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幸薄公女はスパダリ王太子とすれ違いながらも、幸せの階段を上る  作者: 水川 トオル
終章

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57/60

57 幸せの階段から見下ろす日④


「ルイス様、ここからは私が……」

「ああ、頼む」


 ルイスからアリシアに代わると、死んだような顔をしていた数人が再び気力を取り戻して立ち上がり、階段下から鋭い視線を刺してくる。その中には舌を火傷した初老貴族やアリシアの両親、ヴィヴィも含まれていた。


(しぶとい雑草だわ……でも……)


 アリシアはまず女神のように慈愛を湛えた顔でにっこりと微笑み、真実を述べる。


「研究機関に所属する貴族と原性遺伝子を特別視する派閥の皆さまは、隠していたことがありますよね?」


 知らぬ存ぜぬを貫く貴族たちに、アリシアは話を続けていく。原性が一番優れていて中性は平凡、零性が一番劣っているという特性を発見し、国王に伝えたこと。研究を進めるうちに、その研究発表が間違っていたことに気付いたこと。


 利権や地位を守りたいがためにその間違いを訂正せず、研究結果を闇に葬ろうとしたこと。優秀な零性を罵り徹底的に差別することで才能が開花する時期を遅らせ、無能だと思わせたこと。研究結果を閲覧不可にし、誤りが暴かれないよう秘匿したこと。



 アリシアはルイスを真似て罪状を述べるようにそう言うと、


「貴方たちの最大の罪は研究結果に誤りがあったと気付いたのに、それを正そうとしなかった腐った性根です」と叩き付ける。


 それからアリシアは視線をローランドに向けると、


「お父様は原性遺伝子にコンプレックスを抱いていますよね?」と訊ねた。


 その瞬間、ローランドの放った魔力の波動が、烈風を浴びたような現象を起こす。


「黙れ、アリシア! お前みたいな零性が一番無能だ! 真実が万人に当てはまる訳ではない!」

「そうよ、零性が優秀ですって? 仮にそれが本当だとしても、お前は例外。どう見ても欠陥品よ」


 期待はしていなくても、一線を画しても、アリシアの胸は未だに血の繋がった者の言葉で傷が付く。しかし、それだけだ。貴族や王家は血統を何よりも大事にするが、アリシアにしてみれば薄っぺらいことこの上なかった。


 どこまでも平行線で決して交わらない関係があるのだと知ったアリシアは、こうして断罪の場できっぱりと関係を清算できることはいいことだと考える。それもこれも特訓の成果のおかげで、アリシアには前向きな考えしか出てこないのだ。


「私はお父様のコンプレックスを解消するための道具ではありません。それから、お母様に才能を認めてもらわなくても、私にはありのままの私を受け止めてくれる人たちがいます。お二人の言葉は私には届かない。だって私、今とっても幸せですから」


 柄ではないと思いながら、アリシアはこれ見よがしにルイスに寄り添い笑顔でアピールすると、ローランドたちの顔が面白いように引き攣った。やってしまった後から気付いたが、慣れないことはするものではないと心から思う。ローランドたちに有効な攻撃はアリシア自身にとっても有効だったのだ。それを知らないアリシアは今、羞恥心でいっぱいの表情になってしまった。


「ええっと……そうだわ、証人を呼びましょう。名前は……」


 誤魔化すように話題を切り替えながら、アリシアはこっそり忍ばせたメモの切れ端を見た。


 アデルド・メロディアス。


 そう名前が書いてある。会ったことはないが叔父だと理解し、容姿を全く知らないアリシアは会場内をきょろきょろと見渡した。


「僕を呼びましたか?」


 まだ呼んでもいないが中央に出てきたのは、ローランドの年の離れた弟、アデルドだ。ローランドとは似ても似つかない容姿をしていて、メロディアス家の零性が有する特徴――銀髪紅眼を色濃く引き継いでいたが、純朴そうな顔をしている。


「くッ……分かった。この魔法遺伝子の件については罪を全面的に認める」

「えっ……兄上!? 僕はまだ何も証言していないですが……」


 ローランドの発言にはリーサやヴィヴィだけでなく会場中が驚き、特に左側にいる貴族たちはローランドの変わり身の早さにショックを受けて、亡霊のような顔があっちこっちで浮かんでしまう始末。


