第2話 聖女のアレは何処へ
物凄くスムーズに着替えさせられ、メイド達はかなり手慣れている事がわかる。
「流石は聖女様でございます。豪華なドレスではなく、そのお召し物をお選びになるとは。謙虚な姿勢を見習いたいと思います」
えっ? 謙虚じゃなく身軽だから選んだんだけど。まあ評価されたようだからいいか。つうかドレスじゃなくてズボンとTシャツがベストだけど。
「おかけください」
俺は可愛いメイドに進められるままに、テーブルの椅子に腰かける。目の前にティーカップが置かれ、そこにお茶が注ぎ込まれた。香ばしい紅茶の香りが広がり、一旦俺のざわついた心が落ち着いて来る。
「どうぞ」
お茶はいい具合にぬるくなっていた。どうやら俺が汗をかいていたので、飲みやすいように冷ましてくれていたようだ。相当喉が渇いていたようで、それを一気に飲み干す。いきなりキンキンに冷えた飲み物は、水分補給をする場合には逆効果。このぐらいの温度がちょうどいいし胃腸に負担をかけない。なんて事をこのメイドが分かっていたかどうかは知らんが、物凄く気配りが出来る事は確かだ。
「緊張されているとの事でしたが、大丈夫ですか?」
「ええ、まあ…」
可愛いメイドが俺に声をかけてくれる。
…あれ? 俺はこのメイドの名前を知っているぞ。ぼんやりとあぶり絵のように浮かんできて、少しずつ繋がってきた気がする。この可愛いメイドはミリィって名だ。確かフルネームはミリィ・フィエル。俺なんでこの女の事を知っているんだ?
「祝賀会までは、もう少々お時間が御座います。お寛ぎなさいますよう」
そう言いながら次に出された飲み物は果実水のようで程よく冷えていた。出来る女はこういうところが違う。一度温めの飲み物で優しく水分補給をし、次に冷たい飲み物を出す。
そう! ミリィはこういう気遣いが出来る女だ。なんで俺はそんな事を知っている? この女とは初対面のはずだが、記憶にはきちんと残っていて変な気分だ。
「失礼いたします」
一礼するとメイド達が一斉に部屋を出て行った。最後にミリィが扉付近で頭を下げドアを静かに閉じる。
「ふう」
ようやく周りに人がいなくなって一息つくことができた。とりあえず目の前に出された冷たい飲み物を一口飲む。
しかし…なんだ? 俺は何故女になってる? ようは生まれ変わったという事で当ってる? それもよりによって絶世の美女になっちゃってるし。なんか、やたらとちやほやされて身分が高い気もする。
「あっ」
気がつけば俺は冷たい飲み物を飲み干していた。さらに緊張がほぐれて今度は生理現象が襲って来る。いつの間にか下腹部がパンパンだ。
さて、トイレ。あれ? 何故かトイレの場所が分かる。
そうして俺は扉を開けて廊下に出る。すると廊下には先ほどのメイド達がずらりと並び、ミリィが俺に近寄って声をかけて来た。
君たち、ずっと居たのね…
「おトイレでございますか?」
「ちょっと飲み物を飲み過ぎた」
「では」
ミリィが手をかざし俺はそちらへと歩いて行く。ミリィが扉を開けてくれたので中に入ってみると、そこはとても豪華な空間になっていた。便座が美しく彫刻されていて、中央に穴があり座る場所はつるりとしている。現代風の洋式トイレとは違うが、やり方は同じであることが分かる。
「えっと」
俺はスカートをたくし上げて、自分のイチモツを…
イチモツを…
イチモツを…
うそ! 俺の相棒が! スーパーマグナム君一号が何処にもいない!
「うわ!」
俺は思わず声をあげてしまった!
コンコン!
「どうなされました? 聖女様?」
ミリィの慌てる声が扉の外から聞こえる。
「なんでもない、気にしないでくれ!」
「わかりました」
だが俺は気にしていた。というより焦りまくっていた。自分の逞しマッスルの相棒が、跡形も無く消え去っているのだからテンパるのは当然だ。だって生まれた時から、寝食を共にしてきた家族以上の相棒がそこに居ないのだから。
泣きそうだ。
去勢された猫のようになりそうだ。いや、まさに去勢されたのだ。俺の体は間違いなく女になってしまっている。ちょっと涙が出て来た。
「ううう…」
とはいえ我慢が出来ない! 俺はスカートをまくり上げて下着をおろし便座に腰かけた。素直なもので、暖かいものが俺の中からきれいさっぱり出て行ってくれる。
「ふう」
ブルッとくる。
落ち着け! 落ち着け俺! これは現実だ!
