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58 あのコウモリはどうなった?




 吾輩は死にそうだった。



 あまりに長く生き、生きるのに飽きていたのは確かだが、やはり死が身近に迫ると怖くなった。その時になって、なんとか逃れたいと思ったのだ。


 しばらく吸血をやめていたせいで、吾輩はコウモリの姿を維持するのがやっとだった。このままではこの姿すら保てなくなり、やがて消滅するだろう。せめて一口でも血をすすれたら……。吾輩は焦っていた。


 ふいに、人間を見つけた。ひどくやつれた男で、あまり美味そうではないが、この際、背に腹は代えられんのだ。吾輩は男の手に取りつき血をすすった。普段の吾輩なら、このような雑なやり方はしなかっただろう。しかしその時は、今にも死にそうで焦っていた。頭が回らなかった。


 驚いた男は無礼にも吾輩を地面に叩きつけた。弱っていた吾輩は、その衝撃で目を回しそのまま車道に転がり出た。そして、巨大な何かが吾輩を踏み潰した。


 吾輩はついに死んだ。

 と思ったのだが……、




「大魔王様、大魔王様!」


 何者かが吾輩をゆさぶる。


「……む。大魔王様とは吾輩のことか?」


 奇妙に太く低い声が自分のノドから出てきた。あまりの違和感に吾輩は驚く。


「ご冗談はおやめ下さい。そろそろ式典が始まりますゆえ、お仕度を」


 式典? そもそもコイツは何者だ?

 吾輩の疑問に答えるかのように、様々な記憶が脳裏によみがえってきた。


 そう、今日は勇者一味の討伐を祝う式典をすることになっているのだ。そしてコイツは吾輩の側近の一人。なにかと吾輩の世話を焼いてくれる者だ。


 勇者というのは、吾輩の建てたこの国を荒らしまわる、不届き千万な盗賊の頭目のことだ。意味不明なことを抜かして犯罪の限りを尽くしておったが、この間、吾輩とその忠実な部下たちによって、返り討ちにしてやったのだ。

 吾輩は良くは知らないが、勇者たちは遠くにある人間の国からやって来たらしい。何はともあれ近いうちに人間の国をぶっ潰してやろうと心に誓ったのだった。



 今の体に慣れるまでに数日かかった。

 強靭すぎる肉体と、強力すぎてわけがわからない魔法の数々。吾輩が大魔王様と呼ばれるのも納得だ。ともかく、吾輩の意識が大魔王様とかいう存在に乗り移ったのは確かだろう。なぜこうなったのか、どうやったのかは皆目わからんが。

 いろいろと戸惑うこともあったが、必要な記憶はちゃんと出てくるので大きく困ることはなかった。


「ふむ……。絶対零度の魔法に天変地異の魔法に隕石の魔法……。

 いやいや、こんなもの使ったらこの世界が滅亡するだろうが!」


 吾輩は自分が使える魔法を一つずつ思い出していく。


「強力すぎるというのも考え物だな。

 ……ふぅむ。むむっ、異界投棄の魔法だと?」


 ようは邪魔なものをどこか別の世界の適当な時間に放り捨てる魔法らしい。

 別の世界というのがどこなのかは、吾輩にも分らん。だいたい、適当な時間って何のことだ?


「まぁ、この世界の今が別の世界の今という保証もないわけか。

 時間の流れ方なども違うのかも知れんし……。

 ふん! ゴミをどこかへ捨てるだけのこと。後は野となれ山となれだ」


 なんとも雑な魔法だが、少なくともこの世界に大きな影響はないだろう。

 さっさと人間どもをこの世から(ほうむ)り去ってやろう。勇者とかいう頭のおかしな連中を、また派遣されてはたまらないからな。



「私どもも大魔王様のご意思に賛成でございます。

 勇者一味の犯行によって、相当な被害が出ておりますゆえ」


 何かとうるさい側近たちも、今回は吾輩のやることを支持してくれるらしい。


「じゃあさっそく始めるか」


 効果の程がよく分からなかったので、目に付いたもので練習してみる。

 適当な森に異界投棄の魔法をかけると、ふっと目の前からそこそこ広大な森が消えてなくなった。木だけではなく地面もそれなりの深さにえぐれている。


「なるほど、こんな感じになるのか。フハハ、これは面白い」


 嬉しくなった吾輩は、所かまわず魔法をかけまくった。地面のあちこちがえぐれて、辺り一面が不毛の大地となってしまう。


「大魔王様! おたわむれが過ぎます。目的を見失われては困りますよ」


 側近に小言をいわれてしまった。


「すまんすまん」


 吾輩はなるべく人間の国にかかわる物だけを消したつもりだが、正直ホビットとか他の亜人とかはいまいち人間と区別がつかん。いちいち確かめるのも面倒くさいので、目に付いたものは全部消す。まぁ、これも尊い犠牲だ。恨まんでくれ。

 ドラゴンとかワイバーンなんかも妙に吾輩に反抗的だから、こいつらも側近たちが見ていないうちに消し飛ばしてやった。ハハハ、ざまあないな。



 ともかく、異界投棄の魔法を使って、この世界の人間どもを一掃することができた。きれいさっぱり不安の種が片付いて、なんとも清々しい気分だ。


「ふぅ、一仕事終わった。これでしばらくは平和だろう。

 疲れたから吾輩は寝る」


「大魔王様、どれくらいお休みになるおつもりですか?」


「う~ん、だいたい百年くらい。その間のことは任せる」


「……かしこまりました」

 

 吾輩は寝心地の良い布団に潜り込んで、あくびを一つする。

 良い夢が見られそうな予感がした。





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