第11話 大嫌いな人と大好きな人
ソフィア達のお茶会は公爵邸の庭園で開かれているという。聖女任命式以来の再開に俺の胸は高鳴った。俺はスティーリアを残し、公爵家の使用人に連れられて庭園へと向かう。
本来はお付きのメイドであるミリィを連れて来るべきだったが、とにかく大急ぎだったため修道女のスティーリアを連れて来た。彼女は修道女仲間なので、俺の世話をさせるわけにはいかなかった。そのため自分の身の回りの事は自分でやらねばならない。でも問題はない、自分の事くらい自分で出来るから。
邸内の廊下を抜けて、使用人が庭園に続く扉を開けてくれた。
「大変お待たせ……、うっ」
おいおい! うそだろ! なんで? なんでこいつがいる?
「あー、これはこれは聖女様! お待ちしておりました」
俺の正面に立って、俺の目を腐らせようと近づいて来たのはドモクレー伯爵だった。辛気臭い顔を引きつらせた笑顔を作りながら、両手を広げて近づいて来る。
キモォォ!
「ご、ごきげんよう…」
「すみませんね。ちょっと公爵様に御用があって参りましたが、聖女様がこちらにいらっしゃると聞きましてね。とにかくご挨拶だけでもと思い、待たせていただいておりました」
いや、帰れよ。何で待ってんだよ。キモイ。
「あ、そうなのですね」
「はい。聖女様のご活躍は王都中に響き渡っております。私といたしましては、聖女様のご活躍の為の基金を設立しようかと思っていたのです。聖女様のお宅にお伺いしても、なかなかお会い出来ないようでしたので、失礼ながらここで待たせていただきました」
いや、金なんて王宮からたんまり貰ってるから、別に基金とか必要ないけど。てか男に貢がれるなんてまっぴらごめんだし、特にお前には。
「ドモクレー伯爵。お気遣ありがとうございます。ですが私は十分な活動資金を頂いております」
「なーんと、慎ましやかでいらっしゃることか。流石は聖女様です」
うぜえ。褒めるな。
「とにかく、お話はわかりました。私はソフィア様をお待たせしているのです」
「ええ。失礼をいたしました。基金の話は既に公爵様のお耳にも入れております」
「そうですか。なら後は書面にて王宮に進言していただいてよろしいと思います」
はよ行け。
「わかりました。お耳汚しをしてしまい、誠に申し訳ございません」
ほんっとうにっっ! 申し訳ねえわ。
そしてドモクレー伯爵が俺の手を取ろうと手を差し伸べてくるが、俺は手を出さず少しだけ会釈をして通り過ぎる。
「それでは、またの機会に」
「え、ええ。それではまた。お邪魔いたしました」
俺が全くその気が無い素振りをしたのを見て、ドモクレーが更に顔を引きつらせていた。
既に俺の視界の先に、麗しのソフィアと貴族の女達が立ってこちらを見ている。俺はいっそいで彼女の元へと駆けつける。
「ソフィア様! 遅くなってしまい申し訳ございません!」
俺が深々と頭を下げる。
「い、いえ! 頭をお上げください! 魔獣討伐隊の騎士様達の治療を行っていた事は、王都中に広がっております。むしろ私のお茶会などは、取りやめていただいてよろしかったのです!」
真面目! 可愛い! でも俺にソフィアとのお茶会より大事な用などあるはずがない。
「そういう訳には参りません。お約束させていただいていたのですから。もちろん公務は大切ですが、きちんとお約束は守ります」
「とにかくこちらへ」
ソフィアが俺の手を取ってくれる。
ああ、白魚のような細くて華奢な指が可愛すぎる。好き。
「聖女様!」
「お疲れ様です!」
「ご活躍お聞きしております!」
「いつもながら、お美しいですわ」
ソフィアの友人である貴族の娘達が、俺を取り囲んでピーチクパーチクと小鳥がさえずるようにお世辞を言って来る。女達に囲まれるって、こんなに気分が良い物なんだっけなあ…と改めて実感するのだった。
「今日はお付きのメイドは、いらっしゃらないのですね?」
「急いでいたため置いてまいりました」
