30 黒い泥沼
ある日の昼頃。
俺は自室で昼寝をしていた。
夜活動して昼は眠る。これがバンパイアの俺にとっては普通なんだが、いろいろあってそうもいかないことが多い。
「ブラド! ブラドはおるかぁ!」
ドタドタとドワーフ鉱山代表のドルフが庁舎に駆け込んできた。
なぜだか全身真っ黒になっている。
「おっ、ドルフ。ずいぶんと珍しいな。
引きこもりのドワーフが外出とは、季節外れの雪でも降りそうだ」
俺はのんきな挨拶をする。
「ちょっ、ちょっと来てくれ。
雪どころじゃないんじゃ。大変なんじゃよ!」
ドルフはひどく慌てている様子だ。
「なんだ? 幽霊でも出たのか?」
「出たのは出たんじゃが、幽霊ではない。とにかく来るのじゃ!」
俺はドルフに引きずられるように、ドワーフの鉱山へ連れていかれた。
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一時間後、俺たちはドワーフの鉱山にいた。
鉱山の入口前はちょっとした広場になっていて、物置や屋外作業場などがある。
「あれじゃ」
ドルフが広場の隅を指さす。
「あの泥沼のことか?」
ドルフが指さした辺りは、真っ黒な泥で一杯だった。
よく見ると、その泥だまりの中央部分がコポコポと波打っている。
どうやら真っ黒い泥が地中から湧いているようだった。
その周りには、ドワーフたちが全身真っ黒になって立ち尽くしている。
「そうじゃ。
わしらはあそこに新しい井戸を掘っておったのじゃ。
そしたらこれじゃ。お前さんはあれを何じゃと思う?」
ドルフは何かに気づいているようだ。
俺はわけが分からず泥沼に近づく。
近づくにつれて鼻を刺す異臭が強くなった。
嗅いだことのある臭いがする。
アスファルト舗装工事現場で嗅ぐにおい。
鼻の奥が重くなるあの臭いだ。
「石油の臭いがする」
「「「おぉぉぉぉ!」」」
ドワーフたちも内心気づいていたのだろう、第三者の俺の言葉で確信したらしい。
「わしはあれを原油と思うのじゃが、お前さんはどうじゃ?」
「まだ確定はできないぞ。成分を分析しないとな」
それっぽいことを言ったが、どうやって分析をするのか俺は知らない。
しかし、ドルフはニヤリと笑って言った。
「わしらに抜かりはないのじゃ」
どうやらその原油らしきものを、簡易的な蒸留装置にかけている最中らしい。
これで、有用な成分が分離できれば、あるいは……。
「おいドルフ! これを見るのじゃ!」
ドワーフの一人が何かを持ってやって来た。手には栓をされたガラス瓶。
中には無色透明の液体が入っていた。
「最初に燃えるガスが出て来ての、それからこれが出てきたのじゃ」
ドルフはガラス瓶を手に取り、しげしげとその液体を観察している。
「お前さんが言うところの燃料とは、これのことかの?」
ガソリンは元々は無色透明で無臭だと聞いたことがある。
そのままだと危ないので、後から色と臭いを付けるのだとか。
「正直、見ただけじゃ分からん。
火をつけて燃えるようなら、そうかもしれない。
でもガソリンは滅茶苦茶危ないぞ」
「ふむ……。ちょっと試してくるのじゃ」
ドルフは持って来たドワーフにガラス瓶を返す。
「よし、分かった!」
そのドワーフは裏の広場に走って行った。
しばらくして、
ボフッ! という爆発音が聞こえた。
そして、昔のコントで見たような状態のドワーフがヘロヘロになって戻ってきた。
「た、たしかに、これは良く燃えるようじゃ」
「ふぅむ、そうか。ご苦労じゃった」
なんという命知らずで体当たり的なやり方。
「確かにガソリンの可能性はある」
それを聞いてドルフがニカッと笑った。
「ほれ、わしが言った通りじゃろう? 道は続いておるのじゃ!
すまんが、この手のことが詳しく書かれておる本を頼むぞ」
「おっ、おぅ。分かった」
まさか原油まで出てくるとは……。
それにしてもドワーフたちの行動力には圧倒される。このまま彼らに任せれば、人類の科学技術が復活して、元のような生活に戻れるかもしれない。
でも、あまりドワーフたちに頼りすぎるのもいけないか。あまり行き過ぎると、最終的にドワーフたちが主のドワーフ帝国が出来たりして……。
いや、それはそれでありだな。政治とか面倒だし。俺は帝国の臣民になって、肩書だけの閑職につけてもらうんだ。それで惰眠を貪るわけだ……。それも良いな。
俺は益体もないことを考えながら我が家に帰るのだった。




