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幸薄公女はスパダリ王太子とすれ違いながらも、幸せの階段を上る  作者: 水川 トオル
終章

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51 姉妹格差と入学日①


 今日は一期生がやって来る入学日。


 授業は行われないため二期生は休みとなり、一期生は荷解きと学院探索で1日が終わる。しかも、今日の夜は特別会が開催される予定で、事情を知らない一部の二期生と一期生の生徒たちは、急に催されることになったその特別な会をとても楽しみにしていた。


 その会の内容が「断罪」とも知らずに。




「ねぇねぇ、特別会のこと、聞きました?」


 早朝の白薔薇寮は、一期生たちの話し声でとても騒がしい。二期生の監督生が度々注意をするが、またすぐに騒がしくなってしまうのは今夜の特別会のせいだ。監督生は朝から重い溜め息を吐くと、今年の一期生は特にお喋りな令嬢が多いと頭を抱えてしまった。


「ファウスト王立学院では舞踏会場は年に1回だけ開くと決められていたのに、それが今年に限っては2回あるって話でしょう?」

「異例中の異例で、何でもルイス様が今年の一期生を熱烈に歓迎したいそうだとか」

「一期生の中には、ルイス様の婚約者であるアリシア様の妹、ヴィヴィ嬢がいるわね」

「じゃあそのヴィヴィ嬢を歓迎して……?」

「けれど、アリシア様が入学した年には特別会は開かれなかったわ。どうしてヴィヴィ嬢が入学してくる年だけ特別会を? これって……ルイス様が特別扱いしているのはアリシア様ではなく、ヴィヴィ嬢の方になるのでは……?」


 そこまで妄想すると令嬢たちは一拍黙り、ごくりと唾を飲む。それから嬉しそうに「キャー」と叫び声をあげると、婚約破棄や禁断の恋について熱く語り出した。

 

 その悲鳴は紅薔薇寮まで届くことはなかったが、凶鳥の鳴き声でアリシアは目がパッチリ覚める。


(部屋が綺麗……)


 そう思うのは、目の前の光景と夜寝る前の光景がほとんど同じだからだ。アリシアの日常は呪いと共にあることが普通だった。散らかったり、煩い音が鳴ったり、壊れたり、濡れたり、破れたり、燃えたり、飛んだりするなど、効果は様々。


 しかし、今ではその呪いの効果もだいぶ弱まった。もうそろそろ部屋が綺麗であることに慣れたいアリシアだが、習慣とは恐ろしいものでこれが中々難しい。


 ハプニングの予測と身の回りの確認だけは、癖でしてしまうのだ。


 ちなみに今の呪いの頻度は1日2回程度で、ハプニングの大きさは、絨毯の上に置かれていたアンティークドールがポテッと倒れるだけの可愛らしい程度もの


 ルイスの特訓の成果でアリシアの魔力は日に日に増大し、呪いは反比例して小さくなった。半年くらい前から少しずつ成果は現れ始めたが、ルイスはその間も変わらず嬉しそうにハプニングに対処し、呪いの大きさについては言及することはなかった。


 事態が大きく変わったのは3日前だ。アリシアはルイスと腹を割って話し合い、作戦を立て、気持ちも確かめ合ったのだ。


 その後、実質2日間で仲間と作戦の打ち合わせをした。仲間とは、グレイやレイチェル、アンナやカイル、犬と繋がりのない友達・クラスメイト・ファンだと言ってくれる令息令嬢たちのこと。


 今夜の舞台の準備はそうして水面下で整い、後は日が暮れるのを待つだけの状態だ。



「ま、部屋が綺麗なのは、良いことよね。あれ……?」


(――――禍々しい気配。靴音が2つ……)


 アリシアはベッドから出ると扉の方を向いて身構えながら、魔力痕跡が残らないように「火の粉(スパーク)」の魔法で、部屋を少しだけ燃やした。



 ガチャ。


 ノックも声かけも聞こえなかったが、扉が開いた瞬間、ヴィヴィが部屋の中に入ってきた。


「おはよう、お姉様! ……あら、もう起きていたの? 残念~、寝顔で揶揄おうと思ったのに」

「……ヴィヴィ」

「まさか、お姉様だけ旧寮の部屋をあてがわれているとは知らなかったわ。でも、孤独がぴったりのお姉様にはお似合いね。しかも焦げ臭い」


 真新しい制服を着たヴィヴィは、1年半前よりも少し大人びた笑顔でそう言った。


「……こんな早朝に、しかもノックもなしに部屋を開けるのはお行儀が悪いわよ」

「フン、生意気な口を利くようになったわね。1年振りに会った妹に対して少し冷たいんじゃない?」


 ヴィヴィは不満たっぷりに言うが、アリシアは「……で、何の用かしら?」と話を逸らす。

 

