第24話 親密になりそう
まさかだった。
あれは確か…良く覚えてはいないが、ソフィアとのお茶会の時だった気がする。ドモクレー伯爵がお茶会の邪魔をして、聖女基金なるものを作るとかなんとか言ってた。
まさか…こんなに本気だったとは。
そういえばドモクレーは俺が帝国戦を終えて帰って来てから、ずっと会いたい会いたいと言って来ていた。 そりゃこんなに話がデカくなってしまったら、俺無しでは語れないだろう。
聖女支援財団
まったく余計なものを作ってくれた。何だよ俺を支援する財団って? そんなもん作ってどうすんだよ。しかも名簿には貴族の錚々たる顔が連なっているし、ソフィアの爺さんとお父さんの署名まであった。それどころか、ルクスエリム陛下の承認印まである。
「はあー」
その名簿と証書を交互に眺めつつ、俺は大きなため息をついてしまった。
こんなん、おじさん達といーっぱい喋らなアカンやん。しかもキモいドモクレーの功績になっとるし! 俺あいつとあいつの取り巻き、めっちゃ嫌いやねん!
関西出身でもない俺が、エセ関西弁で愚痴る。心の中で。
「聖女様…」
気づけばスティーリアが、なんと声がけしていいかわからずオロオロしてる。俺はあまり女にイライラした姿を見せないようにしているのだが、これは俺の失態だ。
違うよ! 君にそんな困った顔をさせるために、ため息ついたんじゃないんだよ!
「ごめんなさい、スティーリア。気にしないでいいから」
「しかし、ただでさえ忙しいのに…」
「まあ帝国を無傷で撃退するなんて、未曽有の事らしくてね」
「まさに奇跡だと思います。武力に物を言わせて、強引にしかける帝国に神罰が下ったのです。前代未聞なのは当たり前です」
スティーリアからの俺の評価はべらぼうに高い。俺がカッコつけてるから、そう見えるだけだけど。だが! この印象は崩したくない! スティーリアからはカッコ良く思ってて貰いたい!
しかし…それでもつい…俺は愚痴ってしまう。スティーリアに甘えているのかもしれない。
「こんな事を言ったら不謹慎かもしれないけど、財団の方は勝手に運営してくれればいいのに」
「恐らく先ほどの名簿からすると、巨額の資金援助がありますでしょうね」
いらねえ。王宮からの給金で間に合ってるし、貰ったら貰ったでめちゃ仕事しなきゃいけなくなりそうだ。そしたら女の子達との時間が無くなってしまう。あほか!
「必要ないのに」
「流石は滅私奉公の聖女と呼ばれるお方です」
えっ? メッシ? サッカー選手? めっしぼーこー?
俺が巷で、そんな言われ方をしてるなんて知らなかった。滅私奉公なんて言われても、まったくピンとこない。俺はただ女の子と一緒にいたい欲でいっぱいなんだが。
「どうしたらいいかな?」
「総務を受け持つ秘書を、お雇いになってはいかがですか?」
「秘書か…」
この世界で秘書とか執事とかいうのは、おじさんのイメージが強くて嫌だ。どうにか経理が得意な女子で、信頼できる人を雇いたい。
するとスティーリアが助言してくれる。
「教会に依頼なさいますか?」
「うーん。まず陛下にお伺いを立ててみようかと思う」
「それなら、より信頼がおけるかと」
「そうする。とりあえず引っ越しを終わらせないとね!」
「はい。急いでまとめましょう!」
やはり優秀な仕事仲間は言う事が違うなあ。
荷造りが終わったのは、その日の夕方だった。王家所有の建物は広く、かなり時間がかかってしまった。それだけ使用人が増えたと言う事なのだろう。
さて俺は最近、家では寝る事くらいしか出来なかった。俺は使用人とメイド達とスティーリアを集めて、あらかじめ決めていた話をする。皆をエントランスに呼び、俺が階段の中頃に立って皆を見下ろした。こうしてみると、うちの館内で働いてるのは全員女子なのでワクワクしてくる。
「もうキッチンも片付いてしまったようだし、これから街のレストランで食事をします。ミリィ、あとよろしく」
俺がそう言うと使用人たちが軽くざわめく。
「はい」
そしてミリィが階段に立って話し出した。
「皆さん、お疲れ様でした! ここ数日は荷造りで大変だったと思います! 本日の夕食は、聖女様のお心遣いにより王家御用達のレストラン『ルークス・デ・ヒストランゼ』にての食事となります。少し時間がありますので、皆さんには着替えていただきます。ドレスコードがありますので、身支度はフォーマルでよろしくお願いします。なんとドレスは聖女様が揃えて下さいました」
女子達からわあっ! っと歓声が上がった。ルークス・デ・ヒストランゼと言えば、高級貴族しか使えないレストランである。そこにドレス込みで無料招待なら喜んで貰えると思ってたよ! 思惑通りのリアクションをもらえて俺は満足だ。
するとメイドの一人が不安そうに手を挙げた。
「どうぞ」
「そのような高級店、私達のような身分の者が行ってもよろしいのでしょうか?」
なるほど、確かに不安かもしれない。とりあえず俺が直接答える。
「既にルクスエリム陛下の承認を取り付けてあります」
すると他のメイドが手を挙げる。
「えと。普通は貴族様が、使用人に高級料理を食べさせるような事はございません。そのような派手な振る舞いをしては、貴族様にやっかまれるのではないでしょうか?」
なるほどなるほど、街で誹謗中傷など受けないか心配と言う感じか? 分からんでも無い。貴族ってのは目立つことをやる奴を攻撃する習性があるからな。だが俺は絶対的に王家から信頼を得ている。聖女と言うのはそういうものなのだよ!
