第22話 褒美いらねぇ
そもそも爵位とそれに見合った領地ってなんだよ? その領地って王都に近いのか? 爵位をもらう事によって何か制限はかからないか? むしろ爵位が上がれば公爵令嬢のソフィアにもっと近づける? いや、その逆で気軽には会えなくなる気がするんだが。
帰って早々にいきなり壮大なパレードを行って、王の前に来た途端にいきなり褒美の話だ。俺の頭は半分フリーズしそうになったが、辛うじて女への欲求がそうはさせなかった。ぐるぐると脳をフル回転させて、この場を切り抜ける必要がある。こんな大勢の高位な貴族や教会関係者を怒らせない、ごく普通の理由を探すしかない。
「光栄の極みにございます! 陛下のそのお気持ち痛み入ります! そしてそれを承認してくださった大臣の皆様と、議会の皆様に感謝いたします」
「おお! 聖女フラルよ! 余の褒美を気に入ってくれたのか?」
「もちろんでございます! 陛下にその様な思いを持っていただけていた事に、感謝のしようもございません! ですが! その前に少しお話を聞いていただいてもよろしいでしょうか!」
「発言を許そう」
「ありがたき幸せ!」
さてと…何て言おうか…。とにかく女との楽しい時間がこれにかかっている…、良く考えろ俺! 良く考えるんだ!
「恐れ入りますが…陛下! 今、この国を取り巻くリスクを掌握しきっている人物は、どれほどいらっしゃいますでしょうか?」
「リスクをどれだけ知っているだと?」
「そうです。ヒストリア王国には良い面が多いのは事実です! ルクスエリム陛下の類まれなる指導力によって、この国は発展し続け国民も幸せにございます。ですが逆にこの国を取り巻くリスクを考えねばなりません! リスクとは帝国だけでは無いのでございます!」
するとルクスエリムは身を乗り出して尋ねて来る。
「他にどのようなものがあると言うのか? 申してみよ」
「はい! まず分かりやすい所では、帝国に与する国々にございます!」
「ふむ。確かに何ケ国かは帝国に与しておるな。だがそれが脅威になりえるとは思えんが」
「確かに我がヒストリア王国の国力からすれば、それぞれの国は脅威になりません。ですがこの度の帝国撃退騒ぎによって、我がヒストリア王国を脅威と捉えられた可能性はございませんか?」
「…続けて見よ」
よし。とりあえずひとつ、乗って来たぞ。
「はい。私の知る限りズーラントに与する国は数国ありますが、その中でも注意すべきはアルカナ共和国と東スルデン神国ではないでしょうか? それらひとつひとつの国は脅威とはなりませんが、それらが連合を組み小国も巻き込んで徒党を組まれてしまったらいかがでしょう?」
「徒党を組むか…」
「はい。今回は運良く圧倒的に敵を退ける事が出来ました。ですが、それによってヒストリア王国の武力を過大評価し、恐れをなして徒党を組むかもしれないとは考えられませんか?」
俺の言っている事に、玉座の間にいるお偉いさん達がざわざわとざわめきだした。恐らく俺はとんでもない事を言って、彼らを怒らせている可能性がある。もちろんズーラント帝国に与する国が徒党を組むなど前代未聞だ。だが正直な所、それが起きないという保証はどこにもない。
「取り越し苦労ではないだろうか?」
ルクスエリムは難しい顔をして腕組みを始めた。
「もし今回の戦いで当方にも怪我人が出て、ギリギリ敵を退けたならそうはならないかもしれません。ですが今回は運よく本当に圧倒的でした。それに対し脅威を感じる国は、一つや二つでは無いかと思われます」
「リスクと言う意味では無きにしもあらずというところか…」
「はい」
するとルクスエリムは思い出したように言う。
「ちょっとまて、それと今回の褒美と何が関係あるのだ?」
「恐れ入りますが、リスクはそれだけに限りません。魔獣の対策についてでございます! 私は先日も魔獣討伐隊の救護を行いました。この国は未だ魔獣の脅威から、完全に守る事は出来ていないのです」
「それはそうだが、彼らも必死に頑張っているのだ」
「もちろんです! 騎士団の方々が頑張っていないというのではありません。むしろその逆で、十分すぎるほどに国民の安全を守っていただいております! ですが魔獣の対応で兵士達が疲弊してしまえば、先ほど推察した連合と戦うのは難しくなります。王都の兵団は、今回の帝国との戦いにも一歩遅れて到着しました」
「うむ。それは一理あるのう…」
よしよし、少しこっちに寄って来たみたいだ。
「はい。そもそも魔獣の被害は、騎士の働きぶりや政策が原因ではないのです。それよりも、魔獣の根源をいくつか潰す必要があるのではないでしょうか?」
「魔獣の根源?」
そうそう。だって魔獣は普通の動物とは違うし、生前のRPGゲームではダンジョンとかから出現していたんだよね。だったらきっとこの世界でもダンジョンを潰せば、出現率は減るんじゃねぇの? って勝手な推測をしてみた。
