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3/5

 その週の日曜日。私たちはショッピングモールにいた。


「服なんてマネキンのまま買えばいいよ。あと別に高いブランドものじゃなくていいの。アウターだけはちょっといいものにしてあとはトレンドだけ押さえてGUなんかで全然」

「これどう!? 英語で書かれたこのデザインかっこよくない!? あとこのドクロ!」

「そんな中二病みたいな服やめなさい。千秋は試着室で待ってて。お願いだから、ね?」


感情のない顔でそういうりっちゃんにひるんで何も言えず試着室に行く私。差し出された服にすごすごと着替える。


「こんな感じなんだけど。どうかな?」

「うんうん! いいじゃんいいじゃん! アースカラー似合うと思ってたんだ。あと照れてるのも可愛い」


りっちゃんにマネキンのようにかわるがわる着替えさせられ、かわいいと思った服を買った。


「このまま私んち行くってことでいいんだよね?」

「ううん、まだまだこれからだよ。アクセにバッグにシューズにスキンケアのとかいろいろ」


「うぅ。今まで貯めたお小遣いが消えてゆく……」

「プチブラばっかだからまだ安い方、女の子はお金がかかるもんなの。」


そんなこんなでりっちゃんに引っ張られているだけでもう陽が赤くなってきている。目まぐるしく新鮮なものばかりでへとへとになってしまった。


「ふんふふーん。千秋の家こっちだよねー」

「部活だと私の方が足早いのになんでそんなに体力あんのよ……」

「甘いものは別腹って言うでしょ」

「いや意味わかんないけど」


私の家はなんてことのないマンションの一角にある。両親は共働きだから今はまだ家にいないはずだ。誰もいないけれどただいまといいつつ自分の部屋にりっちゃんを連れて向かう。


「なんだか殺風景な部屋だね。きれいにはしてあるんだけど」

「女の子っぽいインテリアとかないですよーだ」


まあいきなり始めちゃおうかと化粧道具をとりだすりっちゃん。


「はーい。目つぶってくださーい」

「今日はもう頑張ったし明日にでもする?」

「はーい。目つぶってくださーい」

「はい」


言われるがままにおとなしく目を閉じる。くすぐったくも身をよじると怒られてしまうのでひたすらに耐える。短いような長いような不思議な時間を過ごした。


「よし、とりあえずこんな感じかな。ナチュラルだけどメイクしてるのわかるくらいにしたよ。目開けていいよー」


まぶたを開くと久々に感じる明るさに目がくらむ。目の前の鏡のなかには私じゃない誰かがいた、これが私だと一瞬わからなかった。


「ふふーん。言葉もでないかあ~」

「……ちょっと、いやすっごくびっくりしてる。私ってかわいいのかも」

「もともと目鼻立ちははっきりしてるしその通りなんだけど、自分で言うのはあれじゃない?」

「えー、なんかすごい。やっぱりかわいすぎるかも」

「聞いてないし……」


ぱんぱん、と手をたたく音にはっとして我に返る。ごめん、と謝りつつりっちゃんに向き直る。


「でもこれで終わりじゃないよ。一番は髪型かなあ。ショートだと似合う服限られちゃうし。伸ばしてみない?」

「洗うの簡単だから短い方が楽なんだけど……。でも伸ばしてみる」

「まあボブくらいが千秋にはいいんじゃないかな」

「ボブ? 英語の先生にそんな人いた?」

「ううん。なんでもない。気にしないで」


「よし! じゃああとは自分でできるようにしよっか」

「……はぃ」


有無を言わせない鬼軍曹がそこにはいた。いわれるまま私はなんども化粧し、夜には自分でもいいんじゃないかと思えるくらいにはなった。りっちゃんが言うにはまだまだらしいけど。




 そこからの日々は目まぐるしく過ぎていった。受験シーズンがやってきたから、ファッション雑誌を読み始めたから、スキンケアに時間をかけるようになったから、いろんな理由がある。


 だからこそ確かに心が満たされるような満足感を感じていた。メイクが上手くなったり、コーデの組み合わせ方がわかるようになったり。一歩ずつ自分の足で踏み進めていくのを実感できるのが楽しかった。なんかちょっと雰囲気変わったね、と友達に言われるのも嬉しかった。


