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幸薄公女はスパダリ王太子とすれ違いながらも、幸せの階段を上る  作者: 水川 トオル
第二章

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35 公女の呪い~図書館に行こう~①


 学院内にある図書館は、講堂から離れた所にある。森へと繋がる入り口の隣にあり、静かな場所に配置されていた。


 図書館に行く目的は、言うまでもなく調べ物をするためだ。以前、呪いについて書かれている本を探すという約束をルイスとしたが、こんなにも早く約束を果たしてくれるとは思わなくて、アリシアは静かに胸を弾ませていた。


(約束を覚えていてくれたことがこんなにも嬉しいなんて……)



 図書館に着いたルイスとアリシアは、それぞれ別れて本を探す。ルイスは主に魔法関係の本を、アリシアは古い書物や文献など、マイナーな本を中心に探していった。


 目星を付けた本を数冊運び、机の上に置くと、ルイスが探してきた本を含めて、山が2つほどできた。結構な冊数だ。その本の山を手分けして、一冊ずつ本を調べていく。


 ルイスと向かい合うようにして座るアリシアは、静かにページを捲った。並んだ専門用語の多さに眩暈がしてきたが、それでも根気よく読み進めていくしかないと、腹を括る。忙しなく目を動かし、速読した。



「……ふぅ。ルイス様、それらしい記述のある本は、見つかりましたか?」

「いや、呪いの説明は書いてあっても、『呪術師でも解けない呪い』についての記載は、まだ見つかっていないな」

「そうですか。地道に探すしかありませんね」


 アリシアはもう一度そっと息を吐いて、視線を周りに向けた。


 視線の先には、高い天井に届きそうな本棚が聳え立ち、大きな梯子がかけられている。本を読むために置かれたテーブルや椅子が所狭しと置かれていて、その脇には目に優しい植物や花が優美さを添えていた。


(図書館にいる人の数は、それほど多くはないけれど、長居はできないわ。ハプニングに気を取られて、本が集中して読めないのは本末転倒。本を読むためにハプニングの対処が遅れれば、誰かを巻き込む大惨事になりかねない)


 アリシアは視線を泳がせて観察し、ハプニングを予想する。このようなところで起こる事象といったら、本棚から本がさくさん落ちてきたり、梯子が倒れたりするハプニングだろう。


 予想が簡単に付くようなになってしまったアリシアは、念のため、ルイスに声をかけた。


「ルイス様、このような場所で長居はできません。迷惑がかかります。本を借りて、寮で読みましょう?」

「いや、大丈夫だ」

「……ですが」


 見上げた先にある幾つかの本棚は、ハプニングの前兆のようにおかしな動きをしている。しかし、ルイスは気にする様子もなく、本を読み進めていた。

 

(ルイス様が手を離せない以上、私が何とかしなければ……)


 アリシアは席を立つと、本棚に近付いて、周りに人がいないことを確認する。それが終わると、もう一度上空を見上げた。


「ルイス様、本棚が……」


 アリシアの言葉と同時に、本は一斉に生き物のように本棚から飛び落ちてくる。


「――――ッ!」


 アリシアは思わず両手を出して身構えた。その瞬間、時が止まったようにたくさんの本は宙に浮く。


(空気が冷たい……? これはルイス様の魔法だわ)


 アリシアはゆっくり首を動かして、ルイスの方を見た。


 ルイスはまるで絵に描かれた人物のように姿勢を正し、微動だにせず、穏やかな顔で黙々と本を読んでいる。金糸のような髪が微かに差し込む陽に照らされて、煌びやかな印象を与えていた。 


 何処どこから見てもただ静かに本を読んでいるだけのルイスだが、確かに今、魔法を使っている。茶を飲むように、自然に魔法を使っているのだ。おそらく習慣のように染み付いてしまったのだろう。


 初めてハプニングに対処した時とは全く違うが、いつものようにハプニングを楽しむ様子でもなかった。


(ルイス様、真剣だわ……。指先を動かさず詠唱なしの魔法を使い、対象物も見ていない。その上、ハプニングに魔法で対処しながらも、余裕綽々で本を読んでいらっしゃる。それに比べて私は……)


 初めて訪れる場所で気負ってしまい、必要以上に慌ててしまった自分を恥ずかしく思った。そのことが悔しくて、アリシアは子供のように頬を膨らませる。それからおもむろに、目の前に浮いている本を手に取った。


