砂漠のオアシス 2
「ちょ、ちょっと待ったー!!」
「え?」
もう少しで唇がくっつく、というところで脇からストップがかかった。ご丁寧に私と男の口の間に誰かの手のひらが差し込まれている。
それとほぼ同時に、誰かの拳が男の胸を思い切り殴打した。ドスッ!!という遠慮のない音に殴られてもいない私の身体がビクッと跳ねる。
恐る恐る顔を上げると、よく似た金髪の男女が私の隣にしゃがんでいて、男の胸を殴打していたのはまさかの女の人だった。
「……ゲホッ!う……」
「あ、気付きましたかー?」
キラッキラの笑顔…ただし目は笑ってない…の金髪男。
こ、怖すぎる。
何度か咳き込んでからむくりと起き上がった男は、すぐ近くに座っている私を見て目を眇めた。私の頭のてっぺんから足の先までじろじろと遠慮なく見られて、何となく身の置き場がない。ずっと同じ服だったからあちこち擦れてぼろぼろだし、何といってもこの男達の顔が良い。目も髪も見たことのない配色で……
だから話かけられた時、返事が一瞬遅れた。
「お前、どこから来た?」
「………海辺の村から、です」
「何で箱に入っていた?」
「わかりません」
「ここに来た理由は?」
「わかりません」
私との会話が進むにつれて、男達の顔つきが段々険しくなってくる。
箱に入れられた理由?そんなの私が聞きたいし、大体ここはどこなんだろう。
「ジル、あの商人を捕えろ」
「はい」
ジルと呼ばれた、金髪男が海水で濡れた部屋に戻って行く。部屋から慌ただしい声と物音が聞こえてくるけれど、私は残った二人にまだじろじろ見られてて動けない。
何でそんなに見るの…?
*****
商人が持ってきた箱を爪を使って破いたら、若い女が口を塞がられた上に手足を鎖で繋がれて座っていた。こんなに厳重に拘束するのは何故だ。
背中まで伸ばされた黒髪、眩しそうにこっちを見上げる若葉のような緑の目、褐色の肌には鱗が点在している。
苦しそうだ、と思って口に手を伸ばす。商人が「それは…あの…」とごちゃごちゃ言ってきたけど、無視して布を取り去った。
「ーーーーーー!!!」
女が聴いたことのない声で、叫んだ。
一瞬で、部屋に水が満ちた。
鉱石の生える腕は浮かばない。
慌てて右手で口を押さえて周りを見る。目の前には、鎖で拘束された女が水中で静かに座っている。
あれでは助からない。浮力のない腕を無理矢理前に伸ばして鎖を千切る。
拘束を外す自分を見て、女は『信じられない』と目をまんまるにした。そんな顔が変に子どもっぽくてこんな時なのに少し笑えた。
助けられて避難した場所は、広間の外廊だった。
さっきまで水が満ちていたのが嘘のように引いている。でもそれが嘘じゃないとわかるのは、濡れた服が張り付く不快感と溺れて吐いた時の喉の痛みがあるからだ。それに遠慮なく殴打された胸の痛みも。
あれだけの水を出現させたのは、隣に座り込んでる女の固有魔法だろう。箱詰めの上で口も塞がられていたのは、きっとこの固有魔法を発動させないためだ。
目の奥が笑ってない侍従に、箱を持ち込んだ商人を拘束するよう命じる。何のためにこの女を連れてきたのか、白状させないといけないからだ。
何が出てくるのやら……
くしゃりと前髪を握るとベタベタしていた。手のひらを見ると白い結晶がくっついている。くん…と匂いを嗅げば、塩の香りがする。
自分の胸を遠慮なく殴打してくれた、女官に女を客間に連れて行くように命じ、自分も執務室に戻る事にした。