砂漠のオアシス 4
ジルが捕らえた商人は、男二人と女一人の三人。
逃げないよう半地下の牢に繋いであった。
「お前達、あの女性はなんだ?」
「アレはセイレーンの海から連れてきました。セイレーンを祖にしているので、声と身体の鱗が美しく…アレはその中でも最多の鱗持ちでして」
「で?」
「…領主代理様への愛妾候補者としてどうかと」
「は!?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。愛妾って。婚約者も妻も1人としていないのに。
大体、百歩譲っても候補者を箱詰めにして贈るのはおかしな話だ。
「人を箱詰めにするのはどういう了見だ?」
「アレの固有魔法を封じるには必要なんです。密室で使われたらこっちがやられます」
ーーー彼女の固有魔法は、凄まじかった。
一瞬で、広間が水で覆われた。
そして、あの部屋は密室ではなかったのに、どこからも水が漏れる事なくあそこに留まっていた。
「…彼女は愛妾候補として、連れて来られたのは知らなかったようだが、どういう手段で連れて来たんだ?」
「そ、それは……」
あからさまに狼狽する商人達。薄々わかっていたが、彼女は拐かされて連れて来られたようだ。
自分より若い、家族と引き離されてこんな遠い土地まで。彼女の心情を考えると怒りが沸く。
「ジル、こいつらを地竜隊に引き渡せ。罪状は誘拐だ」
「了解致しました」
地竜隊は、このオアシスを警備する傭兵団だ。豊かなオアシスを狙う有象無象を蹴散らし、悪の種を狩り取る。窃盗から傷害、詐欺、誘拐、その他の犯罪を一挙に引き受けてくれる。
半地下から上がると、すでに空は夕焼けになっていた。
日中は刺すような暑さの砂漠は、夜になると上着が必要になるくらい気温が下がる。この時間帯は一日のうち最も過ごしやすい。吹く風も心地良い。
外廊の向こうから、彼女に付けた女官がやって来た。ジルの妹、エルだ。幼い頃から一緒にいるから他の使用人より気安く付き合えるし、信頼できる。
「ユーグ様、サンゴちゃんの支度終わりました〜」
「サンゴちゃん?」
「箱入りの女の子ですよ♪」
「箱入り、ってお前……どうだった?」
「特に怪我はしてないですし、用意した軽食も口にしていたので元気ですね」
「今は?」
「部屋で休んでもらってます。ずっと箱の中に閉じ込められてたわけですし」
エルは目の奥が笑ってない微笑を浮かべる。こういうところ、本当にジルに似ている。ソレを指摘すると力一杯否定するけれど。
「あ、あと彼女の固有魔法、確認させてもらいました。あれはすごいですね。無から海水を発現させるのもそうですけど、声の大きさで水量を増減出来るようです」
「なるほど。ただの塩水ではないんだな?」
「ええ、ミネラルを含んでいましたから」
エルの固有魔法は『分析』と『無効』
口に入れた物の成分を分析する。有害か無害かが判別出来る上に、有害な物の無効化が出来る。口に入れないと使えない事もあって、昔から俺の毒見役を兼任している。
「そうか。彼女の回復を待って話がしたい。夕食を一緒にしたい。出来るか?」
「多分、大丈夫だと思います」
「じゃあ、よろしく頼む」
夕食時にどんな話が出来るのか、そして彼女はどういう位置でここに置こうか考えながらエルと別れた。