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第28話 予期せぬ褒美

 新居での生活は数日で落ち着いた。片付けや王宮の視察などを経て、ようやく一息つく事が出来たのだった。しかし自由に使える時間はあっという間で、俺はすぐさま王宮へと呼び出される事になる。何故、呼び出されたのかはおおよそ見当がつく。


 ああ…ヒモ時代の自堕落な生活が懐かしい。…でもその結果が刺されて死んだのだから、俺はそれを繰り返すわけにはいかない。女から貰った金で日々を繋いで、生きて行くなんて事が一生続く訳は無かっただろうし。


 俺は王宮からのお迎えの馬車に乗り、お付きのミリィと一緒に話をしていた。


「やっぱり…財団の事かな」


「スティーリアさんは、そうじゃないかとおっしゃってましたね」


「なんでそんなに大きな事になってしまったのか…」


「それはもちろん、カルアデュールの奇跡のおかげかと思われます」


 城塞都市カルアデュールの数か所の砦は、全てカルアデュールが管理している。都市カルアデュールはアルクス領にあるのだが、どちらかと言えば城塞都市カルアデュールのイメージが大きい。その為帝国を追いやったあの出来事は、カルアデュールの奇跡と呼ばれているのだった。


「いやぁ、奇跡って程じゃなくない?」


「えっ!? 何をおっしゃってるんですか! あれが奇跡でないとしたら何なのです?」


「あの…公務?」


「謙虚にも程がございます。国中が賞賛する手柄を立てたのですから、その様にふるまってくださればいいのに…。聖女様は本当に欲が無いのですね」


 いや、欲だらけだよ。君ともスティーリアともビクトレナともソフィアとも、友達以上の関係になりたいし。出来ればミステル嬢やアグマリナ嬢やマロエ嬢とも友達以上になりたい。時おり風呂で使用人たちの裸を見ても、俺は手を出す事は出来ないのだからね。とにかくどうにかして、俺が君らに手を出せる環境を作らなければならないのだ。


「いや、そんな事はないのだけれど」


「私が一番よく知っております。聖女様は物欲も無いですし、そもそも殿方に恋心を抱いたりしないですよね? 聖職者としての理想であると思うのですが、本当にお好きな殿方などはいらっしゃらないのですか? 我慢をなさっているのではございませんか?」


 いねえよ。俺が男に恋をするなんて、世界がひっくり返ってもねえ。生きたムカデを耳に入れられるくらいには、男の事を嫌いだって知ってほしいね。


「助けなきゃいけない人がたくさんいるから」


「はあ…、その志。本当に頭が下がります…。少なくとも私は一生聖女様を支えたいと思っております」


 マジ? それはありがたい! ずっと一緒にいてほしい!


「まあ…ミリィが望む限り居て良いけど、無理はしないでね」


「無理ではありません」


 ミリィがうるうるとした目で俺を見る。


 えっ? いいの? ここでキスしていいの? これは良いって事だよね?


 と思っていたら、コンコン! とドアがノックされた。


「王宮へご到着いたしました!」


 くそが! また邪魔が入った! この馬車の中ってのが、すこぶる条件が良いんだがな! 部屋に呼んで何時間も出てこないなんてなったら、皆が邪な想像をしてしまう。皆で風呂に入るくらいが関の山だし! はあ…


 ガチャ! と馬車の扉が開く。


「失礼いたします!」


 はあ…またお前か、バレンティア。まあ王宮に来たのだから、お前に会う確率は高いとは思うが…なぜわざわざ近衛騎士団長が迎えに来る? 


 イラっと来た俺は聞いてみることにした。


「バレンティア卿。近衛はお忙しいのではございませんか? 私などの出迎えは下の者にやらせればよろしいのです」


 すると氷の騎士の二つ名が、霞むような笑顔でバレンティアは言った。


「陛下のご命令ですよ。確かにそれほど暇ではないのですが、ヒストリア王国の英雄の出迎えとあれば、それ以上の重要な仕事はありますまい?」


 王の…、まさか王は俺とバレンティアをくっつけようとしている?


