第269話 国が警戒する重要人物
めっちゃ人目をひくんですけど、本当にこれでいいんでしょうか? と思ってはいたが、俺もヒストリア王都ではBARマドンナで騎士の気をひく作戦を取った。どうやらそれを聞いていたシーファーレンが、それをやってみようと思ったらしい。そんでもってシーファーレンは、自分をさらけ出している時は人見知りだが、変装しているとやたら饒舌なのだ。
さっそく飲み屋街に来るが、俺とシーファーレンだけじゃなく、男っぽいアンナとボーイッシュなクラティナまでが娼婦っぽく見えている。アンナはもっと人見知りだし、男が寄って来たら一触即発な気がする。クラティナも男を相手に出来るような気がしない。かくいう俺も、なるべく男には近づきたくない為、BARマドンナはミラーナに任せていたくらいだ。
「さあ。どのあたりに騎士様はいらっしゃるでしょうか?」
なぜかシーファーレンは嬉しそうだ。
「まあ、男が集まるのは、しっかり食べれるところだろうね。でも冒険者や仕事終わりの人もいっぱい歩いてるみたい」
「確かに」
するとアンナが言った。
「騎士か剣士の気配なら分かる。王宮勤めかどうかまでは分からんが」
「それでもいいんじゃない? っぽい人がいたら話を聞いてみよう」
「よし」
アンナの目がギラギラとしてきた。まるで魔獣を探しているような眼光に、周りの一般人が避けて通っていく。娼婦のような感じの女が、めちゃくちゃ尖っているのだ。それはそれで異様な感じがする。
「アンナ。それじゃ人が逃げるよ」
「えっ?」
するとクラティナが言う。
「と、とにかく店に入った方が良いんじゃないですか!」
「そうしよう」
そして俺達四人が、適当な酒場の入り口に入っていくと、中で飲んでる男達がちらちらと見ているのが分かる。恐らく俺達が、男漁りに来ているとでも思っているのだろう。おえっ!
席に座ったら、店員より先に近くに座っている男が声をかけて来た。
「なんだなんだ、ねえちゃんら。仕事前に腹ごしらえか?」
するとシーファーレンが言う。
「そうよ。腹が減っては戦は出来ぬってね」
「おお、勢いがいいな」
「いきなり声かけて来て、奢ってくれるのかしら?」
「へへ。悪くねえな」
「そちらさんも一緒?」
離れた場所に座っている男達がこっちを見ていた。
「まあ、そうだ」
「このひと、こう言ってるけど?」
「そいつは女好きなんだよ。相手してやってくれるか?」
「あなた達は良いの?」
「おりゃ所帯持ちだ」
「そっちのボクは?」
「お、俺はべつに!」
なるほど、別にガラの悪い奴らではなさそうだ。声をかけて来たこいつが、たまたま女好きってだけだったらしい。だいたいの様子が分かったので、俺が男らに言う
「買ってもらわなくてもいいから、一緒に飲むのは良いんじゃない?」
「まあ、一緒にしてもいいが、奢らねえぞ。そんな金使ったら嫁さんに叱られちまう」
「別会計で良いからさ」
「っていうなら」
すると最初に声をかけて来た男が言う。
「なんだよなんだよ。おまえらも少しくらいハメはずしたって、嫁さんも怒らねえだろ」
「ばーか。俺はお前とは違うんだよ」
「ま、いいか。なら最初の酒ぐらいは俺が奢ってやるよ。おい! この姉さんたちにエールを一杯ずつ頼むわ」
「はーい」
すると店員がエールを四つ持ってテーブルにやって来る。それを並べ終わったので、俺達は適当につまむ物を頼んだ。店員が席を離れたので、さっそく俺は男達に探りを入れる。
「あんたら。仕事帰りかい?」
「だな」
「何してる人?」
「俺達三人は、商業ギルドの職員だ。そいつは」
と最初に声をかけてきた奴を指さすと、男が自ら言う。
「俺は冒険者だよ」
「そうなんだ」
冒険者か。どうりで少し荒っぽい感じがする訳だ。そしてシーファーレンが聞く。
「私達は最近この町に来たんだけど、随分景気がよさそうじゃない。なんでかな?」
するとギルド職員の男が言う。
「最近はヒストリアからの物資の買い付けが多いんだよ」
なるほど、それはうなずける。少し前までズーラント帝国といざこざを起こし、東スルデン神国とも国交が途絶えている。その向こうのアルカナ共和国がヒストリアにちょっかいかけてきているし、貿易が東側のトリアングルム連合国に集中するのは無理もない話だ。
