第14話 演説しなくちゃだめ?
ああ…、これは時間がかかりそうだ。
俺はこのアルクス領、城塞都市カルアデュールに長く滞在するような予感がしていた。帝国の奴らは国境付近で軍事訓練をしているようだが、攻め入って来る気配は今はまだない。まあ平和の為には侵攻などしてもらったら困るけど、来るのか来ないのかはっきりしない状態は芳しくない。敵もわざとそういう行動をしているのだろうと思うし、きっと季節的な行事のような気もするが、だからといってこちらが気を抜く訳にいかない状況だ。
「はあ…」
帝国軍が動くたびにアルクス領兵が右往左往し、そのたびに俺が駆り出される。もちろん万が一に備えてだが、有事の際はすぐに動けるようにという事もある。既に王都への状況報告は終わっており、王都軍の一部がこちらに援軍として向かっているそうだ。
そして俺は今、東部にあるアルクス第二砦にいた。敵軍が動く事を想定し待機しているのだが、前線の兵士の慰問という意味合いもある。この国で聖女は特別な存在であるため、前線で待機する兵士を鼓舞する為に話をしなければならないらしい。
まったく…男なんだから聖女のお言葉なんか頂戴しなくても、自分でモチベーションをコントロールしてほしいもんだ。俺は話も苦手だし、辛うじて聖女の記憶に頼るしかない。
「では、聖女様。よろしくお願いします」
アルクス領主ミラシオンが俺の隣りで言う。俺が城壁の下を見下ろすと、眼前には沢山の兵士が集まって俺の言葉を待っている。誠に面倒くさい。
そしてもっと問題なのがミリィが俺にくっついて来た事だ。万が一があったら危ないから、城塞都市カルアデュールに待機するよう命じたのに、着いて来てしまったのだ。俺に万が一があった時、身を挺して守るんだとか。
まったく…可愛い。むしろ何かあったら俺が身を挺して守ってやるからな! 危険になったらミリィは一目散に逃げてくれていいんだ! あとミリィが俺を見ている限りは、ここでカッコ悪い所を見せるわけには行かない。
俺は城壁の際に立った。
「コホン。精強なアルクス領兵の皆様、我が国を最前線でお守り下さりありがとうございます。皆様のおかげで、我が国の民は平和に暮らし未来を夢見て生きる事が出来ています。王都の子供達は、屈強なカルアデュールの兵士に憧れを抱き、民は日々感謝を忘れておりません。そして皆様の働きぶりは、陛下のお耳にも届いております。帝国の軟弱な兵が何だというのでしょうか! 最強の兵士の力を、軟弱な帝国兵に見せつけてやりましょう!」
ワァァァァァァ!
チラッ!
えっと…ミリィはどんな感じで俺を見てるかなっと?
俺がチラッっとミリィを見ると、キラキラした尊敬のまなざしを向けてくれているようだ。
よっしゃ! 前世でアニメの演説シーンを物まねとかしておいて良かった! 以外にオタク女子のウケが良かったんだよな! とにかくミリィが喜んでいるなら俺は満足だ! 付け足してやれ!
と俺が調子に乗って付け足す。
「帝国兵がどれほどのものか! カルアデュール兵には女神フォルトゥーナの加護があります! 仮に攻め入って来たとしても、その強さに恐れをなし逃げ帰る事でしょう。兵達よ恐れるなかれ! 神はいつも側に居ます!」
オォォォォォォ!
チラッとミリィをみる。胸の前で両手を組んで祈っている。その眼差しはキラキラと輝きを増し、間違いなく俺に惚れている事がわかる。たぶん。
俺の演説に感動した兵士たちが大歓声を上げているが、男の雄叫びほど気持ち悪いもんは無い。そんなキラキラした眼差しを俺に向けるな。とにかく早く席に戻ろう。
俺は軽く会釈をしミラシオンに向かって礼をする。するとミラシオン伯爵が俺に変わって兵士達に話してくれるようだ。
「我がビストリア王国には聖女がいる! 我が軍が負けるわけが無い! 帝国兵など蹴散らしてやろうではないか!」
おおおおおおおおおおおおお!
よし! 締めの言葉も出たし。終わり終わり! とっとと持ち場につきやがれ!
すると騎士団の中から一人が駆け寄ってくる。領兵団長のシュバイスだった。
「我らアルクスの兵は祖国に命を捧げます! 我がビストリア王国に栄光あれ!」
おおおおおおおおおおおおお!
いやあ…オッケーオッケー。これで決起大会は終わりだ! 後は有事の際にでも呼んでくれ。これ以上、男の雄叫びを聞いていたくない。領兵に手を振って微笑みかけている俺の顔はたぶん引きつっている。男に愛想をふりまくなんて、これ以上の屈辱は無い…。早く終わってくれ…
俺の願いが伝わったのだろう。ミラシオン伯爵が俺に向かって言う。
「ありがとうございました」
俺は笑いたくもない顔を引きつらせて微笑みながら、ミラシオンにお辞儀をした。
「皆にはより一層の働きを期待する! 解散!」
ザッ! ミラシオン伯爵の一言に皆が敬礼をして、兵達は一斉に持ち場へと散って行った。まったく男だらけの砦は臭くてかなわない。とにかく城塞都市に戻って風呂に入るとしよう!
だが…俺のささやかな願いは、ミラシオンの次の言葉で砕け散った。
「それでは次に、第一砦へと移動します」
ブッ! 一日に二カ所も? この男、結構人使いが荒いぞ! いい加減愛想笑いは限界だ!
だが俺はその思いをひた隠しに隠してこう答える。だってミリィが見てるから。
「ええ、速やか第一砦に移動いたしましょう。すぐに馬車を」
「昼食を用意してございますが」
俺の後ろから領のメイドが、声をかけて来る。
いやいや、嫌な事は早く終わらせよう。てか、午後に男達にまた愛想振り撒くと思ったら、飯なんか喉を通らないし。メシマズだよ。
「いいえ。兵士が極限の状況で有事に備えているのです。悠長にするわけには参りません。すぐに向かってください」
俺がそう言うと、ミラシオンが膝をついた。
「やはりあなたは素晴らしいお方だ。聖女様が自分に厳しいとは聞いておりましたが噂通りでございました。心より敬服いたします」
ははは。大勢の男に笑顔を振り巻くのを考えたら、飯が喉を通らないだけなんだけど。なんでこうも勘違いするんだろう? とりあえず伯爵に頭を下げさせておくわけにもいかない。
「頭をお上げください。私は聖女として当然の仕事をしているのです」
「身が引き締まる思いです。それでは参りましょう」
と言って、ミラシオンが手を差し伸べてくるが、もちろん俺はその手を握る事は無い。急いで高台を降りるのだった。そして馬車に向かい乗り込むと、ミリィが後ろから乗り込んでくる。
「素晴らしかったです! やはり聖女様は凄いと思います!」
ミリィが感動で涙を溜めながら言っている。
えっ! そう? 凄い? じゃあ特別に俺の女にしてやるよ!
と言いそうなのをグッと堪えて、ニッコリ笑って言う。
「さあ、急ぎましょう。そして早くオワ…、早く兵を鼓舞してやらねばなりません」
「はい!」
俺達の乗る馬車は、馬に乗るミラシオンとシュバイス団長と領兵の後を追うのだった。