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 ヴィヴィを怒らせないように、両親の言うことには頷くように。決して目立たず使用人のように生きる生活をし、身の程をわきまえる。そんな生活をし続けてひと月経ったある日のこと。


 ローランドに連れられたアリシアとヴィヴィは馬車に乗り込み、城館、銀の杖(ワンドアリアン)から王都へ向けて出発した。


『国王直筆の手紙と一緒に、研究機関から召集通知が送られてきた……。近々、王都へ行く。アリシアとヴィヴィは、そのつもりでいるように』


 数日前、ローランドはそのようなことを言っていたが、アリシアにはどうにも分からなかった。なぜその旅路に、自分とヴィヴィが付いていかなくてはいけないのか不思議で仕方がないが、国王直筆の手紙が関係していることは確かだと思った。


 内容こそ教えてはくれなかったが、手紙を読んだ後のローランドは不気味な笑みを浮かべていて、アリシアが話しかけてもご機嫌だったのだ。



「まだ着かないの~? ヴィヴィ、疲れちゃったわ」

「お父様、どこかで休めないかしら? ヴィヴィが苦しそう」


 アリシアは、妹への気遣いを忘れない。


 城館から王都までの道のりは長い。ちょっとした旅のようでアリシアにはいい気分転換になったが、ヴィヴィへの配慮は欠かさなかった。ヴィヴィの顔色を細かく観察し、機嫌の良し悪しを言葉や態度で推し量る。


(うん、次の休憩まで、ヴィヴィの機嫌は持ちそうね。……それにしても、綺麗な景色だわ。空気は澄んで、自然が出す音はまるで音楽のよう……)


 車輪が小石を弾く音さえ、アリシアには心地よかった。


 息が詰まりそうな城館は、アリシアには居心地が悪い。研究者でもあるローランドは城館にほとんど居なかったが、リーサやヴィヴィはいるからだ。アリシアとその2人は常に顔を合わせる環境下にある。それに比べたら、今のアリシアの状況はまだ良い方だった。


 城館にいる時のアリシアは、2人の笑い声で自分の異質さを毎日のように思い知らされたが、今は違う。


 馬車の中にはヴィヴィもいるが、変わりゆく景色に目を向けてさえいれば心穏やかに過ごせるのだ。たまにヴィヴィの愚痴が爆発し八つ当たりされることもあったが、身の程をわきまえて低姿勢で接すれば、ヴィヴィは程なくして落ち着いてくれた。


 ローランドの研究仲間である貴族の邸宅を渡り歩いて夜を過ごし、休息を何度か挟む。すると、やっと王都へ着いた。そのまま3人は真っ直ぐ王城へと向かう。


 ローランドの所属する研究機関は、王城の敷地内にあった。


「ここで待っていなさい」


 ローランドはそう告げると王城内にある別室にアリシアとヴィヴィを置いて、研究機関へと出かけて行ってしまった。


「もう~、お父様ったら研究ばっかりなんだから」


 思わずアリシアは身構えた。ふくれっ面のヴィヴィの表情がどんどん険しくなっていくからだ。また言いがかりを付けられて、大事なものを奪われるのではないか。そんなヴィヴィの欲しがり行動が予測できて、アリシアは小刻みに肩を揺らした。


「そうだわ! お父様を待っている間、王城内を探検すればいいのよ!」


 ヴィヴィは名案だと言わんばかりの顔で、両手をパンッと叩く。こういう時のヴィヴィは本当に性質たちが悪い。安堵の溜め息を吐こうとした瞬間に、こちらへ向けてにやりと笑うのだから。





 薄暗い廊下に映えるシャンデリアは金の装飾を施した絵画の額縁を照らし、華奢な花瓶から伸びる色鮮やかな花々は、視界に彩を添えていた。深紅の絨毯が敷かれている所もあれば、王国内で一番高いとされる床石の廊下もある。


 そこを流れる空気は、いずれも厳かな匂いがした。


 上下左右、どこを見ても美しい王城内に、アリシアはすっかり魅了されている。公爵家の城館、銀の杖(ワンドアリアン)も豪華で立派だが、王城は別格の美しさがあった。


 その豪華絢爛な佇まいに目を奪われながらも、アリシアはヴィヴィの後ろに付いて歩いていた。しかし、数分も経たない内に迷子になる。子供の足で歩くには城内はあまりに広く、似たような廊下が幾つもあるのだ。単純に見えた構造は城攻めされた時のために様々な工夫がしてあり、実際は複雑な造りになっていた。


 ヴィヴィの顔に疲れが滲み始めて、どんどん不機嫌になっていく。アリシアの胸はまた不安でいっぱいになった。


「どうして城内に人が誰もいないのよ~! 次期、公爵家当主の私がいるのに、使用人はおろか兵士もいない。警備が甘いわ」


 ヴィヴィの甲高い声が響き渡るが、駆け付ける人はいなかった。

 

 アリシアは不思議そうに首を傾げる。普段の様子など知りもしないが、さすがに今よりは人がいるだろうと子供ながらに考えていた。


「ヴィヴィ、何か変だわ。記憶が確かな内に引き返しましょう? それと、城内では静かにしないと迷惑になるし、お父様にも怒られてしまうわ」


 そう声をかけて、ヴィヴィの行動を促す。癇癪持ちのヴィヴィを注意するのは勇気がいたが、そうしなければローランドに怒られるのはアリシアだ。ヴィヴィが荒れると分かっていても、そうするしかない。


「何よ! 零性遺伝子持ちのくせに、私に注意しないで」

「……ヴィヴィッ!」

「それに私が何をしたって怒られるのは、お姉様よ。ついでにもっと怒られるといいわ!」


 甲高い声でそう言うと、ヴィヴィは立ち入り禁止区域の表示がある場所へズカズカと進んでいった。


「待って、ヴィヴィ! いくら貴女でもそんな所へ行けばただでは済まないのよ」


 呼び止める声も虚しく、ヴィヴィの後ろ姿はあっという間に見えなくなる。


 しかし、アリシアの足はちっとも動かない。 

 進むべきか、待つべきか――。そんな二択に迫られても、動けないのだ。


(どちらを選んでも、零性遺伝子を持つ私が叱られる。お父様曰く、何も成せないから……)


 ローランドが紡いだ言葉は、呪いのように残酷だった。


 アリシアの将来に対する期待が全く感じられない上に、言葉でアリシアの心を縛り付けてしまった。そのせいで、アリシアは羽を失くした鳥のように不自由だ。

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