ボルトボックス
俺が前世で生きていた頃、とあるロボットアクションオンラインゲームが旋風を巻き起こしていた。
VLTBOX〝ボルトボックス〟。
そのゲームはリアル系ロボットのオンラインゲームであり、100対100で行われる戦略と戦術を駆使したオンライン専用の対人戦モードと、プレイヤー同士で協力可能でありながら濃密な物語を攻略することができるストーリーモードの二面性をハイクオリティで備えていた。
対人戦は言わずもがな。敵味方の陣営に分かれ、役割を分担し敵勢力に勝利すると言ったありふれたゲーム要素だが、演じられる役割がとにかく幅広い。
戦闘には参加しないものの、自軍に所属する索敵・工作兵のプレイヤーから送られる情報をもとに敵陣営の動きを予測して戦略を展開する「ブレイン」。
本営から送られた情報をもとに、戦闘機兵として前線で敵プレイヤーと戦う「ソルジャー」。
本営に送る情報の収集や敵の足止め、兵站の破壊などを専門に行う「エンジニア」。
前線で戦う戦闘機兵を援護する後方支援を目的とした「ロングアーチ」。
それに加え、数多くの戦場や、それぞれの装備によって刻一刻と変わる戦術展開、特定エリアに出現する巨大兵器などなど……100対100という対人マルチプレイを存分に楽しめる要素が盛り込まれており、発売からしばらく経っても新たな戦略が確立されるほど、その対人戦システムのクオリティは他のゲームと一線を画す内容だった。
しかし、俺がのめり込んだのはそのストーリーだった。
対人プレイを主体としたマルチプレイではシナリオなどの要素は排除されているが、協力プレイを追求したゲームのストーリーは濃厚なものだった。
西暦2350年。
人類が発明したワームホール発生装置、通称「ハイパーゲート」から逆に侵入してきた敵勢力「V.L.T」と人類が互いの存続を賭けて戦う。それが大まかなストーリーだ。
最初はボルトが操る超技術の兵器に歯が立たず劣勢に立たされた人類であったが、奇跡的に撃墜したボルトの兵器から得たオーバーテクノロジーを使って機動兵器「ハウンドアーマー(HA)」を開発。
パイロットは同じくオーバーテクノロジーから生成された〝ナノマシン〟を体内に注入し、ハウンドアーマーを駆ってボルトとの戦いを繰り広げてゆくのだ。
そんなロボット戦記というジャンルに属した上で、最も特筆したいポイントがストーリーの汎用性である。
ボルトボックスのストーリーはヒロインや戦友の生死によって分岐が生じ、様々なシチュエーションで、恋愛イベントや、戦友が裏切ったり、敵対派閥と共闘したり、恋人と死別したりするルートが用意されている。
その様々な分岐の中で、ルートに隠された数多くのハウンドアーマーを入手したり、武装やオプションパーツを解禁することができるため、プレイヤーはストーリーモードを何周も攻略することが要求されるのだ。
そして、ストーリーモードは周回をするごとに難易度が上がってゆく。同時にプレイヤーが難易度設定を変えることができる仕様にもなっていた。
難易度はイージー、ノーマル、ハード、ハーデスト、インフィニティと設定されており、初見プレイヤーはイージー、ノーマル、ハードと制限されている。
例えば一周目をハードモードでクリアした場合、二周目からはハーデストが解放される。(もちろん二周目も変わらずにハードモードでプレイは可能でありゲームが苦手なプレイヤーでも楽しめる仕様となっている)
二周目をハーデストでクリアすると、次に解放されるのがインフィニティである。インフィニティモードは作中最高難易度であり、「クリアさせる気あるか?」と思えるほどの難易度となっているため、インフィニティをクリアできずに他の難易度で全ルートを攻略するプレイヤーがほとんどだ。
インフィニティモードでクリアした場合、その次の周回の難易度はハーデストに格下げされる。しかし侮るなかれ。それはハーデストという皮を被った鬼畜難易度の始まりなのである。
