第258話 公爵令嬢の足取り
すぐに宿を取って休んだ俺達は、午後になって調査を開始する事にした。市場や商店で聞き込みをしたり、町中を探して護衛が集まっていそうな場所がないかを調べる。日が暮れるまであちこち探し回ったがめぼしいものは無く、そこでシーファーレンが提案をした。
「酒場へ足を向けましょう」
「わかった」
日も落ちて来たので、そろそろ繁華街が騒めき始めていた。
そこでアンナも言う。
「ハシゴしよう。結局はこう言う場所の方が情報は取れる」
繁華街を探すと酒場は三カ所しかなかった。そのうちの一つに入り、適当に酒を頼んで様子を見る。だが周りでは冒険の話や、日常会話ばかりでめぼしいものは無かった。
「出よう」
その酒場はすぐに見切りをつけ、次の店に入る。オーダーを取りに来たのは、うら若き可愛らしい店員だった。俺はつい心が騒いでしまい声をかけてしまう。
「こんばんは」
「こんばんは!」
「今日は忙しそうだね」
「うーん、いつもこんな感じかな」
「そっか。お勧めの料理は何?」
「女の人に人気なのは鶏肉のボイルのハーブソースがけかな」
「おしゃれな料理があるんだね」
「似つかわしくないですよね?」
「そんなことはない。あなたのような可愛い店員さんがいるのだから、そんなおしゃれな料理があっても不思議じゃないよ」
「あら…そうですか?」
「だってみんなから可愛いって言われるでしょ?」
「そ、そんな事無いですよー! ではハーブソースがけで?」
もちろん変装の魔道具で俺の見た目は聖女ではないが、全員が女の集団は少し目立つかもしれない。そんな女の集団に気を使っておしゃれなメニューを進めてくれた。
「それを貰おうかな。あと合うお酒」
店員はにこやかに答えた。
「はーい」
女の子が厨房に戻り、シーファーレンが俺に言う。
「女性は気を許したと思います」
「そうかな?」
するとアンナが言った。
「悪い気はしてないだろう」
「そっか」
しばらくすると料理と酒を運んできた。更にプラスして芋の揚げ物を添えてくれた。
「これ、頼んでないけど」
「サービスでーす! この町は初めてですよね?」
「そう」
「何しに?」
「旅行かな。いろんな場所を周ってるから」
「そうなんですか?」
「旅芸人だからね」
「わあ! 凄い!」
だいぶ打ち解けてきた。そこで俺が言う。
「お酒奢るから、ちょっと座ってこの町の事教えてくれない?」
「えっ? いいんですか?」
「もちろん」
俺が厨房に手を上げて、中の人に言う。
「あの! この女性を少しお借りします! エールを一杯ちょうだい」
「はーい」
そうしてエールが運ばれて来たので、女の子の前に置いた。
「じゃ、お近づきのしるしに乾杯しよう」
「「「「「「かんぱーい」」」」」」
そして俺は女の子の隣りに座った。すると女の子が言う。
「凄くいい香りがします」
えっ? 香水は振っていないんだけど。
「そう?」
「ええ。なんと言うか高貴な方の香り」
ほう?
「高貴な方の香りを最近嗅いだ?」
「はい。お客様にいらっしゃっいました。素敵な方でした」
「どんな?」
「親子です」
ほう。
「それはどんな?」
「とりわけ豪華な格好はしておりませんでしたが、娘さんがとても美しい方でした」
ほうほう!
「その人らはどんな人?」
「どうやら旅の途中との事でした。なんと言うか、あなたがその方達に気品が似ている気がしたので思い出しました」
「その人達はいつ?」
「ひと月…か二月前の事ですね。でも何か印象的だったので覚えています」
「あと容姿を覚えている?」
「娘さんの容姿ならば」
「どんな?」
「すっごく特徴的だったんです。この辺にはいないというか、町娘の格好をしていましたがあれは絶対高貴な人だと思います」
「具体的に覚えてない?」
「もちろん覚えています」
「顔はどんな感じ?」
「キリリとしてきつそうな顔ですが、とても美しかったのを覚えています」
ほうほう!
「髪の毛は?」
「ワインレッドだったと思います」
きたー! そんな人がそうそういるとは思えない。特徴は間違いなくそれだ。
「どこに行ったとかは知ってる?」
「いえ。そこまでは、ただ印象的だったので容姿だけ覚えていました。とにかく綺麗な人でした」
「そうかー。まあ飲んで飲んで!」
「はい!」
そして俺はこっそり金貨を女の子に握らせた。
「チップ」
「えっ! ええ! こんなにいただけません!」
「しっ! 内緒にしてなさい。店の人にバレる」
すると女の子は小声になって言った。
「い、いいんですか?」
「もちろん。気に入ったからね、とっといて」
「ありがとうございます。私の三月分のお給金ですよ」
「自由に使って」
「はい!」
そうして女の子は、一杯のエールを飲んで仕事に戻って行った。そして俺はシーファーレンに小声で言う。
「どうやらもうここにはいないみたい」
「そのようです」
「方角からすると、南のアインホルン領は候補から消えるね」
「ですね。この先の村という事になりましょうか?」
「じゃない?」
「とにかく情報が得られて何よりです」
「まずはここで英気を養おう」
皆が頷いて食事を始めた。一杯ほどの酒を入れたが酔うほどではない。食事を終えて店の女の子に挨拶をし、俺達は店を出たのだった。夜も深まって着た頃、俺達は宿代を支払って街を出る。
「さらに北東へか…」
「もしかしたら国外に出た可能性もありますね」
「急ぐしかないね」
俺達はヒッポの馬車に乗り込み、更に北東へと向かって飛び立つのだった。




