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幸薄公女はスパダリ王太子とすれ違いながらも、幸せの階段を上る  作者: 水川 トオル
第二章

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39 辺境伯の令息と王太子の秘密の会話③


(……なるほどな)


 アリシアの話が進むにつれ、グレイも考え込んだ。複数の人間によって完成される呪いがあることや、強力な呪いの解呪方法があることは、上位貴族社会の中でも、あまり知られていないことだ。


 ローズが品位を落として魔法を呪いに変えたのも、「情報の宝物庫」と呼ばれる図書館で得た知識を利用したかもしれない。そう思うと、どんな知識もそれを使う者次第なのだと嘆きたくなった。



「はい、ええっと……。1つの呪いを複数人で行う場合、呪いは強力なものとなり、簡単には解けなくなると書いてあります。解呪する方法としては、内側と外側から同時に強力な魔法をかけることですが、この本には具体的な記載がありません。おそらく、魔法学の書物にやり方が書いてあると思います、が……」


「ああ、確かに魔法学の書物には、内なる魔法と外からの同時魔法で、特殊な効果等を消し去る方法が載っていた。きっとそのことだろう」


 アリシアの説明に、ルイスは補足した。 


(……おいおい、呪いの解呪方法が具体的に分かったのはいいが、これは骨が折れるな。アリシアは零性遺伝子持ちだ。きっと俺のように、魔法の才能が絶望的だろう)


 話を続けるルイスを余所に、グレイは顔を顰めながら、そんなことを考えていた。

 すると、アリシアは意を決したように話し始める。


「……ルイス様。内なる魔法とは、おそらく私の身体の中にある魔法の源……つまり、魔法遺伝子のことです。その力を解き放ち、かつ外側からも魔法を加えれば、呪いは消滅するかもしれません。そのために、私は苦手な魔法学の特訓を今まで以上にしたいと思います」

「アリシア……」 

「ル、ルイス様……?」


 グレイの隣で、なぜか急に2人だけの世界か完成された。

 ルイスとアリシアは感情を溜めた眼で、互いを見つめ合っている。

 


(……ずいぶんと見せ付けてくれるな)


 アリシアにそんな眼で見つめられて羨ましく思う一方で、ルイスの眼付きは気に入らないと思った。何かを知って隠している眼だと思ったからだ。 


(……邪魔してやろう)


 グレイはルイスの肩を気軽にポンッと叩いて、アリシアの気を惹く。


「なるほどな……。確かにこの文章を読む限りでは、そういう解釈であっているだろう。アリシアが特訓するなら、俺もその手伝いがしたい。殿下、もちろん許可してくれるだろ?」


 魔法の才能はないため、手伝いなどできる訳もないが、グレイはそう言ってみせた。


「……グレイ、この学院の生徒である間は、名前で呼んでくれ。それとアリシア、くれぐれも無理はしないように」

「良かったな、アリシア。ルイス様は(お前には特に)、お優しい」

「グレイ・ドワース、そんな(当たり前の)ことは一々口にしなくていい」


 ルイスも何か気付いたのか、挑発的な言葉を返してきた。


 そっちがその気なら……と、グレイは小声でルイスに話しかける。


「その積み上がっている本、アリシアが説明してくれた本と同じだ」


 ルイスは一瞬、アリシアの方を見たが、斜め前に座っているアリシアがレイチェルと話しているのを見て、グレイの方を向いた。


「……何が言いたい?」

「言わなくても、分かっているだろう?」

「……なるほど。()()()()()()()()()()()()()()()()と言いたいのか、グレイは」

「おい、その言い方、誤解を生むだろ」


 グレイは反発した。ルイスのその言葉は噛み砕くと、「言わなくても分かってほしい」と婚約者に我が儘を言う令嬢のようだと言っているのだ。つまり、グレイ・ドワースは婚約者に我が儘を言う令嬢であり、女々しい――――と。


 動揺したグレイは腰を浮かせて立ち上がろうとしたが、タイミングよくレイチェルが話しかけてきたので、そのまま座り直す振りをして体裁を整えた。


「さて、ルイス様、グレイ。そういうことですので、わたくしたちは先に魔法闘技場に行って、特訓してきますわ。おふたりはゆっくり親睦を深めてから、来てくださいね」

「……分かった」「ああ、後から絶対行くから、先に帰るなよ」


 溜め息混じりの短い返事をしたのは、ルイス。グレイは念を押すと、ルイスとは対照的に楽しそうな笑みを作り、アリシアとレイチェルに手を振った。


 2人が退出したのを見届けると、グレイは目尻を鋭くさせて、態度を変える。


「アリシアが俺たちに説明する前から、ルイス様は知っていたんだな。アリシアと同じ本を先に読んでいたから」

「……ああ、そうだ。この図書館には、同じ本が2冊ずつ揃えてあるからな」

「スペアか。アリシアにそのスペアを読ませて、理解させたのか。同じ本を読んだことをなぜ言わなかった?」

「隠した訳ではない。ただ私はアリシアよりも、色々なことを知っている。その情報をいつ彼女に伝えるべきか、見計らっているだけだ。たとえば、零性遺伝子持ちのグレイが『茶会で、なぜあの規模の魔法が使えたか』ということも、いつ伝えるべきか迷いあぐねているが?」

