33 取り返す公女とフォローする王太子の茶会②
「魔法学の授業で習った通り、感情が不安定になると、魔法のコントロールができなくなる場合があるわ。そういう場合、周りに影響を及ぼして、今のような状況を引き起こすことがあるの。特に、上位貴族である私たちは、この学院で初めて魔法学を学ぶのだから、当然とも言えるかしら」
アリシアは真実を話す前に、こんな話を持ち出した。
「……まさか、トリッキーな茶会になってしまった原因が、それだって言いたいのか? 俺は違う意見だな。見当は全くつかないが、俺の本能が違うと言っている」
「ええ、わたくしもそう思うわ。わたくしが知るアリシアは、このような茶会で粗相を起こす人間ではないからよ。魔法のコントロールができなくても、それに代わる手段を用いて、意地でも周りに迷惑をかけないようにするはずだわ」
「…………。グレイ、レイチェル……」
2人はそれぞれの考えや想いから、その可能性を否定した。長年のすれ違いからできた溝を全く感じさせない歯に衣着せぬ言い方は、2人の「らしさ」をより際立たせている。
「そんな風に言ってもらえると、嬉しいわ。2人の言う通り、この怪奇現象は魔法のコントロールができなくて、起こっている訳じゃない。ヴィヴィの呪いなのよ……」
「呪い!?」
「そんな……!」
グレイは椅子に座りながらも大きく前のめりになり、レイチェルは両手で口を押えた。
アリシアは2人の反応を気にしながらも、今までのことをかいつまんで説明していく。話が終盤に差しかかる頃には、昔と同じ気安い雰囲気がその場の空気を包んでいた。
「くそッ! やはり、お前の妹は性悪だったか。昔、アイツに言われたことがある」
――――『原性遺伝子持ちのアリシアお姉様は、零性遺伝子持ちのグレイやレイチェルと話したくないそうよ。いつも悪口を言っているわ』
「……とな」
「ええ、確かにそう言われたわ。最初は嘘だと思ったけれど、あのパーティーは『原性遺伝子がいかに優れているか』について、研究成果を同じ派閥同士で褒め称え合う会でもあったから。もしかしたら、アリシアもそう思っているのかと……。ごめんなさい」
矢継ぎ早にグレイとレイチェルが交互に話す。
「俺の状況は、あのパーティーを境に全てが変わった。ドワース家は、俺以外を除く全員が原性遺伝子だ。それを理由に、俺がどれほどの理不尽さを飲み込んできたか、分かるか? 零性遺伝子持ちである俺の身体的特徴は、夜になると双眸の色が金色に変わることだ。昔はこの秘密をばらされたくなくて、ヴィヴィの言うことを聞いていたが、もうどうでもいい」
「……ちょっと待って、グレイ。ヴィヴィはどうやって貴方とわたくしが零性遺伝子持ちだということと、その身体的特徴を知ったのかしら?」
「さあな」
レイチェルの質問に、グレイは素っ気なく答えた。しかし、言いたいことを言えたからか、グレイは安堵した表情を浮かべている。今まで手を付けていなかったティーカップに手を伸ばし、そのまま一口飲むと「美味いな」と感想を添えた。
「……まぁわたくしも、大体グレイと同じよ。ただわたくしの場合は、母も同じ零性遺伝子持ちだったから、家族内は至って平和だった。けれど、零性遺伝子持ちであることや、その身体的特徴は決して他人には明かしてならないと、小さい頃から厳しく言われたわ」
一旦そこで話を止めると、レイチェルはティーカップを上から覗き込み黙ってしまったが、息を整えると再び話し始めた。
「……だからわたくしは、自分が零性であることを誰にも伝えていなかった。それなのにどうしてあの子は、わたくしたちの秘密を知ったのかしら? もしかしたら、父が……? それを考えると怖いわ。疑問が残ることが怖いなんて……」
