第279話 元薬師を見極める
気を失ってしまった元の薬師をベッドに寝かせ、全員で調剤場まで降りた。とりあえず重要な装備は、シーファーレンの部屋に置いて魔法で隠しているので見られる事はない。彼女を寝かせている部屋に置いてあるのは、俺の下着や着替えくらいの物だ。
「マズい所を見られてしまったかな」
「見間違いだという事にでもしておきましょう」
「だね。とにかく彼女が調剤場に来る前に、さっさと怪しい薬を作っておこう」
「そうですわね」
マグノリアとゼリスとリンクシルまで、皮の手袋をはめ込んで作業を始めた。俺がやると言っても、みんなが俺には触らせてくれない。アンナが見張りに立ち、ネル爺が倉庫からせっせと薬草を運んでくる。
仕方がないので、一人窓を外を眺めていると時おりメイドや使用人が通りかかるのが見えた。俺達の事が気になるのか、チラチラとこちらに目配せをしている。するとアンナが言う。
「あれは監視だ。ただのメイドや使用人じゃない」
「やっぱそうなんだ。そりゃ警戒するよね…怪しさ全開だもの。あのカイトが見張らせているのかな?」
「どうだろうな。案外あの王子は抜けているように見えるが」
「そう? なんか腹黒くない?」
「それにしては、使用人達に感情丸出しで怒らないか?」
「確かに…」
いつまでも窓から顔を出しておくのも怪しいので、俺は顔を逸らして室内に目を向ける。
「あの、薬師さんどうしようっか?」
「いると作業がはかどりませんわね」
「バレちゃうか…」
「王子には嫌悪感を抱いているようですが」
少し考えて俺はリンクシルに行った。
「ファイ、悪いんだけどエンドと見張りを代わって」
「はい!」
リンクシルが手袋を取り、アンナと交代した。
「エンド、彼女の所に行くよ」
「わかった」
俺とアンナは調剤場を抜けて、寝ている彼女の部屋へと向かう。俺が部屋のドアをそっと開けて、中に入っていくとまだ女は眠っていた。だが何やらうなされているように見える。
「うう、やだ、辞めたい…」
「寝ぼけているね」
「そのようだ」
「目のクマが酷い。ちょっと回復魔法をかける」
俺が女に回復魔法をかける。すると眉間の皺が消えてスースーと寝息が大人しくなった。
「落ち着いたか?」
「落ち着いたね」
しばらく彼女の寝顔を見つめていると、人の気配に気が付いたのか薄っすらと目を開ける。
「あ、あれ?」
「大丈夫?」
「私…いったい…」
「急に倒れて」
「あ、ね、ねずみ!」
そう言って床を見渡すが、もちろんゼリスの使役したネズミはもうどこにもいない。
「ネズミ? なんのこと?」
「ここにたくさんいた気がしました!」
「いないよ。気のせいじゃない?」
「え、いた気がしたんですが」
「夢でも見た?」
「…夢。そうかもしれません。私疲れていたから」
「そのようだね」
「あの、手伝いに行かなくちゃ!」
「まだ休んでていいよ」
「でも怒られる!」
「大丈夫、ここの事はここだけの秘密。あなたは別な仕事をしていたという事で」
「でも」
「いいからいいから!」
「はい…」
落ち着いてくれた。ようやくしっかりした話が出来そうだ。
「私はオリジンと言います。あなたは?」
「メリールーと言います」
「よろしくねメリールー」
「はい」
「なんだか、うなされてたみたいだけど。嫌な事でもあるのかな」
「私、うなされてましたか?」
「うん」
「そうですか…」
「ここに戻るのが嫌だった?」
「はい、嫌でした」
まあなんとなくわかるけど。
「カイト様が嫌い?」
「はっ? いえ! そのような不敬な物言いを!」
「さっきも言ったけど、ここの事はここだけの秘密」
「…はい。あの…最初はそうでもなかったのですが、だんだんと」
「何か嫌がらせでも?」
「なんともうしますか…」
「いいよ、言って」
「最初は毎晩のように訪れて、私と二人きりになるようにしようとしておりました。ですが私は、仕事とそういう事は別だと考えて、部屋に来ないようにお願いをし続けました」
「なるほどね。それを断り続けていたら怒った?」
「厳しくなりました。とにかく何をしても怒鳴られるようになりました」
