第359話 足無蜥蜴との乱戦
俺はこの世界に来てから、何度も軍隊や盗賊と戦ってきた。だが裏技が使えずに正面衝突するのは、これが初めてかもしれない。お互いを遮る川も無い、盗賊のような単純な相手でもない、内乱で相手した自国の騎士とも違う。
もしかしたら盗賊のように統率が取れていないんじゃないかと思ったが、そんな事は全くなく、むしろ内乱の時の自国の騎士団よりも連携が取れているようだ。人数の差もあり、かなりの窮地になるのかと思っていた。
だが…蓋を開けたら、こちらが押しまくっている。
「ぐあああ! 何だこいつら!」
「このジジイバケモンだ!」
「いや。あの尻尾の生えた奴が速すぎて捕えられん!」
「違う! そいつだ! そいつを潰せ! その女!」
ルクセンとリンクシルとパストの連携が凄い。パストはタンクとして大盾を持つアマゾネスだが、それが攻撃を凌いでいる。しかも見た目が華奢なアグマリナなので、男達も油断してしまうようだ。その隙にとリンクシルが飛び足や腕をナイフで切りつけ、怯んだところをルクセンの剣が首をはねる。
だがそれだけでは無かった。ジェーバとルイプイの格好をした、シャフランとイドラゲアが離れた所から敵を散らすように魔法や弓を放っている。
「後ろの奴らを何とかしろ! 集中攻撃できん! 魔導士は何をしている!」
「やっている! だが攻撃が届かん!」
当たり前である。この聖女である俺が、二人に結界を張り攻撃を防いでいるのだから。俺はただ、前衛の仲間達に対して身体強化を続け、少しでも傷を負えばヒールをかけている。
「回復役をやれ! あの貴族の女を!」
それも結界を張っている俺には届かない。それに俺を狙おうとする弓が居れば、後方からシーファーレンが魔法で焼く。
敵の前衛は崩壊しつつあり、極めつけがアンナとロサの姉妹だった。姉妹だけあって、めっちゃ息が合っていて連携が神がかっている。俺の身体強化が、一番効果的な二人だと言ってもいいだろう。敵の中央で、ぽんぽんと首が飛んでいるのが心地よくさえある。
だが俺は見逃さない。ドペルの落ち着き払った顔。
…絶対に何か企んでいる。
そこで俺はイドラゲアに言う。
「後方のレルベンゲル達に伝えて。周辺と後方に注意して!」
「はい!」
イドラゲアが走る。
その俺の勘は当たっていた。チラリと振り向けば三十人くらいの男らが、馬に乗って突撃してきていたのだ。
「シャフラン! イドラゲア! シーファーレンと後方を支援して!」
「はい!」
シャフランはシーファーレンの元に行き、馬車の方へと下がっていく。前衛の後方支援は俺だけとなり、自身の金剛と結界のみで守るしかなかった。それを見た数人の男らが、一気に俺の元へと駆けつけて来る。
「あの貴族ががら空きだ! 所詮は貴族の娘! 詰めれば終わりだ!」
ほう。詰めて見ろ。
八人くらいの男が詰めて来たので、俺はすぐに多重魔法を発動する。
「スプラッシュライトニング」
ぴっしゃぁぁぁ!
どさどさどさ! 俺に辿り着く直前で、男達が感電して倒れる。既に後ろでも戦闘が始まっているらしく、ネル爺とレルベンゲルが、シーファーレンとシャフランとイドラゲアの支援の下で戦っていた。とりわけヒッポが奮戦していて、馬ごと蹴り飛ばし咥えて放り投げている。
だが。人数が多い。
「なんで魔獣が居るんだ!」
「くっそ! とにかく馬車だ! 馬車の中の人間を殺せ!」
王族を集中攻撃するつもりか。俺はだんだんと焦ってくる。アンナ達が圧倒しているのは変わらないが、後ろから来た馬に乗っている連中が馬車に取りつき始めたからだ。それをシーファーレンとシャフランの魔法が攻撃しているが、馬車に被害が及ぶのを恐れて強くいけない。
そして最悪が来た。
「ギィィギャァァァァ!」
マジか。
空を見上げると、ワイバーンがこちらに降下してきている。ドペルがニヤリとしており、どうやらワイバーンで馬車を焼くつもりらしい。しかし…俺が前衛の後方支援を止めれば、一気に囲まれてしまうだろう。後ろでは足無蜥蜴たちを振り払うのでいっぱい。
コイツはヤベエ。
ワイバーンを見たアンナが言う。
「ルクセン! 下がれ! 上だ! ワイバーンだ!」
「うむ!」
だがルクセン達が下がる事で、アンナ達が孤立してしまう。
「いい! ルクセン! アンナ! あれは私がやる! 固まって戦って!」
「おう!」
「わかった!」
一旦前衛の支援を止め、俺は脱兎のごとく馬車に走り寄っていく。
馬車の側でワイバーンがホバリングをして、口を大きく開けて火を吐こうとしていた。
「サンダーボルト!」
ビッシャアアアアア!