「そうですか。それでは仕方ありませんね、お仕事の邪魔をしてしまい申し訳ありません」


「いえいえ! 英雄の聖女フラルをエスコートできるのは光栄でございます。近衛団員からは妬みの声も上がっているくらいです」


 妬みだと? コイツだけでも面倒なのに、近衛兵めんどくせえ。


 バレンティアが手を差し伸べてくるので、俺はその手を無視して馬車を降りる。男の手を握るなんて背中の皮を油で揚げるより辛い。


 そしてかって知った王城内を、俺は率先して歩いて行く。苦笑いしながらバレンティアが俺の後を、そしてその後ろをミリィがついて来るのだった。ルクスエリム王の王室へと招かれて、王室の前に立っている近衛にバレンティアが声をかけた。


「開けろ!」


 なになに? 俺に対する態度とめっちゃ違うじゃん! 部下にそんな冷たく当たったら、パワハラって言われるかもしれないぞ。


「は!」


 そして近衛が中に声をかけると、中から返事が返って来て扉は開かれた。


「それでは私はこれで」


 バレンティアがそう言って頭を下げた。そして同じくミリィが行った。


「私は廊下で待たせていただきます」


「悪いけど待っててね。疲れたら休憩させてもらいなさい」


「休憩など不要です」


 まったくミリィは頑張り屋さんだなあ。好き!


 そして俺が王室へと足を踏み入れると、そこには知った顔が居た。


「陛下! 聖女フラル参りました!」


 俺が前に進んで、膝をついて頭を下げる。


「よいよい! 英雄よ! もうざっくばらんで良いのじゃ! この国の英雄にそのような姿は似合わぬ!」


 んじゃ失礼して。


 俺は立ち上がって、再び軽くカーテシーの礼をした。


「そしてお久しぶりです。ミラシオン卿」


「お元気そうで何よりでございます! 聖女様の王都でのお噂はこちらにも届いておりました」


 ああ…財団の事ね。それめっちゃ面倒だし、そういえばお前も署名してたな。クソが!


「それほどでもございません」


 するとルクスエリム王が場所を変えようと言い出す。どうやら王の書斎へと通されるようだ。そこでは王の最重要な話がなされる場所で、俺は一気に気が重くなった。超豪華な応接室へと通され、座るように促される。座るとすぐに超高級なお茶と茶菓子が運び込まれて来た。王が口を開く。


「来てもらったのは他でもない。実は戦後処理についての話なのだ」


 あ、俺はてっきり財団の話だと思っていた。何の話だろう?


「どう言ったお話でございましょう?」


 するとルクスエリム王が、テーブルの上に書面と名簿のようなものを広げた。聖女支援財団の話の時にも見たが、こういうのは大抵面倒くさい話になりそうだ…


「帝国の捕虜についてだ。かなりの人数の捕虜をこちらで預っているのだがな、捕虜の食費や経費がかなり掛かっているのだ。聖女フラルが帝国を追い払ってくれた時に、かなりの人数を捕えているからな」


 なるほどなるほど。そう言えば川向うに墓を建てて、捕虜を捕らえるような事になっていたっけ。捕虜を餓死させるわけにもいかないし、早く帝国に返してしまえばいいのに。


「帝国はなんと?」


「名簿を見てもらうと分かる通り、名のある貴族の子息などがいるのだ。保釈金がかなりのものとなるので、帝国でもかなり時間がかかっておる」


 え! それじゃあ良いこと考えた!


