第338話 女神十三使徒
マグノリアが操るヒッポの馬車に乗って、シーファーレンが夜明け前にやって来た。夜更けの突然の誘いで迷惑だったろうに、その表情には楽しささえ見えるようだ。
「聖女様。お呼びいただけて嬉しいですわ。王都に聖女様がいらっしゃらないので、それはそれは寂しい思いをしておりました」
「ゴメンね。夜に迎えに行かせたりして」
「いいえ! むしろありがとうございます」
「いやいや! こちらこそ、ありがとうだよ」
「いえ、こちらがありがとうございます!」
なんか飲食店でのおばちゃんの支払いシーンみたいになったので、俺はそれ以上言うのを止めた。とにかく早急に話し合いをして、貴族令嬢をどうするかを朝までに決めないといけない。
「ミリィ。まずは賢者にお茶とつまむ物を」
「はい」
「おかまいなく」
だがミリィはスッと出て行った。俺とアンナ、ソフィア、シーファーレンが部屋に残る。
「実は前に言っていた、ソフィアの予知夢の事なんだけど」
「はい。本来であれば聖女様が授かるお力ですわ」
「それなんだけど、昨日ソフィアが、もしかしたらそれを見たって言うんだよ」
「そうなのですね?」
するとソフィアがシーファーレンに説明を始めた。
「その夢はいつもと違うのです。なんと言いますか、先にその時に行って実際に見てきたような感覚なのでございます」
「なるほどですわ。それでどのような夢を」
「多くの兵士が武器を取って攻めてくるのでございます。その者達の目的が良く分からず、なぜか私達を狙ってきているようなのでございます」
「令嬢達を?」
「はい。令嬢かもしくは聖女様をお狙いしていたのかもしれません」
「無いとは言えませんね。これまでもネメシスが暗躍して、内部分裂させたり国をそそのかしたり魔獣に襲わせたりしておりましたわ。それが戦争目的で無いのだとしたら、敵の目的は聖女様である可能性が高いと思われます」
「やはり…そうなのでしょうか?」
「そうです。それで夢はどうなったのですか?」
「今までとは、何かが違っておりました。何故か、力の無い私が戦っているのです」
「ソフィア様が?」
「はい。そして、その後ろには選ばれた十三人がいるのです」
「それは?」
「何故か、ほとんどが聖女様の御従者様なのです」
シーファーレンが俺の顔を見る。そこで俺が話を継いだ。
「アンナ、リンクシル、スティーリア、ミリィ、アデルナ、ヴァイオレット、マグノリア、マロエ、アグマリナ、ジェーバ、ルイプイ、ウェステート…そしてシーファーレンだって」
「私もですか…」
それを聞いてシーファーレンが考え込んでいる。俺とアンナとソフィアはその次の言葉を待った。
「数には心当たりがあります」
「どんな?」
「それがこれを指すか分かりませんが、黙示録にある十三の選ばれし者。女神十三使徒でございます」
なにそれ。使徒とかって、前世のアニメにもそんなのがあった記憶があるけど。ありゃ怪物か。
「女神十三使徒?」
「神に選ばれし使命を持った者達です」
「えっと、まってソフィアの夢の十三人がそれって事?」
「わかりません。ですが女神フォルトゥーナの神子である、聖女様が選ばれたのですからもしや…」
「でも、その先頭に立って戦っているのがソフィアだよ」
「そこが不思議なところでございますわ」
「ソフィアを入れると十四人になるよね?」
そこでシーファーレンがまた考え込む。そして衝撃の言葉を発した。
「このような事、大変不敬を承知でお話いたしますがお許しください」
「ぜんぜん、何言ってもいいよ」
「はい。その夢が正しければ、ソフィア様が聖女であるという事になります。予知夢という能力自体が聖女の力ですし、その夢を見たとなれば黙示録通りという事になります」
そう言われて、俺はなんとなく心の奥底で合点がいく。だがそれを聞いていたアンナが首を振った。
「あり得ん。聖女はここにいる」
だがシーファーレンが首を振って言う。
「アンナ様。よろしいですか? 『女神』に選ばれし十三使徒でございます」