「やっかみで私の使用人に文句を言う者がいたら、私に教えなさい。王家を通じて抗議いたします」
「聖女様、よろしいですか?」
スティーリアが補足してくれるようだ。
「はい」
「皆様。お疲れ様でございます。いまや国内に聖女様に物申せる存在は数少ないのです。多くの貴族様が賛同された、聖女支援財団には王家も公爵家の面々も署名済み。大臣など全員が署名しておりました。大舟に乗った気持ちでよろしいのでは無いかと思います」
皆がおおー! と感嘆の声をあげる。
「ありがとう。スティーリア。っと、まあ概ねそんな感じかな? なので今日は皆、思い切り楽しんでね。ちなみに今日のドレスは、貸与ではないので返さなくて良いから。支給品として受け取ってください」
シン…と一瞬静かになった。だが次の瞬間、皆が声を揃えて言った。
「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」
よかったー! 女の子達が喜んでくれている! 生きてて良かった! 聖女やってて良かったわ! 俺はこの女子達の笑顔の為に頑張っているのだ! 女が喜ぶなら他に欲しい物など何も無い。
そしてそれから一時間後、聖女邸の前にはずらりと馬車が並んでいた。前世で言うところのリムジン横付け状態だ。これをやれば女子は間違いなく喜ぶはずである。案の定、ドレスアップした皆がウキウキとして馬車に乗り込んでいく。全員が乗り込むと、馬車の行列はルークス・デ・ヒストランゼに向けて出発した。
俺の馬車には、スティーリアとミリィが乗り込んでいる。どちらも綺麗に化粧をし、髪をセットしてドレスに身を包んでいる。スティーリアは体にフィットする細身のロングドレス、ミリィは水色のプリンセスラインの可愛らしいドレス。もちろん俺の趣味で見立てた物だ。
俺は華やかな二人を褒めちぎりたくて仕方なかった。口を開こうとした時。
「スティーリアさん! 緊張しますよね?」
ミリィが突然スティーリアに話しかける。するとスティーリアがそれに答えた。
「ええ、ミリィさんもですか?」
「はい」
あーなるほど、いきなりのドレスに高級レストランだからか! 確かに彼女らは、王族との会食もなければ貴族とのお茶会もない。緊張して当然だ。
「何も緊張なんかしなくていい。今日はお店を貸し切ってるから、誰の目にも触れられないし」
するとミリィが言う。
「そういう事では無いのです」
どゆこと?
「何か?」
するとスティーリアがきっぱりと言った。
「聖女様がお美しすぎるのです」
「へっ?」
するとミリィも言う。
「聖女様はいつも修道服を好んで着ていられますよね?」
「まあ、そうだけど」
そうだ。自分の容姿が超絶美しいのは知っている。だが俺の心は男であるから、自分を女のように(女だけど)着飾るのは女装をしているようで嫌なのだ。だが今日は高級レストランに行くから、致し方なくドレスを着ていつもと違う化粧をしている。
「私が着付けさせて頂いて言うのはなんですが、軽いお化粧と少し地味めのドレス」
「ミリィはそうしてくれたよね?」
「したのですが…、私達のドレスの方が艶やかなのですけど」
「けど?」
「聖女様の美しさに、皆が霞んでしまうでしょう。今日来た使用人達、全員が緊張すると思いますよ」
いやいや! 俺なんかどーだっていい! 俺は君たちの綺麗な姿を見たかったんだから! そんな事を言われるのは不本意だ! 俺は君達を愛でて褒めたいんだ!
するとスティーリアが重ねて言った。
「まるで別人です。その美しさに抗える殿方はいないでしょう。誠に不敬ではございますが、同性の私でもおかしな気持ちになりそうです」
マジ? いや…それはそれで嬉しいぞ。するとミリィがそれに同意する。
「スティーリアさんは、おかしな事を言ってるなと私は思うのですが…。全くの同感です。何というか好意を持ってしまいそうです」
ミリィもスティーリアも頬をピンクに染めていた。まだ酒も飲んでいないにだ。前世のヒモ時代最盛期を思い起こさせる二人の反応に、俺は内心興奮していた。
このまま三人でイチャイチャ…いや…
いかん! いまから高級レストランに行くのに、こんな所でハメは外せない! ラブホもないし! でも少しくらいなら!
「えっと、良かったら三人で座ろう!」
俺は、向かいあって座っているスティーリアとミリィの真ん中に座った。
「えっ!」
「あっ!」
「できれば私用の時は、友達みたいにしよ!」
「せっ、聖女様…」
「あの、あの…」
うわ! どうしていいか分からなくなってる二人かわいい! 好き!
俺は嬉しくなって二人の手をぎゅっと握りしめた。すると二人はうつむいて赤くなってしまう。
よし! このまま俺の!
そんな時だった。
「到着しました!」
いきなり外から御者の声が響いた。
「は、はい!」
やましい事でもあったかのようにミリィがうわずりながら返事をすると、御者は外から馬車を開けた。
ちっ! もう少しだったのに!
俺は御者のおっさんを睨みながら、馬車を降りるのだった。
おっちゃんよう…てめえ、タイミングが悪すぎるぜ。
まあいい…、明日に向かって打つべし打つべし!




