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04 遺物


 出会った頃のホビットたちは、着の身着のまま食うや食わずといった状態だった。やせ細り、妖魔の襲撃におびえて縮こまっていた。


 今はとりあえず食い物には困ってないし、着るものもあるし安全な住処もある。

 だいぶ心に余裕が出てきたようで、本来の好奇心旺盛な性質を取り戻している。

 廃墟から掘り出された遺物に一喜一憂したり、庁舎内の設備を興味深げに観察したりしているのだった。



「領主様、あれは使えないのですか?」


 ホビットの一人が庁舎の駐車場に停めてある自動車を指さして俺にたずねる。


「う~ん、あちこち傷んでるからダメだろうな」


 燃料タンク内のガソリンは確実に腐っているだろう。

 下手するとインジェクションも詰まってるかもしれない。

 長時間野ざらしだったせいで錆が目立つし、タイヤもひび割れてぺしゃんこだ。

 エンジンオイルはともかく、ブレーキフルードやクーラントは生ものだし。

 バッテリーなんかとっくに上がってるだろうし。

 自動車は消耗品の塊だから、放置するとあっという間に使えなくなってしまう。


「立派な乗り物なのに、雨ざらしとは惜しいですなぁ」


 俺の目にはただのポンコツだが、確かに当時の自動車は技術の結晶だ。

 彼らからすると立派な乗り物に見えるのかもしれない。


「なんとか修理できたとしても、肝心の燃料がないからどうしようもないんだ」


 ガソリンスタンドの貯油槽に残っていたとしても、もう変質していて使い物にならないはずだ。軽油や灯油ならほんのわずかな希望はあるが……。いや、さすがに何十年ももたないか。

 仮に、原油がどこかから湧いていたとしても、精製する技術も知識もないし。


 自動車を普通に運用するには、いくつもハードルを越えなくてはいけなくて、そのハードルも結構高いのだ。

 今の俺たちではリヤカーを引くのがせいぜいだろうな。



「なるほど、それは残念ですね……」


 未練がましく自動車を見ている。

 彼らは珍しいものに目がないのだ。


「まぁ自動車をなんとかするのはずっと先のことだ。今はあきらめてくれ。

 けど、あれなら使えるかもしれんぞ」


 俺は庁舎の駐輪場から自転車を引っ張り出してきた。

 鍵がかかっていたが、今の俺にはそんなもの通用しない。

 指先一つで解除、というか破壊してやった。


 タイヤがダメになっているが、無事なものを探して交換すれば何とかなるはず。

 ダメもとで空気を入れてみたら、ちゃんとタイヤが膨らんだ。

 錆びたチェーンに油をさして、とりあえず動く状態にした。


「いやしかし、これはどうやって乗るのですか?」


 ホビットはタイヤが二つしかないこの乗り物に困惑している。

 彼らの世界にはなかったのだろう。


「こうやるんだ」


 俺はペダルに片足をかけ、軽く助走を付けてからひょいっと自転車にまたがった。

 自転車に乗るのは久しぶりだったが、体が覚えているのか問題なく乗れた。

 庁舎の駐車場内をスイスイと自転車で走る。


「ほぉぉぉ……。領主様、それは魔法ですか?」


 彼は目を真ん丸にして驚いている。


「いや魔法じゃない。これはこういう乗り物なんだよ」


 俺が駐車場をクルクル自転車で回っていると、他のホビットたちもやってきた。


「「「おぉぉぉぉ!」」」


 目をキラキラさせて、パチパチ拍手をする者もいる。

 曲芸のたぐいと思っているのかもしれない。

 しかたがないので彼らの前でさんざん自転車を乗り回してやった。

 立ち乗りをしたり、手放し運転したり、ウイリーしたりするだけで拍手喝采だ。


「こんな感じに乗るんだ。

 練習すれば誰でも乗れるようになるから。ほら乗ってみな」


 最初は戸惑っていたが、一人やって来ると他のホビットもワラワラと自転車に群がってきた。


「俺が最初だから!」

「おいおい、俺が先だろ」

「ちょっと私にも触らせてよ」

「僕も乗りたい」


 とたんに自転車の取り合いが始まる。


「まてまてまて! 自転車は他にもあるから。順番にな」



 俺は駐輪場にある自転車を全部引っ張り出して、乗れるように整備してやった。

 タイヤやブレーキシューとかは劣化しているが、後で交換すればいいだろう。

 それぐらいならホームセンターで替えが見つかるだろうし。


 ホビットたちはワーキャー言いながら自転車の練習をし始めた。

 やはり体格的に大人用のロードバイクは無理だったが、ママチャリなら大丈夫そうだ。子供用の自転車がピッタリなんだが、数があまりない。


 彼らは初めのうちはバタバタこけまくっていたが、そのうちコツを掴んだらしい。

 その日のうちに真っすぐ走るくらいは出来るようになっていた。

 旋回はまだ難しいようだが、すぐに乗りこなせそうな感じだ。


 厳しい生活で娯楽に飢えていたのかもしれない。

 あちこち擦り傷だらけなのにニコニコ笑っているのだった。





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