43 たまご泥棒
ある日の夜。
俺は寝床から這い出して、グッと伸びをする。久々によく眠った。
今晩は新月か。あまり外出には向いてないが、こういう日もたまには良いだろう。俺はポチを連れて、見回りという名の散歩に出かけた。特に決まったルートなどはなく、気の向くままにあちらこちらを見て回る。ごくたまに妖魔が入り込んでいることもあるが、ポチと俺のコンビなら不意打ちを食らうことはまずないのだ。
今日はぐるっと大回りして、ポチの下で頑張っているサブリーダーたちの顔を見ていくつもりだ。彼らを労うための犬のおやつを大量に背負って、ひたひたと夜道を歩く。ポチがおやつの匂いに気を取られているな。
「ポチ、お前にも後でやるから我慢しろ」
「わふわふ!」
ある小学校のグラウンドに差し掛かったとき、何かが気になった。
「うん? あんな建物あったっけ?」
新月で真っ暗闇なせいか、俺の目でも少々判別が難しい。街灯でもあれば良いんだが何の光源もない。強いて言えば星明りくらいしかないのだった。
グラウンドはほとんどの部分が畑に転用されているのだが、そのすぐわきに簡素な木造の建物が建っている。人の家にしてはずいぶん小さいが、ウサギ小屋には大きい。物置にしては背が低すぎる感じだ。前に来たときはこんな物はなかった。
「何だあれは」
そっと近づいてみると、なんだ鶏小屋か。野生化していた鶏を捕まえたんだろうな。結構な数の鶏が大人しく並んで座っている。眠っているのか、俺には気づいていない様子だ。鶏は鳥目で、夜は見えないんだったか。ぼんやりと鶏を眺めていると、音もなく何かが近づいてくるを視界の隅で捉えた。
しまった! ポチはおやつの匂いに気を取られているし、俺もちょっと油断していた。それにしても、こいつはなかなかの手練れだぞ。殺気を上手く消している。
俺は靴にダメージを与えない程度の超高速バックステップで、何者かの攻撃をかわす。ヒュンッと切れの良い音が、顔のすぐ近くでした。木刀だろうか? 攻撃を外したそいつの動揺が伝わってくる。
危ない危ない。結構ギリギリだったぞ! 反撃をしようとした次の瞬間、そいつの正体が分かった。
「なんだ、ジャンヌじゃないか。何をしている?」
「なっ⁉ ブラドだったか!
すまない。 不審者かと思ったのだ」
ジャンヌが言うには、ここ最近、卵泥棒が出るらしいのだ。身内にそんな者がいるとは思えない。そもそも卵を盗むほど食うに困ってない。ということは、外部の者ではないか。もしかして、こないだクロエを狙った暗殺者の生き残りが、辺りにいるのではないか……。という思考の流れで、鶏小屋を見張っていたらしい。
なんともジャンヌらしい行動だ。
「だったら、俺に相談すれば良いのに」
「いや、なにしろ当て推量ゆえ……。
なにかしらの証拠をつかんでからと考えていたのだ。面目ない」
ジャンヌはガクッと肩を落とす。
「まぁ、別に良いよ。誰でも間違うことはあるさ」
俺たちがぼそぼそと話をしていると、鶏小屋の金網の網目から何かが侵入するのが見えた。細いローブのような何か。そいつは鶏の下に潜り込み卵をくわえて、そのまま丸のみした。細長い体形の一部が卵型に膨らむ。
「な!」
「あ、アオダイショウだな。卵泥棒はあの蛇だろ。捕まえとくか?」
「そっ、そうだな」
「間が悪いというか、変な偶然というものは何故か重なるんだよな」
俺はジャンヌに慰めとも戒めともつかない言葉をかける。
ジャンヌは犯人のアオダイショウをぶら下げて、トボトボと帰って行った。
俺はその後も見回りを続けて、魔狼のサブリーダーたちに挨拶をしてまわった。
「本当にお前たちは犬のおやつが好きだな。実は犬なんじゃないか?」
「わふわふ!」
以前に建ててやった犬舎の具合をみたり、他の魔狼たちとじゃれあったりして、魔狼の毛だらけになってしまった。
全ての群の状態を確認して、庁舎に戻ると、もう夜明け前だった。
「一仕事終わったな」
「わふ!」
「うん?」
一階ホールの応接コーナーのソファーで、ジャンヌがうつらうつらとしていた。大量のクッキーとチョコがのった皿がテーブルに置かれている。
「……う、ブラド、おつかれ」
「なんだ、ここで起きていたのか?」
「自分の不甲斐なさを思い、やけ食いしていたのだ」
「ハハハ、そうか。たまには良いかもな。
俺は魔狼の毛だらけなんで、朝風呂に行ってサッパリするよ」
「私もそうしよう」
「今の時間はガラすきだから良いぞ」
ジャンヌがパッと笑顔になった。ジャンヌは笑うと年相応に可愛らしい。
「広い浴槽を独り占めか! それは良い!」
「まぁな。
そういえば、こないだのことだけど、あのサラが男湯にいたぞ」
「な! アイツめ!」
「ゆでダコみたいになってたが、無事に帰ったんだろうか」
「まったく、あの女はどうしようもないな……」