「「「……」」」
俺もアンナもソフィアも黙ってしまう。今のシーファーレンの言葉通りだとすれば、十三人の使徒を選んだのは『女神』という事だ。そしてその十三人を選んだのは俺。すなわち俺が女神という事になってしまう。
そりゃない。
「えーっと、シーファーレンはこう言いたいのかな? ソフィアが聖女で、私が女神だと?」
「そうなります。ソフィア様の夢が確かならば、その十三人が女神フォルトゥーナの使徒です。使徒をお選びになるのは、黙示録によれば女神様なのでございますよ」
でも、まってどういう事? 俺が神様? そんな事は無い。
「えっと、いやいや、まさか。私が女神なんてことは無いよ。だって寝不足になれば目の下にクマが出来るし、睡眠不足続きで戦って肌荒れもするし、お腹もすくし、なんたって生理がある。生理がある神様なんていないでしょ?」
俺がそう言うと、三人が顔を赤らめている。いやいや、三人とも生理あるでしょ、俺の方が生理の話するのやなんだけど。
「わかりません。ですがソフィア様の能力と、私達三人だけが見た聖女様の窮地からの復活。あのとき確かに、絶命するほどの攻撃をネメシスから受けていたはずなのです。それにもかかわらず、聖女様は見事に復活なされてネメシスを圧倒しました。聖女様が神様であると言われても、無いと断定する事が難しいと思います」
するとアンナが険しい顔をして言う。
「確かに…あの時…。だが聖女が神? いや…そんな。まさか」
頭にハテナマークを浮かべているアンナを見て、ソフィアがシーファーレンに言った。
「賢者様。そう言う事になりますと、私は聖女様に作られた子供という事になりますが?」
「そうです」
「ですが、にはれっきとした父母がいるのです」
「両親から、子供を授かった経緯を聞いた事はございますか?」
「いえ。そのような事を両親に聞くような機会などございませんでした」
そりゃそうだ。本当に私を作ったの? 子作りはどうやったの? なんて聞けるわけがない。
「そうですよね…。とにかく私達は聖女様に引き寄せられている。黙示録に照らし合わせて状況を考えてみますと、十三使徒を集めて神子をお守りになっている女神そのものです」
今のシーファーレンの言葉で、俺もアンナもソフィアもグッと黙り込んでしまう。あまりにもパズルがハマりすぎていて、この状況が予め最初から考えられていたかのようだからだ。
十二の使徒を率いて、十三番目の使徒に会いに来た。そんな構図が出来上がっているのだ。
あまり接点のないソフィアを、恋焦がれて無償の愛を注ぎたいと思うのも合点がいくし。女であるのに、十三人が俺に引き寄せられるようにくっついて来たのも合点がいく。
「シーファーレン。もしかすると、その黙示録には今までの経緯に似たような事が書いてあるとか?」
「似ている事はあるかと。もちろん現象や人の名前などは明確には出て来ませんが、それらが聖女様が歩んで来た道筋に近いと言われれば近いかもしれません」
だが黙示録を探して読みふけっている時間など無い。間もなく皆が起きてくるので、貴族令嬢に説明をしなければならないのだ。この事を説明するんじゃないけど、どう考えてもシーファーレンの今の話を聞けば危機が迫っている。
会話が途切れたところで、ミリィがお茶とお茶請けを持って来た。
「ズズッ」
俺達はそれを飲む。
「「「「ふう…」」」」
あまりの極端な話に、四人ともため息をついてしまった。その光景を見てミリィが不思議そうに立っている。今の話が正しければ、彼女は第一使徒という事になる。確かに俺に一番近い位置にいるし、ずっと俺を甲斐甲斐しく世話して来た。
でも…。
ミリィやスティーリア、ヴァイオレットやアデルナが戦う? マロエやアグマリナも?
んなバカな。
戦えるとしたら、アンナ、リンクシル、シーファーレン、マグノリアくらいだろう。俺達が一睡もしない間に、貴族令嬢達が起きて来たとお呼びがかかるのだった。