間違いなく俺は女に転生したらしく、次第にその記憶が繋がって来た。トイレを済ませた事で精神が落ち着いて来て、この体の記憶が一気に流れ込んでくる。
俺は聖女の儀を済ませて、これからその祝賀会へと出席する。さっき一緒に馬車に乗って来たのは、この国の王と妃。俺は聖女として神の祝福をうけ、正式に聖女として国中に知らされた。祝賀会には貴族たちが集まってくる。言って見れば真正聖女のお披露目会だ。俺はこれからそれに主賓として出席する事になっているのだ。
前世の記憶が思い出されて、パニックになり現状を忘れていただけだ。
「まずは受け入れるしかないか」
トイレを済ませた俺が外に出ると、ミリィが心配そうな顔で俺を見ている。
「いかがなさいました?」
「大丈夫」
「本当でしょうか? 言葉遣いが殿方のようになっておられたような気がします」
「だ、大丈夫です」
「はい…」
ちょっと落ち着く為におさらいをしておきたい。ミリィは今日の式典の内容を知っているはずだ。俺はミリィに声をかける。
「ちょっとお話しません?」
「よろこんで」
あまり喜んでいるような返事ではないが、とりあえずミリィを連れて部屋に戻る。
「今日の予定の確認をしたいのだけれど」
「はい。これから一時間くらいしたら祝賀会が始まります。ですのでその前に舞踏会場へと移動します。貴族の方々がいらっしゃるので、皆にご挨拶をし歓談する事となります。それが終われば本日の予定は終了です」
祝賀会で歓談か…。誰と話す事になるのだろう? 正直あまり気乗りしない。だが恐らく気乗りしていないのは、聖女としてのこの体も一緒だ。あまり華々しい場所に出るのは好きじゃないようだ。俺はホストもしていたので、そう言う場所に出るのは全く苦じゃないが、聖女としての俺は華々しい事は嫌いらしい。
「明日は?」
「市中の教会を巡礼いたします。聖女となったからには、教会の重鎮にご挨拶をしなければなりません。そして午後は孤児院への訪問が予定されおります」
「ありがとう」
やはり間違いない、俺にはその記憶がちゃんとある。そしてそれが、とても重要な儀礼であると知っている。
めんどい! そんなんしたくねえ! 俺は女を喜ばせ、蝶のようにあちこちを飛び回るヒモなんだ! なんでそんな忙しい一日を送らねえといけねえんだ!
と心の中で思いながら、ミリィにニッコリと微笑みかけるのだった。
「ようやく緊張がほぐれてきたご様子ですね。安心いたしました。しかし珍しいです。いつも冷静沈着な聖女様でしたのに」
「まあ、そうだ…そうね」
「私がそばにおりますので、何なりとお申し付けくださってください。王宮からの命を受けてからずっとお側にいました。本当にお気遣いなさらぬようにお願いします」
「頼もしい…わ」
「もちろんです。私は聖女様のお命を守るために、死ぬ覚悟が出来ております」
いやいや。こんな可愛い子ちゃんにそんな真似はさせらんねえ。こう見えて俺は稀代のナンパ師なんだからさ、女の子の泣く姿なんて見たくない。いや…いっぱい泣かせてきたけど…これからは出来るだけ多くの女を笑顔にしてやる。
「死ななくて済むようにする。とにかく君は、幸せになる権利がある。そんなに可愛いんだから、おれ…いや、私などの為に命を捨てるなどと言わないでほしい」
「なっ! 何をおっしゃいます! 国の至宝である聖女様を守れる事は、誉れでございます。その輝かしい名誉に、私の家は何代にも渡って賞賛され続けるでしょう」
「賞賛? お金とか貰えるの?」
「いいえ。褒美など特には、ただ代々その栄誉を受け続けると言う意味です」
マジか。栄誉の為に死ねるって言うのか? なら一層そんな真似はさせられない。
この世界の常識がいまいち理解できていないが、俺の体が何故かそれを受け入れている。もちろんそんなものはクソくらえだ。こんな可愛い子に、そんな過酷な事を強いてはいけない。今度は女を幸せにする! 俺は心の中でそう呟くのだった。
次話:第3話 聖女の祝賀会