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30 黒い泥沼


 ある日の昼頃。


 俺は自室で昼寝をしていた。

 夜活動して昼は眠る。これがバンパイアの俺にとっては普通なんだが、いろいろあってそうもいかないことが多い。


「ブラド! ブラドはおるかぁ!」


 ドタドタとドワーフ鉱山代表のドルフが庁舎に駆け込んできた。

 なぜだか全身真っ黒になっている。


「おっ、ドルフ。ずいぶんと珍しいな。

 引きこもりのドワーフが外出とは、季節外れの雪でも降りそうだ」


 俺はのんきな挨拶をする。


「ちょっ、ちょっと来てくれ。

 雪どころじゃないんじゃ。大変なんじゃよ!」


 ドルフはひどく慌てている様子だ。


「なんだ? 幽霊でも出たのか?」


「出たのは出たんじゃが、幽霊ではない。とにかく来るのじゃ!」


 俺はドルフに引きずられるように、ドワーフの鉱山へ連れていかれた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 一時間後、俺たちはドワーフの鉱山にいた。

 鉱山の入口前はちょっとした広場になっていて、物置や屋外作業場などがある。


「あれじゃ」


 ドルフが広場の隅を指さす。


「あの泥沼のことか?」


 ドルフが指さした辺りは、真っ黒な泥で一杯だった。

 よく見ると、その泥だまりの中央部分がコポコポと波打っている。

 どうやら真っ黒い泥が地中から()いているようだった。

 その周りには、ドワーフたちが全身真っ黒になって立ち尽くしている。


「そうじゃ。

 わしらはあそこに新しい井戸を掘っておったのじゃ。

 そしたらこれじゃ。お前さんはあれを何じゃと思う?」


 ドルフは何かに気づいているようだ。

 俺はわけが分からず泥沼に近づく。

 近づくにつれて鼻を刺す異臭が強くなった。

 嗅いだことのある臭いがする。

 アスファルト舗装工事現場で嗅ぐにおい。

 鼻の奥が重くなるあの臭いだ。


「石油の臭いがする」


「「「おぉぉぉぉ!」」」


 ドワーフたちも内心気づいていたのだろう、第三者の俺の言葉で確信したらしい。


「わしはあれを原油と思うのじゃが、お前さんはどうじゃ?」


「まだ確定はできないぞ。成分を分析しないとな」


 それっぽいことを言ったが、どうやって分析をするのか俺は知らない。

 しかし、ドルフはニヤリと笑って言った。


「わしらに抜かりはないのじゃ」


 どうやらその原油らしきものを、簡易的な蒸留装置にかけている最中らしい。

 これで、有用な成分が分離できれば、あるいは……。


「おいドルフ! これを見るのじゃ!」


 ドワーフの一人が何かを持ってやって来た。手には栓をされたガラス瓶。

 中には無色透明の液体が入っていた。


「最初に燃えるガスが出て来ての、それからこれが出てきたのじゃ」


 ドルフはガラス瓶を手に取り、しげしげとその液体を観察している。


「お前さんが言うところの燃料とは、これのことかの?」


 ガソリンは元々は無色透明で無臭だと聞いたことがある。

 そのままだと危ないので、後から色と臭いを付けるのだとか。


「正直、見ただけじゃ分からん。

 火をつけて燃えるようなら、そうかもしれない。

 でもガソリンは滅茶苦茶危ないぞ」


「ふむ……。ちょっと試してくるのじゃ」


 ドルフは持って来たドワーフにガラス瓶を返す。


「よし、分かった!」


 そのドワーフは裏の広場に走って行った。

 しばらくして、


 ボフッ! という爆発音が聞こえた。

 そして、昔のコントで見たような状態のドワーフがヘロヘロになって戻ってきた。


「た、たしかに、これは良く燃えるようじゃ」


「ふぅむ、そうか。ご苦労じゃった」


 なんという命知らずで体当たり的なやり方。


「確かにガソリンの可能性はある」


 それを聞いてドルフがニカッと笑った。


「ほれ、わしが言った通りじゃろう? 道は続いておるのじゃ!

 すまんが、この手のことが詳しく書かれておる本を頼むぞ」


「おっ、おぅ。分かった」


 まさか原油まで出てくるとは……。


 それにしてもドワーフたちの行動力には圧倒される。このまま彼らに任せれば、人類の科学技術が復活して、元のような生活に戻れるかもしれない。

 でも、あまりドワーフたちに頼りすぎるのもいけないか。あまり行き過ぎると、最終的にドワーフたちが主のドワーフ帝国が出来たりして……。


 いや、それはそれでありだな。政治とか面倒だし。俺は帝国の臣民になって、肩書だけの閑職につけてもらうんだ。それで惰眠を貪るわけだ……。それも良いな。


 俺は益体(やくたい)もないことを考えながら我が家に帰るのだった。













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