その時の状況を詳細に思い出したのだろう。レイチェルの身体が小刻みに震えている。
「レイチェル……。私の妹は原性遺伝子持ちで、零性遺伝子持ちの人間を見下しているわ。でもそれは、私の両親も同じ。確証はないけれど、同じ研究機関で研究者として働く私たちの親から、情報が洩れたのかもしれないわね。本当に、ごめんなさい……」
「アリシアが謝ることじゃない。俺の両親は原性遺伝子を特別視し、第二王子を支持している過激的な派閥に属しているが、子供であっても親の行動や思想を止めることはできない。だから気にするな」
「きっと、ランドラー家も同じね。父は、私や母には優しかったけれど、金の亡者だったから……。おそらく、原性遺伝子を特別視する派閥に属することで、利権にしがみついたのよ。馬鹿馬鹿しい」
2人の表情やちょっとした仕草にも怒りが表れていたが、ルイスはそれを吹き消すように横から爽やかな声を投げかけた。
「……そろそろ、呪いによるハプニングの時間だ。頭上をよく見ておいた方がいい」
ルイスは楽しみを隠し切れない声で、皆の注意を促した。
「上?」
言われた通り空を見上げた瞬間、アリシアは思わず席を立つ。丁度、テーブルと同じ面積の雨雲がテーブルの真上を陣取っていた。それを見たグレイとレイチェルはほぼ同時に席を立つと、その場から離れる。
ルイスだけがティーカップを片手に持ち、悠々と座っていた。
「ルイス様……!?」
アリシアが声を上げた瞬間、大鍋をひっくり返したように激しい音を立てて雨が降る。しかし、ルイスの身体だけは濡れていない。魔法で守っているのだろう。自分だけを雨から守るルイスと、テーブルの上にあるもの全てが台なしになっていく様を見たグレイは、ルイスに矛先を向けた。
「……王太子殿下は、雨が降ると分かっていても、魔法でここを守ることはしないのか? 噂で聞いていた印象とは違うな」
「……私にとって大事なことは、アリシアに正しく評価されることだ。グレイ・ドワースに評価されることではない」
「それはどういう意味だ?」
2人の間に一触即発な空気が流れた。
「やめて、グレイ。雨が完全に止んだら、テーブルを片付ければいいことよ」
レイチェルはグレイを宥めるが、グレイの態度は変わらなかった。
「……雨が止んでも、頭上に注意しておいた方がいい。読めない気象のせいで、凶鳥が巣に帰る。慌てて帰る奴らは、きっと嘴に咥えたものを落としていくだろう」
「チッ」
ルイスは余裕の笑みを浮かべながら、そう付け加えると、グレイの舌打ちが素早く入る。
アリシアはいつもと様子が違うルイスの言葉に胸をぞくりとさせた。
(一体何手先まで読んだのかしら……)
アリシアはチラッとルイスを見たが、目が合ったのは一瞬ですぐに逸らされてしまう。その時のルイスの表情は、消えかかるような儚さを帯びていてどこか悲しげだった。
「おい、アリシア! 危ない」
雨が止んだばかりの空に、「ギエギエギエエエー」と鳴く凶鳥の群れが覆い尽くし始める。それを見たグレイはテーブルの反対側にいるアリシアの前にやって来て、アリシアを守るために魔法で火柱を立てる。その火柱は凶鳥が飛ぶ高さまで上がると、凶鳥の群れを蹴散らしていった。
「……今夜のメインディッシュは、鳥の丸焼きだな」
「……グレイったら、相変わらず野蛮ね」
「おい、レイチェル。それはどういう意味だ……!?」
言い合いを始めた2人を尻目に、アリシアはルイスの方を見た。先ほどまで持っていたティーカップはいつの間にかテーブルに置かれていて、ルイス自身は眼を閉じ両耳を塞いだ状態で、静かに椅子に座っている。
(やはり……、ルイス様には全てお見通しなのね)
先ほどルイスが言っていた「正しく評価される」ための行動は、アリシアの心に鐘のように響いている。