「ルクスエリム陛下! そのよろしいでしょうか?」


「うむ」


「この度、聖女支援財団なる物が設立されたようなのですが、そこで集まった資金を立替金としてミラシオン卿に役立てていただいてはいかがでしょう? ただ…、財団に出資してくれた貴族様達がそれでご納得するかどうか」


 するとルクスエリム王がゆっくりとした口調で言った。


「聖女フラルならそう言ってくれると思っていた。そしてその旨をわしからも伝えるが、聖女の口からも発表してはもらえぬか?」


 いい! いい! そんな金を貰ったら、自由に身動きできなくなりそうだし! 願ったりかなったりだ。出来ればすぐにでも話をしたい!


「すぐにでも」


「そうか! わかった! ならば一週間の後に主要な貴族と教会を集めようではないか!」


「わかりました」


「帝国への引き渡しの後は、更に多額の金額が戻って来るだろう。それは全て聖女フラルのものとなる、それで納得して貰えるか?」


 うへぇ…、しばらくたつともっとデカい金になるって事か。俺にそんな金は要らないんだけどな…


「その時は、ヒストリア王国の為に役立てられる事を望みます」


「そういう訳にはいかん。それでは王国がそなたを利用して金を集めたようになってしまうじゃろう。だからその時は速やかに受け取ってほしいのじゃ」


 なるほど…、じゃあそれまでに恵まれない子や慈善事業を調べておくとするか。そこに派手に寄付をしていけば、真面目なソフィアは俺に惚れてくれるだろう! その時はその時考えるとする。


「わかりました。他にお話はございましたでしょうか?」


「この度の話は以上だ」


「はい」


 するとミラシオン伯爵が俺に向かって深々と頭を下げる。


「我が領の兵を救っていただいたばかりか、アルクス領の財政難まで御助力頂きなんとお礼を申し上げてよろしいか!」


「お礼など、私は当然の事をしたまで。それがお役に立つのであれば、私はそれでいいのです」


「貴方様は…本当に神のお使い様なのでしょうな。このご恩は生涯を持ってお返しいたします」


 うへぇ…、イケメンの生涯なんていらねえって。お前はお前の事だけ考えて生きてくれ! 頼むから!


「お気になさらずに」


 するとルクスエリムが俺とミラシオンに告げた。


「この度は誠に大儀であった。これからもこの国を頼んだぞ!」


「はい」

「は!」


 そして話し合いは終わった。するとルクスエリム王が言った。


「聖女フラルよ。新居はどうかな?」


「はい! とても居心地がよく、使用人たちも喜んでおります! 陛下には何と感謝してよろしいのか!」


 するとルクスエリムが呆れた顔で言う。


「まったく…その程度で喜ぶとはな。他に何か欲しいものなど無いのか?」


 えっ! 言っていいのかな? 俺の私利私欲にまみれた事を言って… いいの?


「あの、定期的に婦人会を行い、定期研修などをさせていただけませんでしょうか?」


「婦人会?」


「はい。貴族の子女を集めて勉強会を行うのはどうかと?」


「ふふっ、まったく…そなたは国の為になる事ばかりを考えておるのじゃな。それを否定する事があるだろうか、王室からの援助でいくらでも行うと良い」


 マジ! よっしゃあぁぁぁ! これで合法的にソフィアと定期的に会う事が出来るぞ!


「ありがたき幸せ」


「そう言えば、聖女は自分の使用人達にとても良い褒美をくれたようじゃな」


「あ、レストランの事でございますか?」


「そうじゃ。あれはきっといい思い出になっただろう」


「はい、皆が喜んでおりました!」


 そりゃもう! めっちゃ喜んでた!


「人の為…、わしも見習わねばならん」


 するとミラシオンも軽く頭を下げて言った。


「陛下のおっしゃる通りだと思います。私も聖女の生きざまに学ばねばなりません」


「ふむ。今日は王家の専属料理人よる食事を用意しておる。是非堪能していってくれ」


「はい」


「私まで…ありがとうございます」


 てことは! ミラシオンと言う邪魔者はいるが、久しぶりにビクトレナ王女に会える! やった! 是非ご相伴にあずかろう!


 俺は棚ぼたのような、ビクトレナとの会食に心を踊らせるのだった。

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