(思った以上に有能な証人だわ。まだ何も証言していないのにことが片付いてしまった。2人の間にどんな事情があったのかしら……)


 アリシアの脳内で妄想がむくむくと湧いてくる。年が離れていたために()()()()()()()()()零性のアデルドは、それが原因で能力が早く開花した。目覚めた零性は優秀で、そのアデルドと比べられて育ったローランドのことを思うと、コンプレックスを抱えた原因はいち早く見つかる。


 もっとも、今のアリシアにはそれを確かめる術はなく、妄想にすぎないが。



(あとでルイス様に確認してみるのもいいかもしれないわね……)


 出番を失くしたアデルドは、参ったなと照れくさそうに奥へ引っ込んだ。そのかんたったの17秒だが、ローランドに大ダメージを負わせるほどの破壊力はあった。


 アリシアの見下ろす先には、リーサに支えられるようにして立っているローランドの姿と、その横にはヴィヴィの姿がある。あともう少しでその首その心臓に、再起不能なくらいの一太刀を浴びせそうなのだ。





「では、次は呪いの件か……」


 ルイスがそう切り出すと一期生と二期生の生徒たちの眼は勝利を目前にしてさらに輝き、クライマックスを前に胸を高鳴らせた。分断された家門内の形勢逆転があちこちで起きていて、見下してきた側は冷たい眼差しを向けられる。違うのは見下されてきた者たちの顔だ。見下されてきた側は見下す側になっても悪意に顔が染まることはなく、賢者のように達観した顔だった。


「うそようそようそ。こんなに時間が経過しているのに、呪いの効果が出ていないなんて。3人分の禁呪指定の呪いなのに、どうしてよぅ……」


 今まで黙っていたヴィヴィは、マリアの顔を見ながらブツブツ呟き始めた。悪行が次々に暴かれ山のように積み上がっていく罪を前に、さすがに焦燥を吐露せずにはいられなくなったのだ。しかし、一縷の希望も与えないアリシアたちの制裁は、雑草の種を残すことさえ許すつもりはない。


「まず、アリシアの家族が呪いをかけたという証拠を提示しよう。セバスディが銀の杖(ワンドアリアン)で計測した公爵夫妻とヴィヴィ嬢の魔力を細かく記した書類がある」

「ええ、私はルイス様の命を受け、密かにかつ正確に計測しました。儀式に使ったと思われる手鏡も入手しましたよ、フフッ」


 セバスディはドヤ顔でその書類が正式なものであることを皆に見せると、ルイスももう一枚の書類を取り出した。


「これは私が作った書類もので、アリシアから感じた呪いの痕跡を記したものだ。この2枚の書類から、それぞれの魔力痕跡が同一であるということが証明された。つまり、アリシアに呪いをかけた者はメロディアス公爵夫妻とヴィヴィ嬢だ」


 見下す目線や顔の角度まで完璧に計算されたルイスの仕草は、その証拠も相まって迫力が増していた。しかし、それを受け入れられずにぼやく傲慢な貴族や意味が理解できない貴族もいる。ローランドもその一人だ。

 

「殿下はなぜ、アリシアにかけた呪いから魔力痕跡を感じることができたのですか?」


 ローランドはあり得ないと不可解な顔で問うと、ルイスの口許がにやりと笑った。


「確かに()()()セバスディと私にしかできない芸当だろうな。生まれ持った気質や育った環境、己の決意や信念が関係するが、最終的にものを言うのは努力だ。努力でどこまで才が伸ばせるかで決まる。私はそれを全てクリアしたから、呪われた魔力の中でも痕跡を辿れた訳だ」


 ルイスはその説明でローランドを黙らせる。


 この王国内で一番の魔法の使い手はセバスディ・アルベルトだ。それは周知の事実で、そのセバスディを王太子付き指南役に指名したことも有名な話だった。物分かりがいい人間ならば、そこで察しが付く。セバスディに鍛え上げられたのなら、『魔力が呪いに変質』しようが、一番魔力痕跡を感じにくいと言われている『複数人から生まれた呪い』だろうが、魔力痕跡を辿れると。