「それでは何かと不便でございましょう?」
いやー、特に不便は感じない。自分で動けばすべて事足りるし、用を足すにもただスカートを上げて下着をずりおろすだけだ。何も特別な事は無い。手を洗った後に拭くためのハンカチももちろん持参している。俺は皆に気を使わせてしまわないように一言だけ言う。
「お気になさらずに。それよりも皆様のご歓談の邪魔をしてしまいました。お茶会の続きを」
するとソフィアが、俺の手を取って椅子に連れて行く。
「そうですわね。それではおかけになってくださいまし」
ソフィアが自分のメイドに目配せをすると、俺が座る椅子を後ろに引いてくれた。てか、別に自分で引くし自分で座るけど。まあやってくれるのならそれに従うしかない。
「皆さんごめんなさいね。急いで騎士達の治療をしてから駆けつけたのだけど、遅れてしまいました」
「いえいえいえ! 聖女様がいらっしゃるから国が平和なのです。その為の重要な公務ですから、そうおっしゃらないで」
とにかくソフィアは、俺が遅れた事を許してくれているようだ。公爵令嬢という立場だからか知らないけど、ソフィアは間違った事があるとズバッ! と言ってしまう人なのだ。遅刻に対し何か言われるかと思ったが、逆に気を使われている。そもそも、俺はソフィアに怒られた事が無い。何故か俺には甘いような気がする。好きなのかな?
「どうぞ」
メイドさんがティーカップにお茶を注いでくれた。やっぱり公爵家付のメイドは綺麗な人が多い。そしてお茶請けに、とても美味しそうなクッキーが並ぶ。朝から何も食べていない俺にはかなりきつい、思わずがっつきそうになるのをこらえ、一つだけつまんで口に入れた。
「おいしいです」
「よかったですわ」
ここで腹が鳴らなくてよかった。そしてクッキーをお茶で流し込むことで、空腹が少し紛れた。好きな女に会う為に飯の一回や二回は抜いたっていい。とにかく俺は目の前で笑うソフィアの笑顔が見たくてここに来たのだ。俺はこの瞬間、全ての苦労が癒されるのだった。
「すみませんでした」
今度は逆に唐突にソフィアが謝って来る。だが俺にはソフィアから謝られるような事は思い当たらない。謝らないでほしい、綺麗なキリリとした目が潤んでいるじゃないか。可愛い。
「何かございましたか?」
「いえ、ドモクレー伯爵に会わせてしまいました」
「ああ、その事でしたら気にしてません」
だってきっとアイツが、嫌がるソフィアを無視して無理やり居座ったんだろ? ソフィアは全く悪くない。悪いはずがない。
「そうなのですか? 私の勘違いでしたら申し訳ございませんが、聖女様はドモクレー伯爵を嫌がっておられるような気がしましたので」
流石俺の事を分かってくれている。
「いえ、そんな事は…」
いや、やっぱり本当の事を言っておこう。
「あの、まあここだけの話ですがすこし…。ですがソフィア様とのお話の時間を削られてしまいます。ドモクレー伯爵様の事は特に気にしておりません。特に興味があるわけでもございませんし、あの方のお話はこれで終わりに」
「わかりました」
今の言葉でソフィアは分かってくれたようだった。お友達の貴族の子らはあまりピンと来ていないようだが…
そう…俺はあいつが大っ嫌いだ。男全般が嫌いなのはそもそもだが、その中でも嫌いな方のトップクラスの人間だ。司祭クビディタスも嫌いだがアイツも鳥肌が立つほどキモイ。
「何の話をしていたのですか?」
俺が聞くと、ソフィアも貴族の娘達も首を振る。
「ドモクレー伯爵がずっと一人でお話になっておりました。聖女様の素晴らしさを、私達に説いていたのです。ですので話はしてませんでした」
やっぱりアイツはそういうヤツだよ。
「私のなど彼が何を知っているのでしょう? それでは楽しいお話をいたしましょう!」
「はい!」
そして俺とソフィアと貴族の娘達は、ガールズトークに花を咲かせるのだった。ドモクレー伯爵で目が腐りそうだったが、ソフィアと話をした事で一気に上機嫌になる俺だった。




