第19話 賞賛ウザい
もうずっとだ…
「本当に素晴らしい」
こいつら…今朝起きてから、今の今までずっとこの調子だ。
「やはり聖女様は神の使い様なのですね!」
もういいだろ…
「聖女様が居ればヒストリア王国は安泰だ」
何時間やってんだ…
俺を取り囲んでワーワー言っているのは、ミラシオン伯爵とシュバイス領兵団長とソキウス魔導士長だ。こいつらは今朝、俺が朝食をとっている所にいきなりやって来やがった。応対しないといけないと思って食事を切り上げようと思ったら、朝食が終わるまで待つと言い出し食べ終わった途端に応接室に通された。
まったく、お父さんお母さんや学校で人の食事を邪魔してはいけませんってならってないのかね?
で、その後はずっとこんな感じ。俺に対する賞賛の嵐で、どんだけ誉め言葉が出てくるんだってくらい褒められ続けている。
男に褒められ続けるなんて最悪だ…。せっかく早く帝国兵を撃退する事が出来たのに、その後にこんな地獄が待っているなんて思ってもみなかった。しかも三人の男は凛々しい感じを装っているが、目の奥底に下心のような物が見え隠れする。尊敬のまなざしの中に、異性を見る目が混ざっているのだ。電撃で殺してやろうかと思う。
俺は冷静に答える。
「いえ、私は公務を務めただけです。ルクスエリム陛下の指示の下で、仕事を全うしただけです。褒められる事はその…おかしなことです。皆様もお忙しいのでしょう? そろそろ日常業務に…」
「何をおっしゃいます! これ以上に優先すべき事はございません! これから私はカルアデュールの民に、聖女様の功績を発表させていただきます。そして陛下には書簡で顛末を報告させていただきますので!」
「いえミラシオン卿。今回の事は、全てこちらの領兵達の働きのおかげです」
「違います! 間違いなく聖女様お一人のお力で帝国が逃げ出したのです! 我々領兵はお恥ずかしながら何もすることが無かったと! 陛下からお叱りを受けるかもしれませんが、真実を語らねば我々が納得できません!」
真面目か! それはそれで面倒な事が起きそうだ。俺はこれ以上、忙しくなる訳にはいかないのだ! ソフィアやビクトレナとの女子会の機会が減ってしまうではないか! あほか!
「あの…、騎士の方達は精一杯やっていただきました。彼らが睨みをきかせて下さらなければ、私の魔法が効率よく使えませんでしたから」
「そ、そう言っていただけますと、騎士達も喜ぶでしょう。やはり聖女様はとても謙虚でいらっしゃる。噂通りの御方でございます。やはりあの神の如き力は…」
また始まった。さっきからずっとこのループが続いている。男から褒められるたびに、俺の細腕には鳥肌が立ち今にも逃げ出したくなるのだった。
話を変えなくては。
「恐れ入りますが、その後帝国はどうなったのです?」
「かなりの数の捕虜を捕縛しまして、今後帝国との交渉に使われるでしょう。地位のある貴族に所縁のある者もおりましたし、交渉はかなり有利に働くと思います。今は、その名簿を作って王都に知らせを出す準備をさせております」
「そうですか。敵兵の墓標は建てましたか?」
「仰せのままにしました」
ならいいか。俺もいきなり大量殺人しちゃったみたいで、めっちゃ呪われるんじゃないかと心配だったんだよ。ほったらかしたら水死体が歩いて来るんじゃないかって、物凄ーくビビってたんだよね。
「王都からの援軍はどうなりました?」
「戦後処理に協力していただき、落ち着いたら帰還するそうです」
「それなら処理は早く終わりそうですね。ではもう私の仕事は終わりです。恐れ入りますが、一足先に王都へと戻らさせていただきます」
「さ、左様でございますか…。ですが、出来ましたら祝宴を開きたいと思っておるのですが」
「結構です」
俺は食い気味に断る。これ以上こいつらの賛辞を聞きながら飯を食うなんてまっぴらごめんだ。
するとミラシオンとシュバイスとソキウスが、物凄く残念そうな顔をする。
いやーいいね。男の残念そうな顔を見るのはいい。とにかくサヨナラだ。
「そう言わずとも、一日くらいはよろしいのでは?」
ミラシオンが名残惜しそうに言う。
なんだぁ? イケメンが頼み込めば女が食いつくと思うのか? とにかく俺は今すぐ帰るんだよ!
「いえ。王都にも私を待っている人々がいるのです。一日も惜しいのです」
そう。ソフィアに会うのをもう我慢できない。一日も惜しい! 魅惑の女子会が俺を待っている!
「…わかりました。流石は聖女様でございます。民の為に全てを捧げる方だというのは、噂だけでは無かったようですね」
ミラシオンが言うと、シュバイス兵団長も言った。
「そのようですね。これ以上お引止めするのは失礼にあたるでしょう」
するとソキウスも言う。
「聖職者の鑑でございますね」
三人が頷いた。
「と、いう訳でございますので、すぐに馬車を用意していただけますか?」
「それはすぐにご用意出来ます。出発はいつになさいますか?」
「今ですかね?」
「今ですと?!」
当たり前だろ! 一分一秒もここに居たくないんだ!
「そう、今」
「かしこまりました。我が兵の命を助けてくださってありがとうございました! 我々アルクス領の領兵一同、聖女様に危機が訪れた時には命をかけてお助けいたします!」
いいよ、べつに。
「わかりました。その時は何卒よろしくおねがいします」
俺は踵を返して部屋を出る。男たちを振り向く事など一切ない。部屋に戻ると既にミリィが旅支度を終えて待っていてくれた。流石に俺の気持ちが分かっているようだ。
「ミリィ。帰ります」
「かしこまりました。既に旅支度を終えております。聖女様でしたらすぐにお帰りになると思っておりました」
流石は俺の専属メイド、考えはお見通しってわけだ。
「そうです」
「王都で困っている者もいらっしゃいますし、まだ必要としている兵もいるでしょう。その方達の為に急ぐのですね」
違うけど。俺はソフィアやビクトレナとのお茶会の為に帰るんだ。
「そう…、私の力を必要としている人の元へ」
ソフィアやビクトレナのね。
「はい」
そして俺とミリィは部屋を出て領主邸の門まで急ぐのだった。護衛の奴らもいるにはいるが、ここから王都までは馬車の中でミリィと二人。
王都までの旅路を楽しむとしよう。