インフィニティモードをクリアした次の周回では敵の体力が15パーセント増しとなっており、敵CPUの動きも一周目のハーデストよりも割り増しになっているのだ。しかし、インフィニティモードをクリアしたプレイヤーは手にした強化武装とプレイスキルを以てして、ハーデスト(難易度プラスα)を難なくクリアすることができる。
そして壁を乗り越えたプレイヤーたちを待つのは一周目よりも難易度が上がったインフィニティモードである。
こうして、ハーデスト→インフィニティをサイクルすることで難易度が無限に上がり続けることになり、そして順応してゆくプレイヤーもどんどんスキルを磨いてゆくのだ。
ボルトボックスユーザーの全体から言えば、インフィニティモードを周回するプレイヤーの割合は一桁であるが、その驚異のプレイスキルと変態さから一部界隈からは「ドMの証明」、「天パ並みのキリングマシーン」、「人間をやめた者たち」という色々な畏怖を込められて「インフィニティランカー」と呼ばれているのだ。
さて、その難易度選択もボルトボックスでは独自の裏打ちがある。
ストーリーの序盤で主人公に注入するナノマシン量によって、難易度が分岐するのだ。難易度が上がるごとに注入量が減少。最高難易度のインフィニティでは「ナノマシン不適合者」という烙印を押された上で人手不足のためにハウンドアーマーに乗せられることになる。
難易度の変化は敵の動きや耐久度の変更もあるが、実は操作性にも影響がでる。インフィニティモード(ナノマシンが投与されていない状態)では操作感がガラッと変わり、自動ロックオン機能や弾道アシスト、ブーストサポートなどの機能がほとんど使えないという一種の縛りプレイ状態となる。その上で敵キャラの堅さと動き、強さも最強難易度となるのだ。
しかもナノマシンがなければハウンドアーマーの動力源である「ガルダリア・エンジン」の出力も安定しない素敵仕様。ガルダリア・エンジンが安定しないためエネルギー系の遠距離武器がチャージされない不具合が起きたり、機体のブーストゲージが一気に減少し強制失速状態になることもしばしば。
つまり、インフィニティランカーとはドMの証明に他ならない。
攻略のために協力プレイで徒党を組んでも全員がナノマシンの恩恵がないために機体不具合で敵に蜂の巣にされたりと酷い目にあう。なので、ボルトボックスでの共闘サーバーはギリギリナノマシンの恩恵を受けられるハーデストの難易度での募集が基本なのだ。
だが、インフィニティでしか見れないエンディングや、入手できないアーマーや武装がある。
そこにまだ見ぬルートや武器があるというなら挑まない訳には行かぬ。どっぷりゲームにハマった漢(変態)は果敢にインフィニティに挑み、ランカーとして駆け抜けてゆくのだ。
そんなストーリーモードで、あるアップデートが行われた。所謂、新規シナリオの追加である。
内容は最終ボスの特A型ボルトを撃破した後の話であり、地球の南極に位置するボルトの最終防衛基地への突入と、最深部にある敵の施設を破壊するミッションだ。
内容としては大したことがないのだが、難易度が半端じゃない。ハーデストモードで詰むプレイヤーが大半であり、ハーデストをクリアできても次に待つインフィニティモードが鬼畜仕様すぎたのだ。
まず、敵の防衛施設がヤバい。
ミッション開始の段階でハウンドアーマーを呑み込むほどの電磁レール砲がバカスカ飛んでくるのだ。もちろん食らえばHPが即吹き飛んでゲームオーバー。ただ、これはまだ優しい方。弾頭が巨大で目立つため躱すことはできる。問題は後ろに控える迫撃砲と、高射砲と、ボルトの技術で鬼の追尾性を有する地対空ミサイル、ガトリング砲台である。
上空から侵入しようとすれば高射砲の餌食に。外から様子を窺おうとすれば迫撃砲が火柱を立てまくり。近づけば鬼追尾のミサイルの雨。フレアをふんだんに使い近づけば4門十字状に纏められたガトリング砲と対面することになる。
