事で国を支配しようとします」
「だから、あなた方は女性達で構成されているのですか?」
「そうです」
いや俺の趣味です。男が近くにいるのが嫌だからです。
「わかりました」
「ですので、ヴァイネン殿下が王位継承をした場合、女性を要職につけるように政府を変えていかねばなりません。大臣は皆男ですよね?」
「はい」
「教会は?」
「女性の枢機卿がおります。非常に堅いお方で有名です」
「その人を教皇に推しましょう」
「わかりました」
「ドペルが失敗した今、いつか必ず邪神の手が伸びてきます。その時の為に、今から国づくりをして行ってください」
「はい。ヴァイネン、今はそれに従いましょう」
「わかった」
とにかく話し合いが終わり、そこにヴェールユがやって来た。
「少し前に出兵した兵が、帰還命令を聞いて領地に入りました。彼らはまだ何も知りません」
「わかりました。それでは、公爵の処刑の段取りと、ヴァイネンの爵位式を執り行う為に、中立派の貴族に御触れを出しましょう」
「は!」
そうしてヴェールユが出て行った。
「では私達はそれを見届けたら、国に戻ろうと思います。国境沿いでのにらみ合いがまだ続いていると思いますので」
「わかりました」
俺達が部屋を出ると、俺の仲間達が待っていたので、彼らに今決まった話をすることにした。アルカナ共和国との国交が再び戻れば、東スルデン神国は板挟みになるだろう。
「問題は、ドペル」
そう言うとルクセンが言った。
「あ奴は引き渡しをお願いいたしたい!」
「頼んでみる」
アルカナ共和国でのウェステート救出劇は、これでいったん幕を閉じた。俺達は、国への帰還の日まで、プーリャ達に力を貸す事にしたのだった。




