第303話 私とソフィアのこと
うわぁ! ソフィアとおんなじ馬車なんですけどぉ! うれしいよぉぉぉ!
これまで長ーい間、会えてなかったという募る想いもあり、うれしすぎてウレションしそうになる。ヒストリアが用意した馬車には、俺とアンナ、シーファーレン、そしてなんとソフィアが乗っていた。
そう。俺は犬だ。飼い主にずっと会えなかった犬の心境だ。
長かった…。ネメシスからの邪魔が入り続け、ソフィアとはずっと疎遠になっていたのだ。ここにきて二人の間に隔たる壁は無い。同じ空間にいるだけで、めちゃくちゃほっこりしてしまうのだった。
「ずっと大変だったね。本当に心配していたんだよ」
「ご心配をおかけいたしました。私もずっと聖女様の事を考えておりました」
「お父様の事も心配だったけど、もう心配無さそうだね」
「最初は気づけなかったのです。ですが、王宮で邪神騒ぎがあり気づく事ができました」
「よく気が付いた。やっぱり何かおかしかったんだ?」
「はい。いつものお父様ではありませんでした。虚ろで、普段は言わないような事を言うようになってました。人が変わったのかとも思いました。いつもうわの空で」
「それでも、なかなか邪神には繋がらないよね? 凄いと思う」
「あの…それが、父からも話がなされた、あの不思議な力の事なのです。予知夢というのでしょうか?」
そうだ。マルレーン公爵も言っていた。ソフィアには不思議な力があるという。そしてシーファーレンが言っていた事も気になる。
「シーファーレン。そういえばその力って、本来は聖女の力だと言っていたよね?」
「そうですわ。伝承によれば、それが神託と呼ばれています」
俺が肩をすくめていう。
「じゃあ私は聖女じゃないんじゃないかな?」
だがソフィアもシーファーレンもアンナも、声を合わせて言った。
「そのようなわけがございません。これまでの偉業はまさしく神の如き御業によるものでございます。聖女様は間違いなく聖女様です」
「だな。わたしにも加護をくれた。聖女でなければ無理だ」
「そうですわ。どう考えてもこれまでの事は、神がかり過ぎています。聖女様が聖女様である事は間違いございませんわ」
皆に言われると間違いない気がするが、それならばソフィアの力はなんなのだろう?
「ソフィア。具体的に教えて欲しいな」
「そうですね…。それは昼夜構わずにやってきます。眠くなってウトウトしていると、女の人の声が聞こえて来て私に告げてくるのです。そこで身内に、邪神の影響が及んでいると気が付いたのです」
「じゃあ、女神フォルトゥーナじゃない?」
「そんな…」
皆が神妙な面持ちになる。どう考えても神託のような気がするし、ソフィアが聖女で俺が間違って選ばれたという可能性はなくはない。そして俺は、ネメシスが言った言葉が気になった。
それは俺をおびき出すために、ソフィアをつけ狙ったと言う言葉だ。まるで俺がソフィアに好意を寄せていて、命をかけて救い出しに来ることが分かっていたかのよう。だがソフィアへの想いは俺の心に秘めた思いであり、この世界の誰にも言った事は無かった。
俺が言う。
「多分…ネメシスが狙ったのはソフィアだったと思うんだよね。ネメシスの言動や行動から考えて、とても腑に落ちる事がたくさんあるから」
シーファーレンも頷いた。
「聖女様のおっしゃる通りかと思います。ソフィア様のお友達の家々やマルレーン公爵様への干渉、あちこちで問題を起こして聖女様を王都から不在にさせようとする行為、それが敵わなければマルレーン公爵様を王都から追い出して、ソフィア様を王都から引っ張り出す。以上の事から考えても、ソフィア様を標的にしたと考えるのは不自然ではございません」
そのとおり。どう考えてもソフィアの周りだけで、おかしなことが多かった。
「私が、なぜかソフィアに会えなくなっちゃうし」
「そうですね。聖女様にお目通りする事が無くなりました」
馬車の中がシーンとする。全員鋭い人間だからある事に気が付いたらしい。シーファーレンがそれを口にした。
「聖女様とソフィア様を引きはがす為の、作為的な行動のようですわ」
「確かに…」
するとアンナが言う。
「二人が一緒に居られると、ネメシスにとっては不都合だったんじゃないだろうか?」
「私達が一緒に居ては不都合がある?」
「そう思えるが、なぜかは推測がつかん。ここまですれ違い続けさせられるには、それなりの理由があると思うだけだ」
「確かにねえ…」
さっぱり分らねえ。なんでソフィアにくっついちゃいけないのぉ! 毎日でも会いたいのに。もし故意に二人を離れ離れにしたんだとしたら、ぜってぇ許さねえ。
「もしかしたら、ネメシスがやきもちを焼いたとか?」
「「「……」」」
変な事言ったかな?
「まさかですわ」
「そんなわけがないだろう」
「そうです聖女様。私と聖女様の間を引き裂いたのが、やきもちなどと言う訳がありません」
「…だよねー」
「そうですわ…」
「うむ…」
「そうですよ…」
微妙な空気が流れる。まあ適当に話をまとめる事にしよう。
「二人が近寄らないようにすることで、何らかのメリットがネメシスにあると考えるのが妥当かな」
「だと思われますわ」
二人が近寄らない事で、邪神にメリットなんかあるはずがないと思うけどね。
「ふう。ずっとこんな出来事ばかりで疲れたよ。あとこの話は、王都に帰ってからにしよう」
「「「はい」」」
そして俺はもう一つ、ソフィアに聞いた。
「そういえばネル爺は、マルレーン家に入るんだって?」
「そうです。ずっと隠れ家を守ってくれていましたが、この度の活躍でお父様がそばに置きたいと」
「それはいい」
ネル爺ならば、ネメシスと戦った実績もあるし、本体を見ているからな。爺さんめっちゃ頑張ったし、老後くらいは良い思いしてもいいだろう。
その時、外から声がかかる。マイオールの声だ。
「恐れ入ります聖女様! 間もなく王都の管轄地域に入ります。ここまで来れば近衛騎士団もおりますので、ご安心していただいてよろしいかと」
えー! ご安心できない。またあのキラキラ笑顔のイケメンバレンティアが俺に色目を使って来る。
「一体…どこが、氷の騎士なんだか…」
「えっ、何かおっしゃいました?」
「言ってない、言ってない!」
「そうですか。うふふ」
そうやってにこりと笑うソフィアにかぶりつきたくなる。なんだこのキリリとした顔で笑う、優しそうな笑顔わぁぁぁぁぁ! こんなんされたら、俺は…。俺は…。勃たない…。ないから。
抱きしめたいけど…変だよなあ。
ただ…チューくらいしても…。
ここにいるのはシーファーレンとアンナだけだし、理解してくれるんじゃないのか?
んなわけねえか…。
焦る事は無い。王都に着いて落ち着いたら、必ず二人で会える時を作る。あの祝賀会のベランダの続きを、そしてヒッポから落馬した時の続きを、俺は絶対に叶えるんだあぁぁぁぁ!
そうして俺達の長い長い大名行列は、ヒストリア王都管轄地域に入っていくのだった。