 一にも二にも努力した背景があるルイスの顔は、当然ドヤ顔だ。


「……分かった。もう分かったわよ。でも、たとえ犯人が私たちだと分かっても、お姉様が呪い持ちの欠陥品であることには変わらないのよ!」


 ローランドに代わり、ヴィヴィから負け惜しみのセリフが吐かれた直後、ボワンッ、とアリシアの呪いは解けた。


「え、何なの、一瞬感じた……今の魔力は……!?」

「欠陥品だと言われる原因を今、取り除いただけよ。ヴィヴィ……」

「はッ!? そんなに簡単に取り除ける呪いな訳ないじゃない!」

「そうね、でも今解けたわ。お父様とお母様とヴィヴィが懸命に呪ってくれたおかげで、私は幸せになれたし、零性として割と早くその才も開花したわ。呪いさまさまね。もちろん嫌味だけれど……」

「……意味が分からない。どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのよ!」


 もう返す言葉がない公爵夫妻は、ただただ目を丸くするばかり。


「上手くいったな」


 アリシアはこくりと頷いた。アリシアが内側から魔力を放出するタイミングに合わせて、ルイスは外側から魔力を加えてくれたのだ。打ち合わせの段階で呪いを解くタイミングについては話し合っていなかったが、長年連れ添った夫婦のように互いのことが読めるようになってきたルイスとアリシアには、それはとても簡単なことだった。


 それもこれも、呪いによるハプニングや敵対する派閥絡みのハプニングにより、同調シンクロ率が絶賛急上昇中なのだ。





(……ふぅ、やっと()()()()が終わったわ)


 肩の力を抜いたその時だった。


 公爵家に追従する家門たちが最後の抵抗をするように、一斉に魔法攻撃を仕掛けてくる。今まで水面下で行っていたことが全て暴かれたからか、これ以上処罰が重くなることを厭わずに捨て身の攻撃に打って出た。その攻撃にまとまりはなく、四大元素魔法(水、土、風、火)が反発したり消し合ったりして非効率な攻撃だが、追い詰められた者たちの怨念はひしひしと伝わってくる。


 が、相手が悪かった。


 迎え撃つのは新二期生で、そのほとんどが目覚めた零性と一部の鍛え上げられた原性・中性の生徒たちだ。彼らは放たれた攻撃魔法を軽々といなし、反逆貴族たちの瞳にあった微かな光を完全に消し去った。


「チッ、まだだ。私がやる」


 相対する貴族たちの中で最も強い魔力を有する公爵夫妻――アリシアの両親は、手加減を一切しないで四大元素の上位魔法を魔力が尽きるまで、階段上に向けて攻撃する。


「……ルイス様、身内の恥は私の手で葬ります」


 アリシアはそう言うと、七色に移り変わる炎の球体を出して防御にもなり得る攻撃をした。ぶつかり合った魔力はヴィヴィを巻き込み、ローランドとリーサを軽く吹き飛ばす。残った魔力はなるべく「とある方角」に派手に飛ぶように操作した。


 会場の壁の一部が破壊されてしまったが、これはアリシアの狙い通り。


「く……そ、身体が動かない」

「何よこれ、まるで呪術の円(ソーサリーサークル)じゃない」

「アリシア、まさか貴女、家族である私たちを呪ったというの?」


 手加減したアリシアのおかげで床に転がりながらも意外と平気な3人、ローランド、ヴィヴィ、リーサは順番に感想を述べていく。自分たちのしたことを棚に上げて、よくそんな大げさな反応ができるものだと感心しながら、アリシアは種明かしをした。


「ええ、そうです。祝杯の時の飲み物にオースソーワケ草を入れました。3人にも私の呪いを体験してもらおうかと思い……。言うなれば、これはサプライズです。きっと今からたくさんのハプニングに見舞われると思いますが、私と同じ結末にはならないことを祈っています」


 高いヒール靴でカツンと音を立てながら、アリシアは階段の真ん中まで降りてくる。

あと3話ほどで終わります。


物語の最後に評価等いただけると次回作の燃料になりとても嬉しいです。

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