中でもガトリング砲がダントツでヤバい。4門ぶんの大口径砲弾が凄まじい速さで連射されて飛来するのだ。プレイヤー画面から見ても4本の白い紐状の何かが飛来してくるのがわかるほど。
ただ回避はできる。そう、一つ程度なら。
その武装が敵施設をぐるりと囲む防壁の至る所に設置されているのだ。ハードモードで数えただけでもその数500以上。ハーデスト、インフィニティではさらに増えるという鬼の所業である。
その結果、漢(変態)と名高いインフィニティランカーたちが挑むが、配信されてから半年が経過してもインフィニティモードでのクリア報告は流れなかった。誰もが絶望視する中、攻略不可能と言われる敵勢力「ボルト」の最終拠点攻略作戦のミッションに、一人のプレイヤーが挑戦した。
それが俺だ。
過去に知り合いのインフィニティランカーたちも徒党を組んで挑みもしたが、ミッション開始から1分も経たずに拠点防衛兵器に蜂の巣にされた。そこであえて単騎で挑戦する方針にしたのだ。
ハリネズミのような防衛設備に加え、インフィニティモード特有のナノマシンの恩恵カット。弾道予測表示のようなアシストは甘えである。
何度も何度も何度も何度も。
気が遠くなるようなゲームオーバーを繰り返しながら、俺はついに最短の突破ルートを発見したのだ。
円状の防衛要塞の1箇所のみ、わずかに手薄なエリアが存在する。ミサイルと迫撃砲とガトリング砲は飛んでくるが手薄なのである(感覚麻痺)。その一点に突入するしか活路はない。
俺が手を加えまくったハウンドアーマーの装備は背部に拡散榴弾砲とショットキャノン、搭載数上限まで強化したフレアとジャミングが搭載されていて、左手には大型のシールドが備わっている。この武装すべてが要塞突破時に溶けてなくなる。
突破後の装備は腰部に懸架したカベットライフル(ショートバレル仕様)と、近接戦闘用のMMX (近距離戦エネルギー突撃刃)のみである。もし最深部でやべぇ敵がいた場合は初期装備そのままな武装で戦いを挑まなきゃならない。うーん、普通に死ねるな!
だが、インフィニティランカーは伊達じゃない。
その日の俺はノリに乗っていた。迫撃砲やガトリング、ミサイルもよく見えていたし、レール砲も躱した上に拡散榴弾砲とショットキャノンでハリネズミの敵防衛施設に穴をぶち開けたのだ。ガトリングで多少装甲が削られるが、フレアをありったけ撒き散らしながら俺はぶち開けた穴へ突入し……ついに敵の防衛設備を突破することができた。
「やった……ついに突破できたぁ……ぁああぁーー……ッ!」
感じたことのない達成感と鳥肌。まだ誰も突破したことないインフィニティモードの要塞の内側に、俺はいる。一番乗りしたのは俺だったのだ。込み上げる高揚感と喜び。声を上げたくなる衝動を噛み殺す。
まだだ。
俺はコントローラーを握りしめ、敵拠点の最深部へと向かう。
インフィニティの難易度では、どの攻略サイトにもまだ載っていない敵の拠点の内側と最深部。何人たりとも寄せ付けない苛烈な防衛設備とは打って変わって静寂に包まれた敵の拠点。俺は中央に位置する大型通路に入り、下へ下へと降りていった。降りる道中も目立った防衛兵装はなく、自機の駆動音が施設内に反響するほど、施設は静寂に包まれていた。
しばらく螺旋状の下降ルートを進んでゆくと、ついに最深部にたどり着いた。
そこにあったものは巨大な動力炉だ。巨大なフラスコのような物の中では青白い稲妻が轟く。その動力炉から得られたエネルギーに代わって、ボルトはワームホール発生装置「ハイパーゲート」へと強制的に割り込み、地球へと自分達の兵力を呼び寄せてくるのだ。
これを壊せば、未だに散発的に現れるボルトを根絶することができる。フラスコのような見るからに貧弱で全てが弱点とも言える動力炉。破壊すればボルトはハイパーゲートを使うことができなくなり、人類は救われる。
その先にこそ真のエンディングが待ち受けているに違いない。
《やはり、お前がきたか》