「そうです」
「それを潰す事が出来ると?」
「それは断言できません。ですがその根源はギルドが既に捕捉しているはず。まずはそちらの根源をどうにかする方法を考えなくてはなりません」
「まあ、そうだが…それはどうすれば良い?」
「ギルドと軍の共闘です」
「冒険者と一緒に戦うと言う事か?」
「そうです」
またルクスエリムは腕組みをして考えている。
「それが、今回のそなたへの褒美とどう関係してくる?」
確かに…なんの関係があるんだ? でもどうあっても、俺は王都を離れたくないんだ。どうする…
「大いに関係してきます。もし爵位をもらって領地を頂けば、私は領地を治めるために仕事をしなければなりません。せっかく陛下から受け取った領地をほったらかしでは、他の貴族様にも示しがつきません。私はやるならしっかりやりたいのです」
「聖女にそこまで求めてはおらんが、きちんとした代官をつけて切り盛りはその者に…」
「そういう訳には参りません! ここにお集まりになっている貴族の方々に対し不公平になります!」
すると今度は貴族たちが頷きながら、シンっと水をうったように静かになった。自分達に関係してくる話となれば、貴族たちは聞き耳を立てるだろうと思った。
「まず、爵位を拝命し領地を下賜いただく前に、私は国を脅かす不安材料を極力取り除きたいのです! ましてやそれぞれの領主様が、領軍を出兵させて怪我人が出た場合、私を領主としたのではわざわざお伺いを立てなくてはならなくなります」
「なるほどのう…」
「今しばらくは、私は遊撃部隊であり続けなければならないのです!」
ルクスエリムはうんうんと頷き始めた。もうちょっとだ。
「誠に不敬ながら、私は陛下に進言をいたします。このまま陛下の直轄部隊として置いていただき、遊撃部隊として自由に国内を手助けできるようにしていただきたい。私への褒美は、また未来に取っておいていただくと言う事ではいかがでしょうか?」
するとルクスエリムは根負けしたようにうなずいた。
「わかった。それでは聖女フラルには今まで通りの働きを期待し、わしの直轄部隊として働いてもらう事にしよう」
「ありがとうございます」
俺がそう言うと、自然と玉座の間に拍手が巻き起こった。何故こんな盛大な拍手が巻き起こったのかは知らないが、俺は変な爵位と領地をもらわずに済んだみたいだ。
「だが!」
ルクスエリムは食い下がった。
「はい」
「褒美は他の物を用意する! それは断らせんぞ!」
「わ、分かりました…」
なんだ? なんだよ!
「むしろ欲しい物はあるか?」
えっ! えっ! 良いの? じゃあ!
「恐れ入ります。実は私の使用人が増え、下賜いただいた邸宅が手狭になりつつあります。つきましては使用人の生活向上の為に、新しい邸宅を下賜いただけませんでしょうか!」
俺がそう言うとシーンとする。あれ? もしかしたらわがままな事言い過ぎた?
「…聖女フラルよ。お前は今回の功績を随分、過小評価しているのではないか?」
「と、申されますと?」
「帝国の軍をたった一人で退けておいて、引っ越しがしたい? しかも使用人の為に? その様な小さな事で良いのか?」
もちろん! 俺はメイド達と快適な暮らしがしたいし、何より俺が住みたい王族の空き家は公爵家の近くにあるのだ! ソフィアの家の目と鼻の先! 出来ればそこが良い! いま空いてるみたいだし!
「では、私が住居を指定させていただくというのはどうでしょう?」
「言うてみい」
そして俺はお目当ての王族の空き家を指定する。
「ふむ。それは宰相と相談をして答えるとしよう。そのほかにはあるか?」
「もし叶うのであれば、月に何度かのお休みを頂けませんでしょうか? 使用人達にしてあげたい事があるのです」
「よかろう。その様な事ならばいくらでも」
「ありがとうございます」
「まったく…欲のない奴よ。願いはそれだけか」
いやいや。欲望だらけでございますよ、ただあなた方の考える欲望と俺の欲望がかけ離れているだけ。
「それだけでございます」
するとルクスエリムは立ち上がって俺に言った。
「この度の帝国との戦は大儀であった! 国民はそなたの働きに心より感謝しておる! 我が王家にも、特別な存在として聖女を称えなければならないという者もおる! そなたはそなたが思うより、特別な存在で最も重要な人間であると知るがよい」
「は! ありがとうございます! これからも精進いたします」
私の言葉を聞いた玉座の間の人間達が、また盛大な拍手をした。褒美の儀はこれにて一件落着? したのだった。
よかった! これでソフィアと会いやすくなりそうだぜ! ピンチをチャンスにかえたんじゃね?
俺はそう思うのだった。
 




