祈祷師少女は今日も主人の幸せを祈る
冬椿千種。文武両道でありながら見た目もピカイチ。その上名門冬椿家の跡取り息子。性格は少しばかりおっとりとしているように見えるが、その分何をやらせても完璧にこなす。文句のつけようがないハイスペック男子である彼の側には、いつも一人の少女が控えている。
春桜八重。八重さんと千種から呼ばれて、千種様と彼を呼ぶ彼女は生まれながらにして千種との主従関係が結ばれていた。
春桜家は名門冬椿家に代々仕える祈祷師の家系。神への祈りで冬椿家を支えながら、側仕えして時にはその厄を受ける身代わりとなり常に危険を遠ざけるのが春桜家の役割。
しかし春桜家の祈祷の力は有名であり、冬椿家と良い間柄の家々から大口の依頼も多数舞い込むので正直今では財力は均衡している。春桜家が冬椿家に仕えるのは、ただただ春桜家の冬椿家への忠誠心が強いためでしかない。
そして、八重はとても可愛らしい少女である。元気な犬のような少女だ。明るく愛嬌があり、冬椿家…いや、千種への忠誠心の塊。背が低いことと肉付きの悪さがコンプレックスのようだが、華奢で可愛らしいとも言える。
そんな八重を千種は気に入っている。〝千種様のお気に入り〟として有名な八重は、その忠誠心への信頼もあり誰よりも冬椿家と春桜家の両方から可愛がられている。
そんな八重の仕事はもちろん千種のための毎日の祈祷。祈祷師として才能が元々あった八重は、いつも千種の幸せを一心に祈る。そして千種はそれを受けて毎日を健やかに幸せに過ごしている。八重はそれを誇りに思う。
そんな八重だが、最近困ったことがあった。それは…。
「ありゃー、またかー」
この日、八重が登校して机を覗き込むと大量の虫の死骸が詰め込まれていた。
「これ、入れるのいやじゃなかったのかな…触るのいやって子も多いと思うんだけど…まあいいや」
どうせこんなことするなら蠱毒でもやらかしてくれたらいっそ面白かったのにと笑いながら大量の虫の死骸を片付ける八重。八重の平然とした様子を見てクラスメイト達は不気味がる。
八重の周りは悪意に満ち溢れていて誰から始めたのかはわからない。最初はきっと、千種に仕える八重へのただの幼い嫉妬だったのだろう。犯人が誰かもわからない嫌がらせは、やがてクラス全体でのイジメに変わった。嫌がらせが続いても千種が何も言わなかったため、みんなが調子に乗ってしまったのもある。ちなみに千種は学校の意向で別のクラスにされてしまったので、八重の言葉でしか八重のクラスの様子を知らない。
さくっと虫の死骸を片付けて、さっさと千種のクラスに向かう八重。八重は授業はまじめに受けるが、それ以外は千種のクラスに入り浸る。千種様にお仕えすることこそ八重の喜びなのだ。千種様を普通の人には見えないだろう邪な念からさりげなく守りつつ、千種様の身の回りのお世話をせっせと焼く。八重はそれだけで心が満たされる。そんな八重からすればクラスメイトからのイジメなんて、ほぼノーダメージに近かった。
そんなある日だった。一人の少女が一線を超えた。プールの授業の際念を感じた八重がどんな悪戯をされるかなと身構えた次の瞬間、クラスメイトの少女に足を引っ張られた。不意のことで、身構えていたとはいえ対応しきれない。まさかこんな危ないことをしてくると思わなかった。殺す気だろうか。
とりあえず軽くパニックになり溺れながらも術で息を長引かせて後は先生が助けてくれるのを待った。
目が覚めたら千種が自分の顔を覗き込んでいた。どうも気を失っている間に保健室に運ばれていたらしい。助かったようで、よかった。
「八重さん」
「はい」
「僕は怒っています」
「…」
「何故イジメの件を僕に報告しないのです」
普段穏やかな千種の怒りのオーラに身を縮める八重。
「とりあえず、イジメの件は今後僕に任せてもらいます。今回の件は家が動くでしょう。文句はありませんね?」
「はい…」
「よろしい」
千種様に失望されただろうか。ちらりと様子を伺った八重に、千種は困ったように笑う。
「そんな迷子の子供のような顔をしなくても、僕は八重さんを見捨てはしません。可愛らしい貴女を誰よりも気に入っているのは、他ならぬ僕ですから」
優しく頭を撫でられて、まだ千種様の役に立てるとほっとした八重から涙が溢れる。
「怖かったですね。もう大丈夫ですよ。八重さんは僕が守ってあげます。いつも八重さんに守られてばかりですからね」
なんだか安心したら眠くて、千種様の前だというのにまた眠ってしまった。
その後の春桜家…と、八重を可愛がる冬椿家の怒りは凄まじかった。件の少女はもちろん警察のご厄介となり、その年齢にそぐわない厳しい処分が下された。もちろん冬椿家の職権濫用の結果である。
他のイジメを行なっていたクラスメイト達は、普段温厚な千種から恐ろしいほど美しい笑顔で「この先この地で生活していけると思うな」と脅され全員自主退学して家族と共に遠い土地にお引越しした。
春桜家も冬椿家も、やり過ぎだとは思わない。千種に至ってはやり返し足りない。本来なら冬椿家の知り合いの怖いお兄さん達から殴る蹴るの暴行を受けても文句は言えないことを彼らはやらかしたのだから。
でも、それをしないのは〝心優しい千種様〟を信じる八重さんのため。千種はずっとずっと、幼い頃から八重さんの望む自分を演じてきたのだから。
「千種様!」
「八重さん、走ると危ないですよ。手を繋いでいきましょう」
「はい!」
これからも、八重の守っているようで守られ続ける生活は続く。