なんだ。セクハラとパワハラのオンパレードじゃねえか。アイツがさわやかクソ野郎だという事が、はっきりと分かっただけでも良しとしよう。
「それは嫌だね」
「えっ?」
「とっても嫌な事だ」
「でも、周りに言うと、王子様からのお誘いを断るなんて、なんてお高くとまっているんだろうって言われます」
「いやいや。こちらに選ぶ権利はある」
「えっ! 女に選ぶ権利などあるのですか?」
「あるある。むしろ、あの王子は嫌だもの」
「そ、そんなはっきりとした物言いを…」
「夜這いに失敗したら怒鳴るなんて最低男だよ」
童貞なんじゃない? って思うくらいだ。
「あ、あの」
「メリールーはどう思うの?」
「さ、最低だと思います」
「でしょ! 私には正直に言っていいよ」
「いいのですか?」
「問題なし。ていうか、今は私がそうされつつある」
「えっ!」
「同じ悩みを持つ者同士、悩みを聞かせてほしいな。私が矢面に立ってあげる」
「そんな…見知らぬ人にそのような」
「いや、もう知り合ったし、同じことをされている仲間じゃない!」
「それは、そうかもしれませんが」
「原因はカイトだけ?」
「よ、呼び捨てでございますか?」
「もちろん面と向かっては言わない。言ってごらん、カイトって」
「でも」
「いいから」
「カイト」
「そう、名前で呼ぶだけありがたいと思う」
「は、はい」
そこで俺はようやく聞きたい事を切り出す。
「他の王子には面識はある?」
「見たことはあります。ですが、話をした事があるのはカイト様…」
「カイトだけ?」
「はい」
なるほどね。
「他の王子の印象は?」
「第一王子は分け隔てなくという感じですが、第二王子は怖い印象です」
「警戒心が強いのはどっちかな?」
「多分…第一王子かと。陛下に代わっていろいろな事を取り仕切っておりますので」
なるほどね。もしかすると、俺達の身の回りを監視させているのは、第一王子という可能性もあるわけか。
「どうしたら、二人の王子に会えるものかな」
「薬を収めに兵舎へ行くことがございますが、そこで第二王子に会う事はあると思います」
「なるほど、第一王子は?」
「ほとんど王宮におりませんが、来客などがあると庭園を案内したりしています。その時に見かける事があるかと思います」
いいね。彼女は良く見てる。倉庫も几帳面に整理していたみたいだし、めちゃくちゃ真面目な性格なんだろう。こんな彼女を追い詰めるなんて、カイトはクソキモ野郎甚だしい。
「私達も雇われ薬師であるけど、あなたのような立派な人を追い出すなんて、本当に見る目がない王子」
「いえ、私など」
「いやいや。あなたは素晴らしいよ。うちの薬師たちも言ってた。こんなにきちんと倉庫を管理していた人は、きっと真面目で優秀だって」
「滅相もありません」
「いや。凄いよ、あなたみたいな人材は貴重」
「そんな…」
どことなく、最初のヴァイオレットに雰囲気が似ている。きっと女だという事で、いろいろと苦労を重ねてきたのだろう。ただ、まだ本当の事を話すわけにはいかない、彼女が完全に仲間だとはまだ判断できないから。
 
「起きれる?」
「はい。体の調子が悪いわけではありませんので」
「じゃあ、みんなに改めて紹介するよ」
「わかりました」
俺とアンナはメリールーを連れて、調剤場へ降りる。皆へメリールーを紹介し、皆もそれぞれがコードネームで自己紹介をした。
「皆様、変わったお名前なのですね。異国の方ですか?」
「そう。隣国から来たばかりで」
そしてメリールーは鼻をくんくんさせた。
「あの、この臭いなんですが…」
そこでシーファーレンが言う。
「ああ、ここでは戦場でも扱えるような薬を作ろうと思っています。だから、劇物のような物もありますが、そういう薬の取り扱いは?」
「大丈夫です! 手伝わせてください!」
「もちろんですわ」
そしてメリールーはようやく、仲間に混ざって薬の製造に携わるのだった。これから一緒に仕事をしながら、彼女がカイトの送り込んだ間者で無い事を確認する必要がある。もしどちらに転んだとしても、私は彼女を救うと決めているけど。
「じゃあ、エンド。しっかり見極めて」
「ああ」
俺とアンナはじっとメリールーを見つめるのだった。