「ふーん、まぁいいわ。今夜の特別会のことで話があったのよ。全生徒とその両親が出席する会ってことは聞いていると思うけど、お姉様はその会で婚約破棄されるのよ。王国の前例に則ってね。この1年間で他の生徒たちもお姉様の至らなさを理解できたと思うし、きっと納得してくれるわ」


 ヴィヴィはそう言うとさらに顔を近付けて、


「わざわざ教えに来てあげた私って、優しい~」と自画自賛する。


 その背後からひょっこりと顔を出したのは、マリアだ。


「アリシア様、おはようございます。突然のご訪問申し訳ありませんでした。ですが私からも言っておきたいことがありまして……。実は私とヴィヴィ嬢は、親しい間柄なのです。今年は彼女もいることですし完全会員制の茶会やサロン、勉強会に顔パスで入れていただきたく思います」


 そう図々しく言うマリアはヴィヴィの隣に並び、不自然に身振り手振りをする。メロディアス家から褒美として、また大粒の宝石が付いた指輪を貰ったのだ。無言の自己主張である手振りで角度が変わる宝石は、陽に当たって一際美しく煌めいた。


(眩しい……)


 アリシアは思わず目を細める。


「ちょ、ちょっとマリア。お姉様は婚約破棄されるんだから、これからはルイス様と私が主催者側よ。当然、マリアは顔パスで入れてあげるから、安心してちょうだい」

「そうでしたね。あ、アリシア様もよかったら顔パスにしましょうか? でも気まずいですよね……? ふふ」


 早朝からノックもなしにズカズカと侵入してきた2人は、アリシアの前に並びながらそれぞれのやり方でアリシアを貶めた。アリシアの胸は緊張で馬が駆けるような音を出したが、それも最初だけですぐにおさまる。


 不思議と恐怖は全く感じなかった。


(ルイス様の言った通り、怖く……ない。それに、全校生徒の前でつるし上げられるのは、ヴィヴィの方よ。おめでたい雑草と宝石の美しさに負けている雑草なんて、全然怖くないわ)


 今のアリシアの心はとても満たされている。

 

 特訓の成果により卑屈な気持ちは消えていて、代わりに山のように高くなった自己肯定感と愛されているという安心感のおかげで、ヴィヴィたちの言葉がこれっぽっちも痛くない。


 それに加え、3日前のアリシアは、ルイスに一晩中甘やかされたのだ。


 キスをした後も話をして、部屋着に着替える間は部屋の外で待ってもらったが、眠りにつくまでルイスはアリシアの傍にいた。「怖くない、大丈夫だ」とまじないのような言葉かけは、まるで子守歌のようだったと記憶している。


 あの時感じた恐怖が完全に消え去ったのは、ルイスのおかげだ。


 今ではむしろ真逆の感情が湧いている。何も知らずに学院に来たヴィヴィと罠に嵌っていることに気付かないマリアが、おかしくて堪らないのだ。


 アリシアはそっと顔を背けて肩を震わせ、沸々と込み上げてくる笑いを必死に堪えた。



「……やだ、お姉様。こんな程度のことで泣いているの? ダサッ。それにしても、みすぼらしい部屋ね。所々燃えているし」

「……先ほど火事になりかけたのよ。貴女の呪いのせいでね」

「呪い……そうだったわね。ふふ、喜んでもらえて嬉しいわ。毎日たくさんのハプニングが起こるから、退屈しなかったでしょう? しかも、ローズ嬢の呪いよりもと~っても強力なのよ。3人分の呪いだから」

「……ま、まさか、お父様とお母様も呪いに関わっているというの?」


 アリシアにはもう既知の事実だったが、「今、さも知りました!」的な感じで目を丸くして発言する。舞台役者のようになったのは何もアンナやファンだけじゃなかった。自分自身もそうだったのだと思い噛みしめながら、アリシアは演じた。


「そうよ。この禁呪指定の呪いはお姉様が無事、婚約破棄された時に解いてあげる。それじゃあ今夜限りの婚約者を楽しんで? 私は今からルイス様にご挨拶しに行かなくてはいけないから……じゃあね~」


 そう言うと、ヴィヴィはマリアより先に出て行った。

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