ドサァ!
ワイバーンが感電して落ちた。
「ライトニング! ライトニング! ライトニング!」
馬車にまとわりついている奴らをライトニングで落とす。馬車には被害はないようだが、俺は御者席に乗って窓から中に言う。
「無事?」
「「はい!」」
よし。
俺は急いで後ろを振り向くと、どうやらパストとリンクシルが怪我を負ったようだ。動きに精彩を欠き、どうやら血を流しているように見える。そいつらに群がる奴らを、ルクセンが必死に追い払っている。アンナもロサも回復がないため、自分らの相手に集中している。
ドペルのワイバーン不意打ちは半分成功した。
「レルベンゲル! ネル爺! 死ぬ気で馬車を守ってて! シーファーレンも魔力を使い切っていい! イドラゲアとシャフランは馬車を守って! マグノリアはとにかく敵を馬車に近づけさせない!」
「「「「「「はい!」」」」」」
「ロサ!」
前からアンナの声が聞こえる。どうやらロサが怪我を負ったらしい。見れば、アンナがロサを守りながら周りを囲む奴らと対峙している。
「きゃあ!」
なんと今度は、シーファーレンに弓矢が刺さった。
「シーファーレン!」
俺は急いで走り寄って矢を抜き取り、毒消しとヒールを同時かけする。
アンナが叫んでいる。
「ロサ! 離脱しろ!」
「姉さんを置いてはいけない!」
すると今度はマグノリアの叫び声がする。
「ヒッポ!」
ヒッポにも数本の矢が刺さっていた。それでも全く意に介さず、周りの馬を威嚇して近づけないでいた。
何だ…このストレスは…うううう。
「あっっったまきた!」
俺はブチンとキレてしまう。
ダッ! と馬車の屋根に飛び乗り叫ぶ。
「レルベンゲルとネル爺は、ヒッポの足に捕まれ! マグノリアは飛べ!」
「「は!」」
「はい!」
三人がヒッポに捉まって飛び上がったところで、俺は魔法を乱発した。
「スプラッシュライトニング! スプラッシュライトニング! スプラッシュライトニング!」
「「「「ぎゃああああ」」」」
一瞬で後方の敵全員が、馬ごと地面に転がった。
「レルベンゲル! ネル爺! 全員に留め刺して!」
「「は!」」
死んでるか、意識を失ってるか分からないが、二人はそいつらの首に剣を刺し回った。それを確認する事も無く、俺はダッ! と前方の集団に向かって走る。なんとルクセンも怪我を負い、ロサを守りながら戦うアンナも負傷していた。リンクシルはパストに引きずられて、敵から距離を取っている。
まず最初に、リンクシルとパストに完全なヒールをかける。
「メギスヒール!」
パアッ! と二人の傷が治って回復して立ち上がる。次にルクセンに辿り着いて回復した。
「メギスヒール!」
「うおおおおお!」
回復したルクセンが大振りに剣を振るうと、数人の男らが倒される。そして俺がその場でジャンプをし、三十メートルくらい一気に跳躍してアンナ達の元へ下りた。
「メギスヒール!」
パアッ! と二人が一気に回復し、俺の両側に立って剣を構えた。
「金剛! 結界!」
周りから剣が差し入れられるも、既にアンナとロサには攻撃が通らなかった。
「アンナ! 魔導士はどこ?」
「あそこだ!」
アンナが指をさすと、三人の魔導士が杖を構えていた。
「アンナ! ここはいい! 魔導士をやって!」
「しかし!」
「私は大丈夫! ロサと戦う!」
俺はアンナの身体を最大に強化した。
「いけ!」
バシュッ! 一瞬で魔導士の前に到達したアンナは、三人の魔導士の首をはねる。
「スプラッシュライトニング!」
ピシャアアアア! 俺が放った方向に男達が倒れ道が開いた。そのままロサを連れて、ルクセン達の元に行く。
「ロサはルクセン達と戦って!」
「わかりました!」
だが一人孤立してしまったアンナの元に、残った兵達が必死で駆け寄っていた。
「くそ」
なんで敵は全く怯まないんだ? 恐怖というものがないかのように、化物のようなアンナに攻撃を仕掛けて来る。
そしてドペルを見ると、少し焦った表情をしつつも男らに何かを呟いている。
どうやらドペルだ。ドペルがこいつらを操っているようだった。まさかとは思うが…人間を使役しているのか?
俺は自分に身体強化をかけて、魔法の杖を前に残った敵の軍勢に突っ込んでいく。
「せ、聖女様!」
ルクセンが慌ててるが、もう俺の耳には届かなかった。