 受験もなんだかんだ上手くいった。別にそこまで頭のいいってわけじゃないけど近くにあって平均ちょっと上の高校。りっちゃんも同じ高校に合格し私たちは手を取り合って喜び合った。


 そして卒業式の日がやってきた。いつもよりも精一杯のおしゃれをした。髪も伸びて肩にかかるくらいになったので、カールをかけてふわっとさせた。ボブというやつだ。あの時の勘違いについていじられるから、りっちゃんの前でボブの話はもうしない。


そんなことを考えているとちょうどりっちゃんと靴箱で会う。目を細めてじっくりと私のことを見つめてくる。


「うん! 今日のメイクはギリギリ合格かな!」

「合格って、試験じゃないんだし」


軽口をたたくも褒められたことが嬉しくにやけてしまう私。そんなにやけた私を見てにやけるりっちゃん。無言で小突きあいながら最後になる教室への道を歩いた。




 卒業式はつつがなく終わった。答辞の生徒会長のことばと皆で歌った旅立ちの日にには涙が溢れてくるのを止められなかった。りっちゃんにメイクが崩れるから目元をこすらないよう言われたことも忘れてしまっていた。


 卒アルを受け取り担任による激励の言葉をかけられ、もう帰ってもいい時間となった。けれど何分経っても教室はがやがやとしていて落ち着きがない。今までを懐かしむようになんでもない思い出話をしている。だれもが今日で終わってしまう中学生活に後ろ髪を引かれてしまっていた。


 そんな時教室によく通る芯の強い声がかかった。潤也の声だ。


「千秋いるか?」

「うん。潤也、卒業おめでとう」

「千秋こそ卒業おめでとう。……その、ちょっと話がある。ついてきてほしいんけど」

「……うん。わかった」


潤也の背中を見ながら何も言わず歩く私。こつこつと靴跡だけが響く。これってもしかしてと思いつつたどり着いたのは使われていない教室だった。ふたりだけの教室は静けさに包まれていた。


「……その、千秋」

「うん」

「俺は千秋のことが……。その、ええと」

「うん」

「――えっと、俺、千秋とおんなじ高校受かったから。最近あんま話せてなかったけど高校でも遊ぼうな! ……それだけ」


そう言った潤也の顔は無理やり作ったような笑顔だった。そのままたっと駆け出して教室を飛びだしてゆく。


その背中を引き留めようと口を開いたが言葉が出てこなかった。今日で最後だからと勇気を入れてきたはずなのに。高校でも関係が続くと知ってしまったら踏み込まなくてもいいんじゃないかと思ってしまった。そんな逡巡のうちに潤也の背中が見えなくなる。


 とぼとぼと歩いて教室に戻ってきた。もうクラスメイトのほとんどはいなくなっていた。私の表情をみて察したようにりっちゃんが話しかけてくる。


「……はあ。あんたたちまたすれ違ったんだ」

「……どういうこと?」

「ただの独り言。で、これからどうするの?」

「どうもできないよ。自分がどうしたいのかわかんなくなっちゃった」

「潤也のばかが悪いから気にしなくていいよ。って言ってもそんな簡単じゃないよね」

「うん……」


どちらも考え込んで黙り込んでしまう。ぽん、と何かを思いついたようにりっちゃんが手を叩いた。


「ならもっともっと可愛くなって焦らせちゃおう大作戦! 今付き合わないと誰かに取られちゃうよって思わせるくらい可愛くなるの。どうどう?」

「まあ、そうして、みる。あれ? 今とやってることそんなに変わんなくない?」

「あはは。今の調子でいいってことだよ」


目を見合わせて笑うと少しだけ胸が軽くなったような気がした。



 高校入学までのひと月でさらに努力を重ねた。ガーリーな服も着るようになったしお小遣いを前借りしてシトラス系の香水も買った。


 そうして迎えた高校生活。新しい制服をスカートを折って今時にする。いろんな服を着るようになったけど制服って一番かわいい気がする。JKって無敵なのかも。


潤也とは中3の頃より話すようになった。というかよく話しかけてくれるようになった。時間が合えば一緒に帰ったりもするようになった。一歩近づいたけどまだ二歩くらい遠いような距離感。そんな距離感のまま半年が過ぎた。


ここまでが長い長い私の思い出話だ。

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