第311話 第一回、貴族子女研修理事会
俺は、失念していた…。
俺の考えからすっかり抜け落ちていたのは、養子にしちゃったら手を出しちゃいけないんじゃね? って事。だって子供に手を出したりしたら、めっちゃインモラルな感じになっちゃうもんな。そこまで計算に入れておらず衝動に駆られてやった事だ。あの後からずっと、良い事をしたのだから、きっとこれはいい方向に向かう! 自分に言い聞かせてきた。
そう! そうなのだ! 我が選択に一片の悔いなし! それでいいのだ。
マロエとアグマリナとダリアを正式に養子にした事の最大のメリットがある! それは大手を振ってソフィアを家に呼ぶ事が出来るってこと! マロエとアグマリナからはめっちゃ感謝されたし、とにもかくにも早くソフィアを呼んでお話をしよう!
二兎を追う者は一兎をも得ず。ソフィアを手に入れるためには、目先の事は気にしちゃいけない。俺は突っ走らなきゃいけないんだ。
なんてことを考えつつ、書簡を出して数日がたった…。
そして、とうとう待ちに待ったこの日がやって来たのだ! マロエとアグマリナを養子にした代償の引き換えに、招待したソフィアが聖女邸にやってくる!
わかってくれるよね! こんなにうれしいことはない!
俺はそわそわしながら自室でウロウロして、髪型や化粧が崩れていないかを何度も鏡でチェックする。なんか不安だからといって、ずっとミリィをそばに置いているが落ち着かない。
「聖女様。緊張なされておりますか?」
「いや、してないよ。化粧とか大丈夫かなって思っただけ」
「とてもお美しいと思います。女神と言っても過言ではないほどに」
「まあ…それは不遜かもしれないけどさ。それならいいんだ」
「はい」
コンコン!
きたっ!
ばっくん!
心臓が高鳴る。
「聖女様。お客様がお見えになりました」
アデルナだった。
「応接室にお通しして」
「もうお通ししてございます」
高鳴る思いを沈めつつ、俺は部屋を出て応接室に向かう。思わず階段を踏み外しそうになるが、手摺をガシっと掴んで堪えた。
「聖女様! 大丈夫ですか!」
「大丈夫だよミリィ。ちょっと躓いただけ」
「私がお先に」
そうしてミリィが、足元おぼつかない俺の前を歩いてくれる。階段を下り応接室をノックをした。
「お待たせしました」
扉を開けると…なんと…。
あれ?
ソフィア一人じゃなかった。父親のマルレーン公爵もいるし、なぜかネル爺もいる。男子禁制なのに! なんで!? まあ…王や公爵なら…仕方ないか。週一、教皇も来るしな…。
「こ、これは聖女様! 申し訳ございません。娘について来てしまいました!」
「い、いえ。よろしいですよ。何かございましたでしょうか?」
「どうしても直接お礼を申し上げたくて!」
「そんな。献上品もいただきましたし、充分でございます」
「いえ! こうして娘と妻と平和に暮らせるようになりましたのも、陛下との交流が再開したのも、全ては聖女様のお力添えによるものでございます」
そうしたのは全てソフィアの為だからなんだが。ソフィアの立場をしっかりと確保するための施策なんだが。そう思いつつも優雅に礼をして言う。
「公爵様。やはりこの国の基盤を作る王家やゆかりのある方達が、万全でなければならないと考えるのは当然です。既に邪神の力も衰退し、今では健全な国家へとかじ取りされつつあります。そこでマルレーン公爵様がいらっしゃらないというのは、国家の損失になりますから」
「そう言っていただけると助かります! 女神フォルトゥーナへの信仰を深め、より良き未来を作るようの精進いたします」
わかった。じゃ、早く帰って。
「ええ。そのような心がけをされるのは、大変よろしい事です」
すると公爵はネル爺の事を言う。
「そしてこの、忠義に厚いネルが当家に来ました。その口添えもいただいたようですね」
んだって、また変な事にならないように、見張ってもらわないといけないから。
「ええ。この人物は非常に偉大です」
するとネル爺が首を振る。
「わしなど、大したことはございません。ですが、受けたご恩は全てお返しすべく、マルレーン家の為に忠義を尽くす事と誓います」
ああ、誓って。そして帰って。
そしてソフィアが言う。
「聖女様、突然の訪問申し訳ございませんでした。どうしても父が来たいと言うものですから」
いいよお♪ ソフィアが謝る事じゃないしぃ♪ ソフィアが言うなら仕方ないじゃん♪ ああ…ええ子や。
すると、マルレーン公爵とネル爺が立ち上がった。
「それでは失礼をいたします。外に帰りの馬車と騎士を待たせておりますので、帰りはそれに乗せてやってください」
「ああー。そのような気遣いは御無用です。当家の馬車でお送りしますので、騎士様はお帰りになってください。聖女邸の護衛でしたら、騎士団が責任を持ってやってくれておりますので」
「はっ! かしこまりました。聖女様のお手を患させるかと思いましてな」
「それくらいはさせてください。大切なお嬢様ですから」
「わかりました。それではソフィア、聖女様のお力になるように頑張るのだぞ」
「はい。お父様」
「では。失礼仕ります」
マルレーン公爵とネル爺を玄関まで送り、ようやくおっさんらを締め出す事が出来た。
うひっ!