 本の題名がふと気になったからだ。


「黒の儀式……。複数の呪い……上級編?」


 疑問を口に出して首を傾げると、アリシアの手に持っている本以外は、全て本棚へと帰っていった。相変わらず、ルイスの魔法によるフォローは完璧だ。


 アリシアは席へ戻ると、思わず手に取ってしまった本を捲る。


(上の方にあった本かしら……? これも呪いの本だと思うけれど、何か引っかかるわね)


 捲り手に力が入った。アリシアもいつの間にか、ルイスと同じくらい夢中になってその本を読んでいた。




 どのくらい時間が経っただろうか。気付けば、最後のページを捲り終え、目線は最後の文字列に辿り着いた。読後感は爽やかとは言い難いが、内容はすらすらと頭の中に入り、上級編と言えど難易度は高くはない。


「……見つかったようだな」


 ふと目の前を見ると、ルイスがじっと観察するような眼でこちらを見ている。ルイスは本を全て読み終えたようで、乱雑に置かれていた本の配置が変わっていた。机の端に綺麗に積まれてある。


「い、いつから待っていたのですか?」

「さぁ、いつからだろうな。だが、アリシアの真剣な顔をゆっくり眺められるくらいには、のんびりできた」

「……ルイス様は、羨ましいくらいに要領がいいのですね」

「いや、そうでもない。隙を見せると足元をすくわれそうで、びくびくしてしまう性格だと言ったら、アリシアは信じてくれるか?」

「……信じます。けれど、それさえ努力で克服したのでしょう?」


 そう言うと、ルイスは目をぱちくりさせた。それから、妖しく口角を上げてキラキラと目を輝かせる。


「アリシアは意外と私のことを見ているのだな……」

「い、いえ……。ルイス様のことは分からないことだらけです。分かりやすい表情を見せたかと思えば、何を考えているのか分からないことも多々あります……」

「そういう言い方をすると、誤解してしまうな。アリシアは私に興味があるのではないか、と……」


 今度はアリシアが目をぱちくりさせた。込み上げる熱が赤みを帯びて肌に表れる前に、アリシアは話を逸らす。


「あ、あの……。興味と言えば、興味深い記述を見付けました。この本のここですが……」


 露骨に話を逸らしたが、ルイスはそれ以上追求せずに、真顔で本を覗き込んだ。


(……ずるい)


 ルイスはもう、態度を切り替えている。囁くように甘い言葉で、攻めた言い方をしたかと思えば、引き際は名残惜しいくらい潔い対応をしたのだ。


 話題を変えておきながら、甘い会話の続きをしたかったと思うのは、さすがに我が儘な願望だとアリシア自身分かっている。しかし、そう思いながらも、ルイスの態度を物足りなく感じていた。


(ああ……私、ルイス様のことをもっと知りたいのだわ。……好きだから)


 ずっと気付かない振りをしていたものを意識すると、目頭が急に熱く潤んだ。泣いてしまいたいような不安定な感情が、波のように襲ってくる。辛うじて踏ん張っている理性が突き崩されそうになった瞬間、アリシアは力強い声に引っ張られて我に返った。


「お、いたいた」

「ごきげんよう。アリシア、探したわよ。ルイス様と一緒だったのね」


 ふと横を見ると、グレイとレイチェルがすぐ傍で手を振っている。


「レイチェル!? グレイも……。どうしてここに?」

「おい、俺はおまけ扱いか」

「おまけでしょ。グレイもわたくしも、ルイス様には勝てないおまけよ」

「いや、場合によっては殿下より貴重な、おまけかもしれないな」


 グレイとレイチェルのじゃれ合いに、アリシアの顔に安堵が戻った。


「2人は私にとって大事な友達よ。おまけじゃないわ」

「あら、気を遣わせてしまったわね。お邪魔でなければ、わたくしたちも何かお手伝いがしたいのだけれど。よろしいかしら?」


 レイチェルはルイスに目配せして、許可を取る。


「……構わない。人手が欲しかったところだ。今、アリシアの呪いについて調べている。ここにその呪いのヒントになる記載があるらしいが」


 どれどれ……と、アリシアが開いているページを見るために、グレイとレイチェルは着席した。ルイスの隣にはグレイが座り、アリシアの隣にはレイチェルが座る。


 アリシアは気になる記述を3人に見せて、説明した。


「呪術師が解けない呪いの1つに、複数の人間によってかけられた呪いがあるみたいなの」

「おいおい、まさかヴィヴィ以外にも呪いをかけた人間がいるっていうのか?」


 グレイは目を細めて不機嫌な顔を作り、レイチェルは「まさか……」と当惑する。

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