「――――ッ!」


 グレイはガタッと椅子を鳴らし、反射的に立ち上がる。

 ぞわぞわと背中を這うような気味の悪さに、思わず立ってしまったのだ。


「……なら、今教えてほしい。俺は零性遺伝子持ちで、魔法はからきしダメだ。だが、茶会の時は大きな火柱を作れた。あの時は動揺を見せないよう取り繕ったが、内心では絶望的だった魔法が使えて、嬉しかった。しかし、あれ以来何度やっても、あの規模の炎は出せない。なぜだ?」


 啖呵を切ったグレイだが、すぐ我に返り、王太子を見下ろしたことについて、謝罪を入れる。


「――――ッ、申し訳ありません。冷静さを欠き、口調も品がありませんでした。後でどんな処罰も受け入れます」


 頭を下げて謝罪の礼を尽くすと、ルイスは意外にもくつくつと笑った。


「いや、気にしてはいない。むしろ、王立学院の生徒である限りは、その口調でも私は気にしない」


 相当、ルイス様は寛大だと思いながらも、グレイはそれを受け入れた。


「では、お言葉に甘えて、卒業するまではそのようにさせてもらう。卒業してからは貴方に礼を尽くし、忠誠を捧げるが、生徒でいる間は遠慮なく何でも聞くつもりだ」

「……気に入った。グレイ、お前は卒業しても、そのままでいい。その代わり、私とアリシアの覇道を間近で見守り続けると約束しろ」

「……ルイス様は、ずいぶん酷なことを命じる。俺がアリシアに気があることを知っての発言、か?」

「ああ、そうだ。それに、アリシアの近くにいれば、手が届くかもしれない。その想いが報われるかもしれない。そんな夢が見られるかもな」


 ルイスは凍て付くような眼をして、そう言い放つ。


(……おそろしい方だ。そんなことをしようものなら、斬り捨ててしまいそうな眼をしているというのに……)


 グレイは息と一緒に唾を飲み込んだ。


「自信があるんだな。アリシアの心が離れない自信が……」

「……自信? そんなものはない。現に、お前がアリシアと接触した時、揺らいだぐらいだ。今だって牽制のために、このような発言をしている」


 拗ねたようにルイスが本音を吐き出すと、偉大なる王太子の可愛らしい一面を見た気がして、グレイは小さく笑った。


「……安心していい、ルイス様。アリシアが貴方を見る眼は間違いなく、大切な人を想う眼だ。ルイス様と同じ……」

「……私と同じ、だと?」

「ああ。アリシアの視線がルイス様以外に向いている時、ルイス様はアリシアに愛でるような視線を向けている。が、アリシアがルイス様を見ると、ルイス様の愛情たっぷりな視線はスッと消えてしまう」


 意外と観察してるだろ? とでも言いたげな表情で、グレイはルイスを見た。

 ルイスは自覚がなかったのか、照れくさそうに「そうなのか?」と頭の上に疑問符を浮かべている。


「――――まぁいい。グレイ、先ほどの質問に答えるが、零性遺伝子持ちは魔法の才能がない訳ではない。むしろ、原性遺伝子持ちよりも優れている」

「ハッ、まさかそんな……」

「それと、茶会で大きな火柱が作れたのは、私が手助けしたからだ。あの時のグレイは、苦手な魔法を想い人の前で躊躇なく使おうとした。見栄も張らずに……。その行動に手を貸したくなっただけだ」


 信じられない言葉の羅列に、グレイの頭は収拾がつかず、暫く眼を見開いたままだった。しかし、考えても考えても、腑に落ちないことばかり。零性遺伝子持ちが優れているとは思えないからだ。


 そんなグレイの様子を見て、ルイスは付け加える。


「零性遺伝子持ちの人間は、言わば遅咲きの花だ。開花する時期が遅いため、長い間、才能がないと思い悩み、劣等感に苛まれる。花開いても、自己肯定感が低いため、内向的で自信がない。ここまで言えば、理解できるか?」


 グレイはゆっくり頷いた。


(アリシアの両親を筆頭とする研究機関は、研究結果を理由に権力を手に入れ、細かく序列を付けた……。誰もその研究結果に疑問を持たないのは、自己肯定感が低い零性と中途半端な中性だから。得をするのは、原性だけ。閲覧不可にした理由は、疑問を持った者に探させないため、か?)


 バラバラだった情報が、頭の中で一つにまとまっていくと、グレイは憑き物が落ちたようなスッキリとした表情になった。もう絶望しなくてもいいのだ。


「……ああ、言いたいことは全て分かった。感謝する。その事実だけで俺は救われた。これからどうすべきか、指示してくれ。俺はルイス様とアリシアに従おう」


 もちろん遠慮はしないが、と付け加えて、グレイはルイスに頭を下げた。

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