「ごめんねぇソフィア。お呼び出しして」
「いえ! 研修会の理事、などという大役を頂きありがとうございます」
「うん。そんなカタッ苦しいものじゃないから、とにかく力を抜いて」
そして…俺に身を預けて♪
「はい。広いお心に感謝いたします」
相変わらず堅いなあ。いいなあ。きりっとしてるなあ。ワインレッドの長い髪ときりっと吊り上がった目、めちゃくちゃ美人だわあ。ストライク中のストライクだわぁ。
「あの、マロエとアグマリナに会ってあげて」
「はい! お伺いしました! 聖女様は本当にお心の広いお方だと思いましたわ」
うんうん!
「では…こちらへ…」
俺は冷静を装えているだろうか? 鼻の下が伸びていないだろうか?
実はすでに食堂に二人を待機させており、女子会を開く用意は万全だった。ソフィアを連れて入ると、マロエとアグマリナが立ち上がる。
「そ、ソフィア様…」
「ああ…」
二人がうるうる来ている。だがソフィアはニッコリ笑って言った。
「お久しぶりね。マロエさん、アグマリナさん。元気そうで何よりですわ」
「は、はい!」
「ずっとお会いしたかったです」
「はい。私も」
そう言って目をつぶりカーテシーで挨拶をする。冷静で良いわあ…。それにつられて、マロエとアグマリナもカーテシーで挨拶をした。でも俺は見逃さない、ソフィアは軽く目を潤ませていたしちょっと肩が震えている。めっちゃ嬉しいって言うのが分かる。
「じゃあみんな座って。募る話もあるでしょう? 美味しいお茶とお菓子を用意してあるからお話しましょう」
「「「はい」」」
あああ…。女子会…。ずっと出来なかった女子会。
四人がテーブルを囲むように座り、最高級のお菓子と最高級の茶葉で居れた紅茶が運ばれる。ミリィは一流の給仕が出来るので、お茶の入れ方と温度も完璧だった。
俺がじっと見ているとソフィアが言う。
「とても美味しいです。流石は聖女様の専属であらせられますね」
ミリィが深々と頭を下げて言う。
「公爵令嬢様にそのようなご評価を頂けるとは、大変光栄に存じます」
「すばらしい身のこなし。当家のメイドにも見せてあげたいものです」
「身に余るお言葉」
スッ、とミリが出て行った。流石だわ…これが上流貴族の応対ってやつなんだな。俺の視線は、さっきからソフィアの目と鼻と唇と胸を行き来しているというのに。何てスマートなんだ!
だけどやっぱりお堅い。是非一緒にお風呂に! なんて口が裂けても言えない。
俺が言う。
「実はマロエとアグマリナは秘密裏に匿っててね。でもこれからは大手を振って外に出られる」
「陛下に直談判したとお伺いしました」
「些末な事」
「ふふっ。陛下への直談判を、些末な事と言えるのは聖女様だけでございますわ」
「本当にそうだもの。マロエとアグマリナ、妹のダリアが一生幽閉なんて無理だから。ソフィアと一緒にみんなで外を歩きたいし、貴族子女の研修で人手が足りない。だったら貴族子女だった二人の能力は必要でしょ?」
「はい。二人なら安心して任せられます」
「ソフィアだけに理事を頼むなんて出来ないし、こちらも最大限サポートさせてもらうから」
「ありがとうございます」
「それよりちょっといいかな?」
「はい」
「マロエとアグマリナも」
「「はい」」
そして俺は呼び鈴を鳴らす。
チリンチリーン!
するとそこに、アデルナが箱を抱えてやって来る。ミリィも隣に並んでいた。
「実は、これから貴族子女研修会の、名前を決めたいななんて思ってたんだけどね。その前に実行委員の証をここに授与したいと思ってね」
俺が目配せをすると、アデルナとミリィが箱を開け始めた。
「素敵です…これは何ですか?」
「本当だ…綺麗…」
「全部おんなじですね…」
そこで俺が一つを取り上げて言う。
「これね。貴族子女研修会の実行委員が持つ、ネックレスなんだ。四つあるでしょ?」
「まさか…」
「そう。私とソフィアとマロエとアグマリナのネックレス。全部同じで、裏にシリアルナンバーを掘ってあるから。私が一、ソフィアが二、マロエが三、アグマリナが四」
するとマロエが言う。
「よ、よろしいのですか…」
そう思うのも無理はない。ただのネックレスではなく、小さなダイヤに囲まれたデカいエメラルドがデン! と鎮座している。
「エメラルドはね、愛を象徴する宝石なんだ。ここにいる四人は、愛で繋がっているって言う証。これから一生離れる事は無く、お互いがお互いを愛して友でいるという証だよ」
三人がシーンとしてしまった。
まさか気合い入れ過ぎて引いた? どうしよう?
と思っていたら、ポタリ。
俯くソフィアの目から涙がこぼれた。ソフィアだけではない、マロエとアグマリナの目からも大粒の涙がこぼれて来る。
よっしゃ! サプライズ大成功! 前世ヒモで良かったぁ。
ソフィアが言う。
「ありがとうございます。生涯、私が天に召されるまで大切にいたします」
「私も!」
「私もです」
「よかった。ミリィ、みんなにつけてあげて」
「かしこまりました」
そして四人が愛の証をつけた。
「これで運命共同体。何があっても、この国の…いえ世界の女性の為に共に頑張ろう」
「「「はい!」」」
こうして貴族子女研修会の理事会は大成功に終わった。これからはこの四人の理事で、研修会を成功に導いていく。これでソフィアと一緒に行動する権利を得た。大満足の結果に、俺は心で特大ガッツポーズを決めるのだった。