だが、その破壊を防ぐべく立ち塞がる影があった。起動音と共にゆっくりと動き出したそれは、これまで戦ってきたボルトの機体のどれにも該当しない外見をしていた。サイズ感的には特A型のボルト兵器と変わらないのだが、パーツ密度が段違いだった。まるでいくつかのパーツが〝合体〟しているかのような歪さを有するそれは、緑光のカメラアイを光らせる。
「おいおい、まさか……カイ……なのか?」
俺はその機体から発せられた声色に覚えがあった。ボーイッシュな口ぶりでありながら、少女な一面も見せる……主人公の幼馴染。
彼女はシナリオ上で主人公たちと袂を分かち、ボルト側に行った。そして主人公の手によって倒される運命を宿命づけられていた。ルートによっては彼女を味方のまま……というか、恋仲になって戦後に結婚し子供を授かることもできるのだが……ダウンロード仕様である今シナリオでは、メインルートのまま彼女がボルトに寝返った設定なのだろう。
彼女こそ、ボルト勢力の最強パイロットであり、メインルートのラスボス枠なのだ。
《……決着をつけよう。お前とはこうなる運命だったのだから》
ちなみに、分岐ルートによっては仲間のままでいさせることもできると言ったが、インフィニティモードでは強制的に敵側に行ってしまう。しかも主人公の恋人や恩師である隊長、司令官まで手にかけて。しかし、インフィニティモードで彼女はすでに主人公に引導を渡されているはず。なぜ今になって出てきたのか……しかも機体は彼女の専用機ではないものになってるし。
ただ、もうそんな疑問に意味はない。相手がボルトの機体に乗って立ち塞がっているのだ。ここで交渉や説得なんて選択肢はない。
互いに武器を構え、展開が最高潮になる中。
有名なゲーム作曲家が手がけたBGM「決戦」のイントロが流れ始めた。
《これで全てがわかる……!勝負だ、ダン・ムラクモォオ!!》
ガルダリア・エンジンを最高出力にしながら、敵はプレイヤーネームを叫びながら襲いかかってくる。
対してこちらはナノマシンの補助がない。敵機体のメイン武装を一発でも受ければシールドごと機体のHPが半分以上消し飛ぶことになる。なので無駄な動きすら死に直結するのだ。
ここで死ねば再び防衛拠点の突破からスタートなので、なんとしてもここでクリアを勝ち取りたい。
飛び回る敵機体から放たれるゲーム内最強の収束エネルギー砲を躱しながら、こちらはライフルとMMXを用いて小ダメージでも確実に刻んでゆく。
一発当たれば死ぬオワタ式の戦いがはじまって、一時間になろうとしたとき。
敵機体がついに崩れ落ちた。小ダメージとはいえ刻みつけられた箇所から黒煙を上げていた機体は最後に交差した瞬間に叩き込んだMMXによって炎を噴き出してエンジン部が爆発した。
轟音と鼓膜を突き刺すような金属音を響かせながら地面に落ちた敵を見下ろして、俺は大きく息を吐き出した。やっと終わった……というのが率直な感想である。戦闘中は針の穴を通すような集中力を維持して僅かな隙間に攻撃を放ち続けたのだ。頭がふやけるような感覚と、とにかく甘いものが食べたいという糖分を求める衝動が思考を揺さぶってくる。けど、ゲームは続いていた。敵を撃破したことによって特殊演出のムービーが流れる。
《見事だった。さすがは……私の相棒だった者だ……勝てるビジョンが浮かばなかったのも無理はない……》
こちらも集中力を限界まで使い倒していたので、声を出すのも億劫であった。火花が散るような音の中で通信を繋げてきた幼馴染だった存在をじっと見据えた。
《最後に……ひとつ……お前に頼みたい……》
途切れ途切れになる音声の中で、その相手は言葉を発した。
《私の代わりに……お前が救え》
これまでの難易度では聞いたことないセリフがムービーから流れてきた瞬間、見つめていた画面が突如として光を発した。
思わず目を覆い隠して顔を背ける。
そして俺は、今までインフィニティランカーをしていたロボットアクションゲーム「ボルトボックス」の世界に転生していたのだった。