「ねぇ、2人共。耳を貸してくれる……?」
じゃれ合うように言い合っていた2人の動きが、ピタリと止まった。
「……耳だと? チッ、仕方ないな」
「もちろん、いいわよ」
グレイはアリシアの背の高さに合わせて屈み、レイチェルは耳に髪の毛をかける。その2人の耳に届くよう、アリシアはまるで内緒話をするように両手を口の前に出した。眼を閉じ、耳を塞いでいるルイスには聞かれるはずもないが、ルイスが用意してくれたこの状況を、アリシアは無駄にはしたくはなかったのだ。
「私は、グレイやレイチェルと同じ。原性遺伝子持ちではなく、零性遺伝子持ちなのよ。この銀の髪と紅い目がその特徴……」
「アリシア……」
「貴女って子は、そんな秘密をわたくしたちに……?」
アリシアは首を横に振る。
「ずっと、誤解を解きたかったわ」
「……俺もだ。だが、もう誤解は解けた。お前のその言葉で……」
「ええ、そうね。わたくしたちは、ヴィヴィに仲違いさせられていただけ。捻じれを正せば、あとは友達に戻るだけよ」
「ありがとう、2人共」
すっかり安心してしまい、アリシアはグレイとレイチェルに微笑みかけた。それから、ルイスの方を見ながら説明を加える。
「私の婚約者であるルイス様は、私が零性遺伝子持ちであることを知らないわ。いつかは言わなくてはいけないけれど、今は知られたくない……。その一方で、グレイやレイチェルには、誤解を解くためにも、先に伝えたかった。ルイス様はね、私のそんな自分勝手な気持ちを汲んで、こうして2人に話しやすい状況を作ってくれたのよ」
「おいおい、まさか……。わざとハプニングから守らないことで、俺とレイチェルをアリシアの近くまで移動させたっていうのか。自然な形で話をさせるために……?」
ルイスを見るグレイの表情は、まるで信じられないものを見るかのような目付きに変わった。
薔薇庭園に限らず、大抵の場所には常に人目がある。王太子という立場なら、どこへ行こうと人の目は付いてくるのだ。情報を得て、噂をいち早く流したい者がいる以上、不自然のことはできない。
王太子を仲間外れにして、3人が内緒話をするなど以ての外なのだ。
そのため、ルイスはハプニングを利用して、グレイとレイチェルをアリシアに近付けさせた。3人が話している間、ギエギエギエエエーと鳴く凶鳥の声が煩いと、眼を閉じ耳を塞いでみせながら。
脱帽するグレイの横で、レイチェルは「さすがね」と短く表現した。2人の反応を見て満足したアリシアは、ルイスの方へ駆け寄っていく。
「ありがとうございました、ルイス様」
「話は終わったのか?」
「はい、おかげさまで。ですが、どうして私の考えていることが分かったのですか?」
ルイスはアリシアの後方に視線を移した後、また視線をアリシアに戻した。
「ああいうタイプには、こういうやり方が一番、効果的だからな」
「……はい?」
「まぁいい。茶会の続きをしよう」
ルイスはそう言うと、給仕係を呼ぶベルを鳴らした。呼ばれた給仕係は手際よくテーブルを片付け、新しい茶と茶菓子を用意する。
そうして再開した茶会は、大いに盛り上がった。途中、色々なハプニングが4人を幾度となく襲ったが、グレイもレイチェルもルイスに倣い、楽しそうに対処するようになった。
茶会が終わるまで、薔薇庭園には笑いが絶えなかったのである。
申し訳ありませんが、熱があるため明日の更新をお休みします。
追記:陰性+薬で少しよくなったのでちょこちょこ今までの手直しをしています。明日は遅れた分を取り戻したいので、予定通りお休みします(´-ω-`)物書きって体力ないとだめなんだと思った今日この頃……。皆さんも身体にはお気をつけください。
無理なく読書、これ大事★