「なんでか知ってる?」
「何でも、西側の国々と折り合いが悪いらしいぜ」
「ぶっそうね」
「まあ。こっちの国にしてみれば良い事ばかりだよ。火の粉が飛んで来たら別だろうけどな」
あら…、間もなく火の粉が飛んでくるかもしれないよ。その火の粉を俺達が探してるんだけどね。
そこでうっかり言ってしまう。
「まあいつまでも無関係ではいられないかもしれないけどね」
すると商業ギルドの職員が、少しぎょっとした顔で言う。
「なんだい。あんたらはヒストリアから来たのかい?」
マズい…。そう思っていたら、シーファーレンが切り返した。
「あたしたちは、根無し草。景気のいい所に行っては稼いでるの」
「なるほど賢いな」
すると冒険者の男が割って入って来た。
「おいおい。せっかくいい女達がそろってるのに、なーに難しい話してんだよ」
だがシーファーレンは負けていなかった。
「あら? わたし達の稼業も少しは勉強しとかないと、直ぐに飽きられちゃうでしょ?」
冒険派がポカンとする。だが商業ギルドの男が笑った。
「あっはっはっはっは! 違いない! あんたら気に入ったよ」
「それはどうも」
入り込んだ。本当にこれが人見知りのシーファーレンなのかと思う。まあ賢者なので各国を渡り歩いた過去があるらしいが、変身ペンダントはそのために開発した魔道具なのだろう。
すると少し若いボクちゃんが言う。
「あなた達、なんか面白い人達だね。なんていうか…しっかりしてるっていうか」
「ちげえねえ! このくらいの女の方がおりゃ好きだな」
俺はお前が嫌いだけどな。
「あら、ボクもなかなかいうんだね」
「ボクはやめてくれ。これでも成人してるんだ」
そうなんだ。てっきり少年だと思った。
「それは失礼」
そこに料理も運ばれてきて、俺達はそれをつまみながら男らに聞いた。
「この国は初めてなんだけどさあ。こんな活気の良い政をしてるって事は、王様はたいそうご立派なんだろうね」
「ああ、良い王様だよ」
知ってんだ?
「どんなふうに?」
「もともと三国に分かれていた国を一つにまとめたのが、前王で今はその息子が王様さ。農業と産業のどちらにも力を入れててな、どうやらいろいろと先見の目があるらしい」
ほう。
「なるほどね」
「それにもまして、その息子らっつうのが優秀なんだよ。あ、不敬にあたるか…、まあ王子達が、それぞれ優秀らしい」
「へえ」
聞きたくない。だがこれを聞くために来たようなものだ。
「…で?」
「あ、ああ…。まずは長男、王位継承一位の王子がやたらと人望があるらしい」
「そうなんだ」
「隣国の貴族にも顔が効くらしいぜ」
知ってる。それをあてにして、ソフィアがこっちの国に逃げて来てるんだから。
「次男は?」
「武に秀でているらしいぜ。一応騎士団の団長もやってるしな」
「へえ…。三男は?」
「相当に頭が切れるらしい。貿易の事や国営に関していろんな知恵を出してるんだと」
「ふーん」
つまらん。どいつもこいつも、非の打ちどころがないではないか。そんな奴らの所に、可愛いソフィアを一人でやるわけにはイカン。なんとしても阻止しなきゃならない。
しかし男が少し表情を変えて言う。
「だが今は、国家で警戒している事があるらしい」
おっ! それそれ! そう言うのが聞きたいの! なんだ邪神ネメシスか? 東スルデン神国との戦争か?
「どんな?」
「隣国のヒストリアの話は聞いた事無いか?」
「しらない」
としらばっくれる。すると男がにやりと笑って言った。
「嘘か誠か、神の使いが生まれたらしい。なんでも、その神通力でズーラント帝国をたった一人で退けたんだそうだ」
ブッ!
俺は思わずエールを噴き出してしまった。
「ど、どうしたんだい?」
「ちょ、ちょっと咽喉に」
「おーい、拭くのを持って来てくれ」
「あいよ!」
俺を警戒してる? そんな場所に俺は小パーティーで来てしまったというのか。下手をすれば俺が火種になる可能性もあるって事だ…。
だがその事を聞いてにやにやしているのは、シーファーレンとアンナだった。何故か嬉しそうな顔をしている。クラティナだけが不思議そうな顔で、俺達の表情を見比べているのだった。




