砂漠のオアシス 6
腕の鉱石は先の方はひんやりしていて、皮膚に近い部分はほんのり温かい。
光に当たってる部分は透明感があってとても綺麗。影の部分は光らずとも落ち着いた色合いで、これもまた綺麗。
綺麗としか言えない語彙力にもっと何かいい表現があるハズ!と一人で悶えた。
手首から先は、力強いドラゴンの手。
赤い爪は鋭利に尖っていて、とても硬い。怪我をしないように表から裏から眺めてみた。
手のひらには平たい鉱石がくっついていて、物を掴めるように多少弾力があるみたい。
私は少しだけ温かい手のひらに指を滑らせてみた。
ぴくりと動く手。よく見たら細かく震えてる。
思わず、ユーグ様の顔を伺うと少し赤くなってる。目が合うとそっと目を逸らされた。
「くすぐったい?」
「少し」
「手のひらは少し柔らかいんだね。不思議」
裏表、隅から隅までじっくり観察させてもらえたし、「この鉱石は生え変わるのか?」の疑問も「何年かに一度」と簡素だったけど、答えてくれた。
大満足して離れる。周りを見ると、ジルもエルも顔の真ん中に『マジか』という文字を貼り付けていた。なんで?
「あのさ、ユーグ。冗談抜きでサンゴちゃん、そういう立場にしちゃったら?」
「ユーグの腕を怖がらないばかりか、じっくり観察する子って初めて見たよ。貴重だし、希少だ」
「……わかってる!」
「そういう立場って何?」
「あのね、サンゴちゃんはユーグの愛妾候補として連れて来られたの。そもそも婚約者も居ないのに変な話でしょ?だから、サンゴちゃんが婚約者になれば良いじゃん!っていう話なの」
「はい!?愛妾候補で婚約者?」
ちょっと待って待って。話が飛躍すぎる。
私が愛妾候補って何?特に美人でもないちんちくりんな私が?あの村には私より価値ある子、居たじゃない。
そして、婚約者?立場が違いすぎる!無理無理。
「待て待て。エル、話が飛び過ぎだ。婚約者ってなんの話だ?」
ほら、ユーグもびっくりしてるよ。おかしいから止めて。
「ありえない話じゃないでしょう?過去、ユーグの腕を見て泣かれ叫ばれ、気絶され。全力で逃げられたの、忘れたか?」
「何人かいたな」
「噂が噂を呼んで、この周辺では怖がられて誰も近付かなくなったよね」
「まあ、面倒がなくて良いと思ってる」
「領主の一人息子で、ゆくゆくはこのオアシスの領主になる事が決定してて、ややこしい義理親との付き合いも最低限。こんなに条件の素敵な優良物件はなかなか無いのに!ちょっとした異形の腕があるだけで!」
「ちょっとした、じゃないだろ」
「私のタイプなら即かぶりつきだったのに、惜しい」
「やめろ、どんな冗談だ」
「と、まあエルの冗談は置いておいて。サンゴにも悪い話じゃない。ユーグの婚約者候補にでもなっておけば、ある程度ここでの自由がきく。俺とエルがそばにいてもおかしくないし、ユーグという最大の後ろ盾がつく」
「無理に、とは言わないけど。私はサンゴちゃんがいいな。ユーグの腕を怖がらない子、初めて見たもの」
確かに、エルの上げた条件はとても魅力的だ。そして、ここで一番の地位がある、ユーグの後ろ盾が確保出来るのもとても良い。
異形の腕があるだけで、笑うし普通の人だ。
「私でいいのかな?」
「サンゴちゃんが良いの」
「っ!!待て待て。俺を置いていくな」
「もう!ユーグったらゴネすぎー!男らしくなーい」
「展開が早すぎる。会って半日だぞ。お互いの事をまだ良く知らないのに。こういうのはまだ…」
「お前はどこの乙女か。婚約者候補にしてからゆっくり知っていけばいいだろ。肩書きを先につけておかないと、サンゴはここで過ごしにくい。連れてこられた経緯も普通じゃなかったし。ユーグ、腹括れ」
ユーグは長く考えてた。即決で決める浅慮的なところが無さそうな感じも良い。だって自分と私の人生を決める事だからね。考えるの大事。
「よし、わかった。サンゴ、一旦俺の婚約者候補になってくれ。あとで印を渡す」
「わかりました。よろしくお願いします」
会って半日。
こうして私はユーグの婚約者候補になった。
印というのは、ユーグの腕から抜けた鉱石を加工した指輪だった。